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第45ターン目 治癒術士は 目を覚ました

 「う……ん、柔らかい、それに良い匂い?」

 「うー」


 ゆっくり微睡(まどろ)みから目覚めると、ボクの視界はちょっと血色の悪い肌色に覆われていた。

 キョンシーさんの声が近い。

 あれ、これって……ボクは顔面に押し付けられた物に手で触れると、マシュマロのような弾力があった。

 ふむ、強く押して見ると、まるで水風船だろうか。

 舐めてみると、なんとも言えない味がする。


 ……段々冷静になってくると、これがなんなのか理解してきた。

 そして取り返しのつかないことをしてしまったと気付き、サアァと血の気が引いた。


 「ご、ごめんなさいいいいいいっ!」


 ボクが揉んで舐めた柔らかい物は、キョンシーさんのおっぱいだった。

 ボクは、後ろに飛び退くと、すかさず額を床に付けて謝罪した。

 女性に対してなんてことを、確なる上は焼いた鉄板の上で謝罪を!


 「主人が目覚めたにゃあんッ!」

 「ふえ、クロ?」


 突然満面の笑みで飛びついてくるクロ、ボクは慌てて抱きしめると、周囲を見た。

 ホッとする勇者さん、豊満な胸を持ち上げ、うんうんと頷く魔女さん。


 「えと……おはよう、ございます?」

 「良かったー、マル君が目覚めたよー」

 「うー」

 「無事ナイトメアを撃退出来たみたいね」

 「ナイトメア?」


 そういえば、ボクはなんだか嫌な夢を見た気がする。

 けれど夢の内容は何故か思い出せない。

 ただ、クロとキョンシーさんがいた気がするんだけれど。


 「ねぇクロ、クロはボクを殺して自由になりたいって思ったことある?」

 「はぁあ? アタシにとって、主人は最高にゃあ、そんなこと思う筈がないにゃあ」

 「うん……そうなんだ」

 「にゃあん? 主人、一体どうしてそんな馬鹿なことを?」

 「なんとなく……ボクはクロに全然見合っていないんじゃないかって」


 クロは大きな溜息を()くと、ボクの顔に猫パンチを放つ。

 痛い、ボクは涙目を浮かべると。


 「魂で契約した使い魔になんて不敬にゃあ! そんなしょぼい理由で使い魔なんかやってる訳ないでしょうが!」

 「痛い、痛いってクロ!」

 「にゃあにゃあ! これはお仕置きにゃあ、くらえ猫パンチ!」

 「うー、うーうー」


 ひょいっとクロの首根っこをキョンシーさんが掴むと、キョンシーさんは首を振る。

 それくらいにしなさい、と優しく嗜めるように。


 「にゃあ? なんかキョンシーの雰囲気変わったにゃあ?」

 「ナイトメアに感染したことで、少し自我に変化が起きたのかもね」


 うーん、キョンシーさん、なんだかもっとしっかりした人だった気がするんだけれど、でもやっぱりそれはボクの知るキョンシーさんじゃない。

 ただ、キョンシーさんの自我が快復しているなら喜ばしい。

 キョンシーさんも、ちゃんとした一人の冒険者だ。

 今はアンデット化しているけれど、きっと地上に戻れたら、治療蘇生できる筈。

 そうなったらきっと、彼女は自我と記憶を取り戻して、ボクとは縁も無くなるんだろうな。

 少し寂しいけれど、むしろ応援すべきなのだから、その時は祝福しよう。


 「えと……今は第四層ですよね?」

 「うん、そだねー、良い水場だと思ったけど、まさか罠があるなんて注意だねー」


 よし、記憶は問題なさそうだ。

 どれくらい眠っていたのか分からないけれど、クロ達の様子を見る限りかなり心配させたようだ。


 「皆さんご迷惑をかけたようで、申し訳ございません」

 「そんなこと言ったって、私だって水にナイトメアが居たなんて気付かなかったし、貴方が謝ることじゃないわ」

 「そうそうー、その分俺達のバックアップよろしくねー」


 魔女さんは微笑を浮かべる、二人共気にしていないようだ。

 それだけでボクはほっと胸を撫で下ろし、そして増々精進しようと心掛けられる。

 えいえいおー、だね。


 「それじゃ出発――ぐうううう!」


 ボクは錫杖を手に持つと、出発しようとした瞬間、盛大にお腹が鳴った。

