第47ターン目 分岐路 上か 下か
「うーん、油臭くなってないかなぁ?」
細い通路を歩きながら、勇者さんはしきりに鉄板兼盾を気にしていた。
何を今更……と思うんですけれど、勇者さん鼻が無いから分からないんですよね。
「そんな臭いが気になりますか?」
「いや、正確には滑らないかって、不安でさー?」
「心配しなさんな、この私は天才よ、つーか、取っ手側は鍋の外側でしょうが」
後方、杖を肩で槍のように担ぐ魔女さんは、呆れたように補足した。
さらっと天才発言、魔女さんも自分に自信たっぷりだなー。
「鎧のにゃあ、というかそもそも鎧の自身の臭いがキツいにゃあ」
「えっ? 俺自身?」
クロは嫌そうに目を細める。
猫だからこの中では一番鼻が敏感なのだ。
「錆びた金属の臭いに混じって、なんか禍々しい臭いもあるしにゃあ」
「やっぱり瘴気でしょうか? 高位の魔物ほど瘴気が強いと聞きますし」
魔女さんやキョンシーさんだって、瘴気を持つけれど、勇者さんは別格だ。
第七層階層支配者と目される勇者さんは、それだけ臭いもキツいのかも。
「うーん、俺自身じゃ判別つかないんだよねー」
「ていうか、何が見えているのよ、リビングアーマーって」
「普通に見えているよー、あっ、目玉も無いのにってことかー」
「確かにリビングアーマーに眼球は無いにゃあね? じゃあどうやって周りを認識しているのかしら?」
「そういえばこの第四層……リビングアーマーの【モンスターハウス】がありましたっけ?」
モンスターハウス、いわゆる魔物が一箇所に大量に集まった危険な部屋。
ボクも過去に一度モンスターハウスに踏み込んだ時は、命からがら逃げ出したっけ。
「へー、俺とご同類かー。仲良くなれるかなー?」
「無理でしょう、つーかアンタの方が異端だと自覚しなさいな鎧の悪魔っ」
あはは、苦笑するしかないな。
確かに思えばこのメンバー、誰一人まともじゃない。
リビングアーマーの勇者さん、青白い肌に深紅の瞳の魔女さん、そしてアンデットの一種キョンシーさん。
使い魔の黒猫クロ、このパーティにはボクしか人間はいない。
すっかり慣れた感じだけど、久しく人間と出会ってないなー。
「そろそろ冒険者と出会いそうですよね」
「出会わない方が安全ではあるけどね」
魔女さんの言は正しい。
傍から見たボクは魔物に囲まれた虜囚だろう。
道端で冒険者と遭遇して、「こんにちわ、今日も冒険日和ですねー」なんて挨拶出来る訳がない。
間違いなく遭遇戦だ、こちらに交戦意思はなくとも。
「それにゃら、帰り道さえ判明したら、このパーティは解散かにゃあ?」
「え? 最後まで一緒じゃないのー?」
勇者さんが意外そうに振り返った。
クロは何も理解していないのか、と三白眼で勇者さんを見る。
「当たり前にゃあ、どれだけ親しくなっても、人と魔物は相容れにゃい……それが定めにゃあ」
「ボクは嫌だな、わかり合えるって折角知ることができたのに……今生の別れみたいで」
「マール……っ! アンタ優しいわねっ、今だけこのお姉さんに甘えてもいいのよ!」
そう言うと後ろから魔女さんが抱きついてくる。
ボクは顔を真っ赤にすると、背筋を伸ばした。
「ひゃい!?」
「あら可愛い悲鳴」
「シャー! 主人から離れるにゃあ!」
「あら嫉妬? うふふ、クロも可愛いわね」
「キィィィ! 主人が寝取られたにゃあーっ!」
「寝盗りって……」
「うー」
場が荒れるのを嫌ったのか、キョンシーさんは力尽くで魔女さんを引っ剥がす。
魔女さんもキョンシーさんには敵わないのか、半目を閉じて諦めた。
「やれやれ、キョンシーのガードが硬すぎてイチャコラも出来やしない」
「よくやったにゃあキョンシー! 地上に帰ったら褒美をやるにゃあ!」
「……うー」
キョンシーさんはボクの傍、すぐ後ろに着くと、その距離を維持する。
イマイチキョンシーさんの行動は、ボクにもわからない。
乏しい自我で、何を考えているのか……少なくとも一番の良識人はキョンシーさんだろう。
「カム君、パーティクラッシャーにはならないでね」
「誰がパーティクラッシャーよっ! 誰がっ!」
【パーティクラッシャー】。
ボクも冒険者である以上聞いたことがある。
仲の良い男性冒険者一行に、一人の女性冒険者が加入したのを切っ掛けに、男性達が色めき立ち、やがてパーティの崩壊へと繋がるのだ。
実際年に何回か、本当にそんな理由で解散するパーティがあるらしい。
よほど仲が良いでもない限り、男女混合のパーティはそういう危険が伴うのだ。
幸い、魔女さんは殆ど遊びでしか絡んでこないし、キョンシーさんに至っては意味不明だ。
このパーティなら、どこまでも一緒に行けそうと思えてくる。
「ねぇ、ここどっち行くー?」
先頭の勇者さんは足を止めると、分かれ道を指差した。
片方は上り階段、もう片方は下り階段か。
「地上を目指しているんですし、上では?」
「うーん、私下、なんとなく上は違う気がする」
魔女さんと意見が別れたな。
ボクもまだここは未踏査区域だ、はっきりした答えはない。
第四層は、城の内部のようと言われるが、その通りに冒険者を迷わすような構造をしているんだ。
「クロはどう?」
「主人に任せるにゃあ」
「それじゃあ多数決で上ってことでー」
魔女さんもそこまで不満はないのか、杖を持ち直すと素直に従った。
だけど……この選択、本当に正しいのだろうか。
冒険者とは常にサイコロを振って、運を試す職業だ。
ボクは何故だか、猛烈に嫌な予感がした。




