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第43ターン目 悪夢を 振り払って

 マールをナイトメアから救う。

 これは殆ど賭けのような物だった。

 ナイトメアは水に棲息する超微小の魔物。

 一度感染すると、昏睡状態になり、悪夢を見せるという。

 感染者は悪夢に打ち勝たなければ、そのまま衰弱死に至る。

 それを認める訳にはいかない、キョンシーの決断は早かった。

 彼女はナイトメアの潜む水を一気に飲み込むと、マールに倒れるように被さる。

 直後……彼女の意識は微睡み、意識を失った。


 「うー、悪夢、私の悪夢?」


 気がつけば私は明るい森の中にいた。

 とても見慣れた森、ここはエルフの隠れ里だろう。


 「まったく、クスノキ家の三女が放蕩(ほうとう)と」

 「うー?」


 誰、だったか……かな?

 思い出せない……記憶に欠落がある?


 「いい加減結婚でも考えたらどうだ、カスミ?」


 年若いエルフの男性がそう言う。

 カスミ、その名前にキョンシーは覚えがあった。

 そうだ、どうして忘れていたのか。

 キョンシーの本当の名はカスミ、クスノキ家の三女カスミ。

 そして目の前にいる優男気味の男は兄、クスノキ家長男のハンペイ。

 将軍家に仕えるニンジャで、ニンジャマスターにもなった男だ。


 「冒険などと(うつつ)を抜かして、その結果どうじゃ?」


 現れては消えるように、彼女の横にはエルフの老人が立っていた。

 

 「ど、う?」

 「お前の身体を見てみろ、生きている姿と言えるか?」


 そうだ、それはキョンシーとて十分に理解している。

 もうキョンシーは自分が何故【キョンシー】という特殊なアンデットになったのかは分らない。

 なにせ、未だ思い出したのは極一部の記憶のみ。

 なんとなく分かったのは、里を飛び出し、冒険者になったけれど、どこかで死んだということだけだ。

 死んだ、死んだのに彼らは何を言っている?


 「うー、悪夢、そう、なのね」

 「なにを言って……ぶべら!?」


 キョンシーは問答無用で、兄ハンペイの顔面に拳を打ち込んだ。


 「あがが……な、なにをするカスミ!?」

 「だま、れ……兄様の、偽物」


 キョンシーには無いはずの怒りという自我、それが彼女の中に沸々と煮え滾る。

 ニンジャのハンペイならば、この程度容易く回避していた筈だ。

 ナイトメアが生み出す半端な兄の姿に彼女は怒った。


 「エルフの里も、兄様も、皆、皆嘘っ! 消えろナイトメア!」

 「ボ、ボワオーっ!?」


 空間が歪み、ナイトメアの断末魔が響き渡る。

 ナイトメアは非常に厄介な魔物だが、強靭な精神力を持つ者には、逆に駆逐されてしまう。

 キョンシーの自我は弱い、だがこの夢の中という特殊な空間では、徐々に彼女の自我は目覚めつつある。

 再び目を覚ませば、きっと里のことも自分のことさえ覚えていないに違いない。

 まして自分はキョンシー、自我の乏しい【死に遅れ(アンデット)】に過ぎない。

 ただ心残りはある、もう一度兄様の顔を見たい。

 クスノキ家の三女であったが故に自由に生きられた彼女は、冒険者になり、放蕩に生きた。

 そして自業自得で死んだのだろう、その事には少しだけ悔いもある。

 だが、今は自分のことよりも。


 「マール、私の主人、様……助、ける」


 キョンシーは大きく息を吸い込んだ。

 今なら()()()が使える筈。

 丹田(へその辺り)に活力を集中させ、大きく膨らんだ肺から、一気に息を吐き出すと同時に、丹田に溜まった気功を拳に集中させる。


 「奥義、活殺鬼神拳!」


 足元に叩きつけられたキョンシーの秘技。

 ピシピシと、空間にヒビが入っていくと、ガシャァァァンと空間は粉々に砕け散った。

 この夢の世界は、肉体に意味は無く、想いが力となる。

 なればキョンシーの強い想いは、ナイトメアも、マールでさえ予想出来ない奇跡を起こすのだ。


 「ご主人、様……待って、て!」


 彼女の視界には星空が広がった。

 暗い夜、だけど星空は明るく、この世界がとても綺麗だとキョンシーは思った。

 眼下にはダンジョン街が見えた。

 そのまま自由落下するキョンシーは、薄暗い道の一角に、あの小さな身体を見つけるのだった。


 「ご主人、様……助、ける」


 彼女はマールのやや後方に着地した。

 そのまま彼女は全速力で駆ける。

 マールに黒猫が襲いかかっていた。

 彼の使い魔クロには似ても似つかぬ凶悪で邪悪な笑み、それをキョンシーは侮蔑(ぶべつ)ともいえる視線で睨みつけ、そして迷わず蹴りを振り抜く!


 「ぎにゃあ!?」


 マールは酷く怯えていた。

 守らなくちゃいけないって、思わず庇護(ひご)欲が生まれる。

 彼はゆっくり目を開くと、呆然とキョンシーを見た。


 「うー、マール、助、ける」

 「えっ? ボクのこと、貴方は誰……?」

 「私、クスノキのカスミ……貴方の、キョンシー」


 キョンシーはそう言うと拳を構える。

 今や黒猫クロは、おぞましい顔で唸り声を響かせた。


 「ググググにゃああ……! 邪魔をするにゃあー!」

 「ナイトメア、容赦しない!」


 黒猫の身体はぶくぶく泡立つと、身体を巨大化させる。

 その姿はこの世のどんな魔物とも似ていないように思える。

 無数の凶悪な触手を生やし、体表は不定形で、極彩色に染まっている。

 あまりのおぞましさに、マールは顔を青くして、(うめ)いた。


 「う、ぷ……あれ、クロ?」

 「nyayayayayayayayayayayayayayaya、主人、食らってやる!」

 「あれ、クロじゃない、主人様、逃げて」

 「えっ? でも貴方は……?」

 「私はキョンシー、不死身」


 ナイトメアは触手をキョンシーに伸ばす。

 キョンシーはそれを、舞踏でも嗜むかのように、弾き返した。

 そのまま彼女は異形のナイトメアに、《サマーソルトキック》を浴びせる。


 「ふっ!」

 「yogiiiiii……!」


 美しいムーンサルト、だがナイトメアの触手は、キョンシーの右腕を(つか)んだ!

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