第5ターン目 治癒術士は 解呪を 唱えた!
「彼は今もボクらを助けようとしてくれているよ」
「あの鎧馬鹿は……例外中の例外にゃあ! 今までそんな魔物出逢ったかにゃあ!?」
無論出会っていない。徒党を組む小鬼【ゴブリン】や殺人兎【ヒットバニー】なんて魔物と戦ったこともあるけれど、皆殺意の塊だった。
ダンジョンには訳のわからない魔物がいっぱいいる。
多種多様で、魔物図鑑には二百種を超えるなんて話も。
「彼女からバケモノの認識さえ取り外せれば、この無益な戦いを止めさせられるかもしれない」
「にゃあん、そんな可能性論に主人の命を天秤には掛けられないにゃあ」
クロはやっぱり否定してくる。
使い魔は主人と魂を繋ぐ。その都合ボクが死ぬと使い魔も一緒に死んでしまうから、使い魔は必死にボクを守る。
使い魔の魔力はボクに依存するから、本当に無茶は出来ないけれど。
「クロ、それでもボクは信じるよ……そうじゃなきゃ今までのボクは否定しなくちゃならない! そんなのは嫌だ!」
それでも、ボクは守らなきゃいけないものがあるんだ。
――優しい人になりなさい。
親に捨てられた子供だったボクを拾ってくれた孤児院の院長さんは常々そう言っていた。
院長さんは身寄りのない子供を本当に自分の子供のように育ててくれた。
優しい人になる、それは信じるってこと、寄り添うってこと。
そう、ボクの奉ずる優しき豊穣神様のように。
「ボクはボクを曲げたくない……そんなの格好悪すぎるし、それに」
「にゃあああん……もういいにゃ。主人が頑固者なのはアタシが一番知っているにゃあ」
「じゃあ、協力してね?」
「地上に帰ったら猫缶所望にゃあ! 一番上等な猫缶じゃなきゃ許さないにゃあん!」
クロの怒りも頂点だね、これは本当に一番良い猫缶じゃないと許して貰えなさそう。
ともかくクロの了解は得られたんだ、後はどうやって説得するか。
「主人、でも迂闊に近づくと危険にゃあ」
「けれど近づかないと、話にならないよね?」
「本当に、本ッ当に! 主人はお馬鹿にゃあ! アタシ生まれ変わったらもっと利口な主人が良いにゃあん!」
あはは、それだとボクとクロは主従が逆転しちゃいそうだね。
ともかく、ボクだってクロを見殺しにするつもりはない。
使い魔だって言ったって、クロに替えはいないんだ。
クロという仲間であり、家族はとても大切だ。
だからこそボクはクロを相棒だと信じている。
「あんまり強い魔法は使えないにゃあよ!」
「大丈夫、クロなら出来る!」
「信頼は嬉しいけれど、不相応な依存は迷惑にゃあ!」
先ずはクロが姿勢を低くして飛び出す。
悪態を吐きながらも、クロは必ず仕事を果たしてくれるだろう。
いつだってボクをクロは見捨てなかったんだもん!
「にゃあん! よく分かんない魔女! 先ずは動きを封じるにゃあ!」
クロは素早く魔女に飛びつく。
鋭い前爪による乱れ引っ掻きだ。
「クウ!? ウットウシイワネ!」
「にゃあん!」
「クロ君!」
魔女は杖を振り回し、クロを弾き飛ばした。
それを自称勇者の彼が、素早くキャッチ。
兜を取り戻してくれた礼といわんばかりだ。
「接近戦は危険だよクロ君」
「にゃあん! 主人が来るからお前も手伝えにゃあ!」
「手伝うって……え?」
瞳のない兜が僅かに後ろを振り返った。
ボクは覚悟を決めると魔女に向かって走る。
「あああああああっ! ボクの話を聞いてくださぁぁぁああああああああい!」
ボクは金切り声をあげながら魔女の胸に飛び込む。
魔女は驚いて後ろに倒れた。
ボクは息を荒げながら、彼女を押し倒す。
「わぁお、マル君ってば大胆」
「茶化したら主人絶対テンパってミスるにゃ!」
「か、勝手なこと言っている……」
そりゃ女性を押し倒すなんて、そんな破廉恥な所業初めてだけれど、ボクだって一応男の子だぞ?
