第35ターン目 治癒術士は 魂を 取り戻した
「うあ……熱い!?」
突然ボクの胸が、心臓に熱がこもる。
急激な血流、ボクは熱に浮かされるように、うめき声をあげた。
「主人の身体に変化にゃ……魂が戻ったにゃあ!」
「はぁ、はぁ、じゃあこの熱は体温?」
恐る恐るこの手を見る、その手はもう透けてはいなかった。
改めて聞く呼吸の音、心拍音。
驚いたよ、ボクってこんなにも熱かったのかぁ。
「うー」
「わっ、キョンシーさん?」
突然キョンシーさんが抱きついてきた。
キョンシーさんの身体はアンデット故に冷たい。
でもキョンシーさんの心はとても暖かく感じた。
「キョンシーさん、心配してくれたんですね、ごめんなさい」
「主人、それは違うにゃよ」
「あっ、その……ありがとうございます」
ごめんよりも、ありがとう。
ボクはなるべく笑顔で感謝した。
クロに注意されないと、どうしてもボクって謝ってばかりだよね。
やっぱりもっと顔を上げて前を見ないと。
ゴゴゴゴゴゴ。
「わわっ、地震?」
「うー!」
「違う……幽霊船が崩壊しているにゃあ!」
突然揺れ出す幽霊船。
あちこちで大きな音を立てて、船が崩壊していた。
気がつけば魔物の気配も無くなっていたし、おそらくは勇者さん達が主を倒したんだろう。
「勇者さんと魔女さんは無事かな?」
「だから今は主人自身を一番心配しろにゃあー!」
直後、足元が崩落した。
ボク達は為す術なく、落下する。
真下は海だ、ボクは呼吸を止め、クロを抱きしめる。
バッシャァァァン!
ボクは水面に全身を打ち付け、口から空気を僅かに吐き出した。
だけど意識だけは保って、なんとか水面から顔を出す。
「ぷはぁ、キョンシーさん無事!?」
「うー」
すぐ近くでキョンシーさんも顔を出した。
ボクは周囲を伺う、すぐ近くに陸がある。
「あそこまで、泳ぐよ!」
ボクはクロを背中側に回し、なんとか泳ぎ始める。
とはいえ服が重い、錫杖も邪魔になる。
元々体力が無いからこれは命懸けだ。
もし水中から魔物が襲ってきたら、ボクなんて一巻の終わりかも。
恐怖が身体を震わせる、それでもボクは必死に泳いだ。
なんとか陸まで泳ぎ切ると、息を荒げて両手を砂の地面につけた。
「よく泳ぎきったにゃあ、えらいえらいにゃ」
「はぁ、はぁ、でも全身凍えて……」
「マール、無事ね?」
顔を上げると、脇腹を押さえた魔女さんが目の前に座っていた。
よく見ると、口から血を吐き、足が折れている。
ボクはこうしてはいられないと、すぐに魔女さんに駆け寄った。
「今治療しますから! 豊穣神様、この哀れな子羊に救いの手を《治癒》」
錫杖を両手で握り、ボクは治癒魔法を唱える。
淡い光は優しく魔女さんを包み込むと、魔女さんの身体を治癒していく。
「足はちょっと、時間が掛かりますね」
「充分よ、ありがとうねマール」
魔女さんは柔らかな笑みで感謝すると、ボクは照れくさくて顔を赤くした。
それにしても、魔女さんがあんな大ダメージを受けるなんて、よほど激戦だったんだろうか。
ますますなにも出来なかったことにボクは申し訳なかった。
「あっ、マル君だ、ごめんね、肝心な時に俺ってさー?」
どこからか、薪を集めてきた勇者さんは、薪を地べたに下ろすと、ボクの前で頭を下げた。
ボクは苦笑いを浮かべながら、彼に言う。
「気にしないで下さい、結果オーライということで」
「そう言ってもらえると助かるよー」
「というか鎧、今奥から来たにゃあ……てことはもしかして奥は?」
クロは勇者さんがやってきた方向を注視した。
