第42ターン目 悪夢が 治癒術士を 襲う
ワイワイガヤガヤ。
ダンジョン街は今日も騒然としている。
ここは毎日がお祭りみたいに賑やかだ。
少なくとも、ボクはここより賑やかな場所には行ったことがない。
ふと、ダンジョンの入口がある門の方を眺めると、丁度門が開いていた。
ダンジョン帰りに武器を担いだ大男が喝采を上げる。
きっと、大物を仕留めたか、それとも宝箱からレアな武器でも出たのだろうか。
街は本当に盛況だ、ボクとは対象的に。
「はぁ……」
ボクは溜息を吐いた。
原因は今日もダンジョンに潜れていないからだ。
潜ったところで何が出来る、街の最底辺のボクには、ダンジョンは高い壁のように立ち塞がっているんだ。
正直妬むような気持ちもないではない。
もしボクの身長がもっと高くて、剣を振れるなら、ボクだってきっと活躍出来るのに。
なんて、ありえない事を考えたって現実がどうにかなるものか。
「はぁ……お腹空いたな」
ボクは凹んだお腹を両手で押さえた。
街には出店も多く、様々な料理店が立ち並んでいる。
いくら恨めしく見てもお腹は膨れない。
ボクは大きな溜息を吐いた。
その直後――。
「だぁっ!? テメェ後ろから何を!」
「ふえ、違……!」
ボクは不注意で大柄でガラの悪い冒険者っぽい男性の背中にぶつかってしまう。
物取りと勘違いされてしまったボクは、胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。
く、苦しい……息がっ。
「ケッ! みっともねぇガキが、オラ!」
「ぐはぁ!」
男は乱暴にボクを地面に投げつける。
そのまま男はどこかへ歩き出した。
なんて不幸だ……ボクはよろよろと起き上がる。
頭がクラクラする、あれ……ボクってこんなに貧弱だったかな?
なんとか立ち上がると、今度は横から叫び声が聞こえる。
「ど、泥棒!」
「……え?」
気がつくと、ボクの手には赤い果実が握られていた。
それはボク自身が気づかぬ間に取っていたらしい。
ボクは慌てて、返却しようとするが、間の悪いことにボクのお腹は盛大に鳴ってしまう。
「この泥棒め!」
「違……ボクはっ!」
「泥棒とはふてぇガキだ!」
「身の程を知れ、薄汚ねぇクソガキが!」
ボクの弁明は何一つ通じず、泥棒と勘違いされたまま取り囲まれてしまう。
そのままボクは殴られ、蹴られ、酷い目にあった。
気がつけばボクは身体を丸くして、必死に堪えるしかなかった。
それでも執拗に蹴られ、棒で打たれ続ける。
気がつけばボクは、ボコボコにされ気絶していた。
「う……あ」
声が枯れる、気がつくと空は暗くなっていた。
ボクはなんとか痛い身体を動かす、とりあえず態勢を安定させないと。
周囲はもう出店もなく、人の姿も殆ど無かった。
ボクは自分の手の中にあの赤い果実が握られていることに気付く。
あの人達、ボクをボコボコにするのに夢中だったな。
「これ、食べちゃったら本当に泥棒、か」
ボクは空を仰ぐと、星空を見つめた。
豊穣神様はいつだって、ボクを見ている。
ボクに、豊穣神様を裏切るなんて出来ない。
ならこの赤い果実はどうするべきだろう?
「豊穣神様、ボクはどうするべきでしょうか……この罪、如何にそそぐべきでしょうか?」
ボクは赤い果実に《齧りつく、直後凄まじい酸っぱさに悶絶した。
「う、ぷ……これは酸っぱい……なぁ、ぐす!」
酷く酸っぱい果実、それでも久し振りに食べたまともな物に、ボクは震えて泣いてしまう。
孤独はボクを殺す、ひもじい、寒い、その後に来るのは死にたいだと言う。
「ぐす! うわぁぁあああん! ボクはなんて罪深いんでしょうか! ボクなんてやっぱり死んで詫びるべきなんですか! 生きるってそんなに罪なんですか!」
ボクは食べてしまったことに罪を感じ、豊穣神様に詫びるしかなかった。
きっとボクはとても罪深い存在なんだ、だからボクは幸せになっちゃいけない。
生きてちゃいけないんだ!
「……もう、主人。こんなところでどうしたのにゃあ?」
「ふええ? く、クロ……?」
突然闇の中から黒猫が歩いてきた。
使い魔のクロだ、あれどうしてボクはクロを忘れていたんだろう。
「クロ……今までどこにいたの?」
「はぁ……ロクでなしの主人? アンタみたいな穀潰しと一緒にいちゃ、アタシだって共倒れにゃあ」
「ぅ……それ、は」
クロは酷く軽蔑した目でボクを見た。
ボクはなにも言い返せそうにない、クロのご飯さえボクには用意出来ないんだから。
「だからもうお終いにしましょう?」
「……ふえ? クロ、お終いって」
「使い魔の契約、お前を殺して、アタシは自由になるにゃあ」
突然クロから殺気が溢れる。
うそ、本気なのか。
ボクは指一つ動かせなかった。
もう逃げる体力もない……なによりも。
「クロ、そんなに辛かったんだね……ごめんなさい」
「謝ったって……! お前なんて存在するだけで罪なのにゃあ! 死んで当然なのだから、ここでくたばれ!」
ボクは目を閉じる、ここで終わりにしよう。
クロは豹のような素早さでボクの首元に噛み付き、ボクは速やかに失血死するだろう。
それでいい……本当は死にたくないけれど。
そう……死にたくない、生きたい!
ボクは目を開く、やっぱり死にたくないから。
だけど、ボクの死は直前で止まっていた。
何故なら見たこともないエルフの女性がクロに蹴りを入れていたから。
「うー、マール、助、ける」
「えっ? ボクのこと、貴方は誰……?」
「私、クスノキのカスミ……貴方の、キョンシー」
カスミ、さん?
何故だろうか、ボクはこの人を知っている気がした。
エルフの女性は右耳が半分欠けて、額に禍々しい呪符が貼り付けてある。
だけどその瞳の翆眼は、とても綺麗で、儚く見えた。
エルフの女性カスミさんは、拳を構える。
クロは唸り声を上げて、恐ろしい形相で睨みつけてきた。