それにボクは治癒術士だから、こういう処置は少し心得がある。
「ぼ、ボクは貴方に危害は加えるつもりはありません……だから」
「ウウウ……バケモノ、チカヨラナイデ……イヤァ」
「……っ?」
やっぱり様子がおかしい。
カタコトだけど言葉を喋る魔物、いない訳ではないけれど、ここまで知性を感じるだろうか。
いや、自称勇者の彼はもう見た目以外は割と普通だけど。
魔女はまるで何か幻覚にでも掛かっているかのようだった。
そう言えばこんな症状過去にあった気がする、まさか幻覚魔法?
【マイコニド】というキノコの魔物がこういう魔法を得意としていた筈だ。
幻覚を見せて同士討ちを狙い、弱った獲物に寄生して養分にする。
知っていなければ危険な魔物だ、このダンジョンでも確か第三層辺りに生息していたはず。
「ハナレロ! ハナレロォォ!」
「主人!?」
魔女は全身から光を放つ、光の魔法まで扱うのか!
ボクは踏ん張るが、吹き飛ばされる。
それをまたも救ってくれたのは鎧の彼だった。
「マル君、無茶しすぎ」
「あ、ありがとうございます勇者さん、そ、それより試してみたいことがあるのですけれど」
「えっ? 今度はなになに?」
「彼女……て言っていいか分かりませんが、多分幻覚に掛かっているんだと思うんです」
「幻覚? キノコ系の魔物とか【イービルアイ】とかが使うやつ?」
イービルアイっていう魔物にはまだ遭遇したことは無いけれど、多分同じだろう。
幻覚なら、ボクの分野だ。
ボクは治癒術士、ダンジョンで傷ついた人を治すお仕事なんだから!
「うん。試してみる価値はありそうだねー」
「し、信じてくれるんですか?」
「信じるよー、マル君の優しさ、俺は信じるぜっ」
彼はそう言うと剣を鞘に戻した。
魔女はもう滅茶苦茶に、魔法を周囲に乱れ撃っている。
炎、水、風、土、光、闇、あらゆる属性を操る凄まじい力。
さながら全能の魔導師。
それでもボクは、ボクらは挫ける訳にはいかない。
「クロっ!」
「にゃあん! 使い魔クロが命じるにゃあ、その力封じる《精神妨害》!」
クロの目が怪しく輝く。
クロはボクの魔力を用いるが、ボクとは使用する魔法の系統が異なる。
攻撃系はあまり得意じゃないけれど、妨害系はパーティでも一番の使い手である。
「アグッ! マインドガッ」
クロの魔法の力によって、魔女の精神力が著しく乱される。
魔法は精神力を消費して放つ特別な力。
魔法の神様は、魔法に奇跡を施してくださった。
その奇跡を代行するのが魔法使い。
精神力を失えば、魔法は使えない。
「今だっ」
「クルナッ!」
ゴンッ! ボクは頭部に強い衝撃を受ける。
魔女の杖による打撃だ。ボクは痛みに堪えながら、それでも魔法を詠唱する。
「見えないものを、見えるように、貴方の邪気を払い清め給え! 《解呪》!」
「ァ……」
聖なる御手が魔女に触れると、その身体から何かが霧散した。
ストン、と腰から崩れ落ちると、魔女は深紅の瞳をパチクリ瞬かせながら、ボクの顔を見る。
その顔はとても穏やかだ。
「……えっ? 可愛い女の子……?」
「んなっ!? ぼ、ボクは男ですよっ!」
「うん? おーいマル君、もう大丈夫ー?」
ボクは彼に振り返ると「うんっ」と朗らかに頷いた。
だけど、彼女は彼を見ると、優しい顔が一変する。
「お前……鎧の悪魔!?」
「えっ……?」
一難去ってまた一難。
ボクの前に、そして彼の前に、またある問題が立ち塞がろうとしている。