 あまりの気恥ずかしさに顔を真っ赤にすると、ボクは恥ずかしくて俯く。


 「ぷはっ! 相変わらず可愛らしいこと! 身体は正直ね!」

 「うう、恥ずかしい……面目ない」

 「俺はお腹空かないから、ちょっと羨ましいなぁー」

 「そうね、朝ごはんにしましょう!」


 出発の前にご飯ということになると、ボクはおずおずと座る。

 確か昨夜はコカトリスの香草焼きだったっけ、あれ絶品だったなぁ。

 地上で食べる料理よりも美味しく感じたよ、魔女さんって料理上手なのは意外だよね。


 「ねぇマール、もう一度あの植物ぶわってなる魔法使って」

 「《豊穣(ハーベスト)》ですか? 構いませんよ」

 「なら、出来ればこっちで!」


 うん? 魔女さんは水の撒かれた床を指差した。

 なんで水撒きされているんだろう? ボクは疑問に思うが、とりあえず《豊穣(ハーベスト)》を唱えた。


 「やっぱり、違う植生だわ……ダンジョンの条件を変えると植生も変わるってわけね」


 ボクは植物学者じゃないので、あんまりよく分からない。

 知っているのは回復薬の材料になる魔草といくつかのベリー類くらい。

 時々キノコが生えてきたら、ギョッとするよね。

 キノコは食べられる保証もないし、最悪魔物化して襲ってくるからね。

 魔女さんは、植生を調べると、楽しそうに摘んでいく。

 今回は量が多いのか、魔女さんはトンガリ帽子を逆さまにして、その中に入れていった。


 「大事な帽子を籠の代わりにしてもいいんですか?」

 「ないものねだり出来ないでしょ、兎に角今はあるものでなんとかしないとね」

 「よくやるなー、俺だったら無理かも」

 「うっさい、アンタの立派な兜を、鍋にしてやってもいいのよ?」

 「ヒィィィ!? なんてことを考えるんだこの魔女!」

 「オーホッホッホ! なにせ私は時の大魔女カムアジーフよっ!」


 魔女さん実に楽しそうだなー。

 やっぱり戦うことより、こういう家庭的なことの方が好きなんだろうか。

 ボクも魔女さんには好感が持てる、やっぱり良いよね、平和で。

 勿論キョンシーさんや、勇者さんみたいな強さにも憧れる。

 ボクだって、バシバシ魔物を倒せる強い冒険者になりたいよねー。

 て、治癒術士(ヒーラー)には無理か、そもそも役割が違うもんね。


 「はぁあ、ボクも強くなりたいなー」

 「おっ、マル君も男の子だねー、強くなって魔王を倒しちゃう?」

 「ま、魔王は流石に……でも自分の身は自分で守れるようにはなりたいですよ」


 正直今の僕は皆に守ってもらわきゃ自分の身も守れない。

 魔物はそんなに甘くないし、魔物によっては弱い者を優先して攻撃してくる種までいるんだ。

 クロには本当に負担をかけてばかりだし、魔物を一発でぶっ飛ばせるようになれたらな。


 「俺の知っている僧侶も、同じような悩みがあったよ」

 「え? 勇者さんの仲間ですか?」

 「うん、女の子でね、とても優しくてそして、いつも悩んでいた」

 「……その人も力を?」

 「あー、あの子はフレイル片手に魔物をぶっ飛ばす武闘派だったけど」


 がっくし、ボクと全然違うじゃないか!

 というか女性がフレイルで魔物を殴り飛ばすって、随分剛毅(ごうき)な僧侶もいたもんだ。

 いわゆる【バトルモンク】の(たぐい)だろうか。

 今の主流である教会所属の治癒術士はあまり肉弾戦を重視しないけれど、かつてはそういう肉体派な僧侶がいたらしい。

 今でももしかしたらいるのかも知れないけれど、ボクとは違うな。


 「この子はね、いつも魔物を殺めることに心を痛めていた……けれど、最終的には悟りを開いて賢者になったんだ」

 「賢者ですか……」

 「うん、凄い子だよ、仲間の為なら戦えるって、悟ったんだ」


 仲間の為に、それはボクも共感できた。

 そもそも治癒術士は、傷を癒やし、護る職業だ。

 一人では成り立たず、ボクはそれ故に苦しんだ。

 その賢者さんは、凄い人だな。


 「はいはい、皆大魔女カムアジーフが演じる、マジッククッキングのお時間よー!」

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