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第36ターン目 狩りの風景 スプライトと サンダーバード

 焚き火の前で干していた服も乾く頃、十分な休息をとったボクは法衣を着直すと、錫杖を手に取った。

 そして両膝を地面に突け、目を閉じていつものように。


 「豊穣神様、どうか旅の御加護を――」


 これは日課のようなものだった。

 本当なら毎朝豊穣神の神殿でお祈りするのが日課である。


 「真面目ね、ダンジョンで祈祷するなんて」

 「祈祷じゃありませんよ、ただの願掛けです」


 ボクは瞼を開くと、魔女さんを見た。

 魔女さんは魔法で創った煙管(きせる)を咥えて、ピンク色の煙を放っていた。

 信仰や習慣が違うとはいえ、魔女さんの妖艶(ようえん)さは少しだけ、淫靡(いんび)である。


 「マル君、もうちょっとで地上だから、俺達を信用して」

 「はい、重ね重ねありがとうございます、勇者さん」


 気がつけば、この如何にも怪しいリビングアーマーは、誰よりも信用出来るようになっていた。

 ちょっと、子供っぽい性格だけれど、自称の通り彼は勇者なのかもしれない。

 少なくとも彼の行動からは、ちゃんと勇者だと思う。


 「ふわぁ、よく寝たにゃあ」

 「おはようクロ、それじゃあ行こうか」


 ボクは立ち上がる。

 先頭は勇者さん、鬱蒼と茂る樹林を剣で掻き分け進むと、茨に覆われた階段が見えた。


 「鎧の悪魔、階段に魔物はいる?」


 魔女さんは煙管を握り潰すと、苦々しい顔で聞いた。

 まだ【ゾーンイーター】のトラウマが(ぬぐ)えないらしい。

 流石(さすが)にあの大群生はそうそう見れないと思うけれど。


 「うーん、ピカピカ」

 「はい? ピカピカ?」

 「うー?」


 ボクは勇者さんの後ろから、階段を覗いた。

 するとなにかは分らないけれど、階段でピカピカ光っている小さな物が見えた。


 「うーん、これは確かにピカピカですね」

 「ピカピカ、チャー」

 「訳分かんない……魔物な訳?」


 魔女さんは呆れた様子でボク達を三白眼で睨んだ。

 うーん、ふざけている訳じゃないんですが。


 「勇者さん、心当たりあります?」

 「多分【スプライト】」


 スプライト……というのは、小妖精の一種だ。

 知能が低く、悪戯(いたずら)好きで、ああやって発光するって聞いたことがある。


 「階段に出るんですか?」

 「普通は森に出るんだけど……あっ」


 勇者さんがなにかに気がついた。

 そういえば今いるエリア、【海上エリア】の出口だけど、スプライトの生息地なんだろうか。


 「【超高層雷放電(スプライト)】か」


 魔女さんは豊満な胸を持ち上げると、神妙な顔をした。


 「魔法で一掃しても大丈夫?」

 「す、スプライトは、そこまで危険性はないですよ?」


 さらりと殲滅しようとする魔女さんに、ボクは苦笑を浮かべながらやんわり説明をした。

 魔物かどうかは論議が難しいところだけれど、スプライトが冒険者の命を取るなんて話は聞いたことはない。

 ただ、群れるとちょっと怖いかも。


 「とりあえず進みましょう」

 「おっし、切り拓くよー」


 先ずは勇者さんを先頭に、入口を邪魔(じゃま)する茨を裂いて階段を露出させる。

 そのまま僕達は単縦陣で螺旋を描く階段を上り始めた。


 バチ、バチバチ。

 周囲を浮遊するスプライト、小妖精と言われるだけあって、その身体はとても小さい。

 近くを通過すると、バチバチと音を立てて光っている。

 不思議なことに髪の毛が浮かび上がってきているみたいだ。


 「にゃあ、毛が逆立つにゃあ……雨でも降るのかにゃあ?」


 ボク以上に害を受けていたのはクロだった。

 クロは全身の毛を逆立たせ、非常に苛立っている。

 あまり影響がないのはやっぱりキョンシーさんのようだ。

 一番後ろにいた魔女さんは「やっぱり」と小さく呟く。


 「魔女さん、スプライトをもしかしてご存知なのですか?」

 「私が知っているスプライトはものすっごい高い場所にいる奴らだけどね」

 「ものすっごい? 山よりもですか?」

 「雲よりもよ、成層圏――って言ったって通じないか、兎に角空高ーい場所に、このスプライトって奴らは棲息しているのよ」


 雲よりも高い場所……それって天界でしょうか?

 天界って、想像して描かれた絵画では金色の光に覆われているんだよね。

 あの光ってスプライトが照らしているのでしょうか?


 バチン、バチン。


 「ねぇー、さっきから煩くないー?」


 今のところ問題なく先頭を進む勇者さんは、スプライトの放つ音に苛立ち始めた。

 でも苛立っても性がない、相手は知能の低い小妖精だ。


 「気にしない方がいいですよ。妖精に構っても時間の無駄ですし」


 妖精とは決まって悪戯(いたずら)好きだ。

 (たち)の悪い悪質な悪戯はしないが、子供が考えたような悪戯は散々やってくる。

 こういう手合は無視するのが一番だ、一度でも構うとまず粘着されるからね。

 ボクは妖精は可愛いと思うけれど、あんまり好きじゃないな。


 「ケケー!」

 「上!?」


 突然怪鳥音が頭上から響いた。

 何事かと見上げると、ハゲワシのような魔物がスプライトの群れに飛び込んだ。


 バチバチバチィ!

 凄まじい光が閉鎖された階段内で放たれる。

 一瞬視界が白く染まった、これはなにか危険だと、直感する。


 「【サンダーバード】だっ!」


 勇者さんが叫ぶ。

 サンダーバードと呼ばれたハゲワシは、どうやらスプライトを捕食しているらしい。

 捕食する度に、サンダーバードの翼は光り輝く。


 「これって、サンダーバードの狩りですか!?」

 「そうでしょうね! マール巻き込まれる前に急いで!」

 「は、はい!」


 モンスターにも弱肉強食の世界はある。

 海上エリアで出会った【おおうつぼ】は同じエリアに生息する【クラーケン】を捕食することで知られている。

 魔物は必ずしも、味方とは限らない。

 共生出来る魔物もいれば、無理な魔物もいるのだ。

 そして、これがサンダーバードの狩りの風景。

 スプライトは一斉に散らばり、捕食から免れる。

 だがサンダーバードは執拗にスプライトを襲った。


 「ああなるとちょっと可哀想(かわいそう)ですね」

 「マール、憐れんでも、アイツ等は感謝なんてしないわよ」

 「そりゃそうですけど……と!」


 ビカッと青白い光に驚いて、ボクは階段で躓く。

 気付いたキョンシーさんが、すぐにボクを後ろから押してくれた。

 ボクは立ち上がりながら、サンダーバードを見る。

 いや、サンダーバードの前に立つ雷の巨人に……?

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