陸地の奥は、鬱蒼とした森のようになっており、水場の終わりであった。
彼はクロにある答えを言う。
「ご察しの通り、階段あったよ」
「やっぱりにゃあ、ついに……!」
クロは感無量と泣くのを我慢して震えた。
同時にボクも感慨深く泣いてしまう。
「ついに、ボクが落ちる前、第四層が目の前に」
第五層の終わり、長くうんざりするように【海上エリア】は終わりを告げる。
ここからはボクの知るエリアだ。
とは言っても第四層は殆ど探索し終わっていない。
それどころか実は第三層もそうなんだよね。
ボク自身パーティを組む前までは、精々第二層が限界だった。
パーティを組んでからトントン拍子でダンジョンの奥へと進んでいったんだよね。
だけどそれが災いして。
「【レッドドラゴン】はまだ、四層にいるのかなぁ?」
「ドラゴン……マル君が落ちてきたのって、確かドラゴンが原因なんだよねー?」
「ダンジョンにはドラゴンなんかもいるのか、本当不思議ね、ダンジョンって」
ドラゴンってなると勇者さんや魔女さんでも、警戒するんだろうか。
ボクにとってドラゴンは、出会うことさえ夢にも思わなかった魔物の中の魔物である。
言うなれば最上位、冒険者の夢であり、そして悪夢。
「遭遇ことを意識しても仕方ないにゃ、とりあえず風邪引かないようにしなくちゃにゃあ」
「そうだね……うん」
その通りだ。
勇者さんは、薪を組み立てると、魔女さんが着火する。
ボクは焚き火に当たりながら、身体を暖めた。
「主人、一旦服を脱いだ方が良いにゃあ」
「えっ!? 裸になれって言うの!?」
突然焚き火に当たるクロは、とんでもないことを言い出した。
だがクロは何を驚いているのかという風に首を傾げる。
「濡れた服は中々乾かないにゃよ」
「そりゃそうだけど……」
ボクは顔を真っ赤にすると、魔女さんを見た。
視線に気付いた魔女さんは、面倒そうに手を振りながら。
「別にガキんちょの裸と今更気にしないわよ」
「うぅ、ボクが気にするんですっ!」
「ほら! さっさと脱ぐにゃ! 観念するにゃあ!」
「うわーん! 見ないで下さいね! 絶対に!」
「なーに生娘みたいな恥ずかしがり方してんだか」
クロも所詮は猫、服を他人の前で脱ぐという羞恥心を理解出来ないんだ。
そういうところで獣と人は相容れないんだと、痛感する。
ボクは観念して法衣を脱ぐと、錫杖に引っ掛けて干した。
後は焚き火の前で縮こまるのみ。
「にゃおん、主人はなんで裸を見られて恥ずかしがるのか」
「逆に言うよ、どうして猫はそこに羞恥心が無いのか」
クロは見せつけるように、ゴロンと腹を見せて毛繕いを始める。
完全に安心しきったメス猫の顔がちょっと恨めしい。
どうしてボクは、猫に劣等感を抱いているんでしょう?
「うーん」
「カム君、唸ってどうしたん?」
「やっぱりさぁ、マールって大きいの?」
「さらっとなんの話しているんですかー!?」
魔女さんはボクの下腹部を凝視すると、勇者さんになにかを尋ねた。
というか、なんでいつの間に魔女さん、勇者さんと意思疎通出来るようになっているんだ?
「魔女さん、どうやって勇者さんと会話出来るようになったんですか?」
「ああ、そういう魔法を創ったの、もう色々面倒だし」
面倒だから魔法を新しく創造した?
さらっとなんてことないように言うが、それってとんでもなく凄いことでは?
魔法の開発はとても難しいと聞く。
ボクが使う所謂白魔法は神様の加護によって授かるけれど、魔女さんが使う黒魔法は、過去の賢者達が開発した魔法を流用していると聞く。
新しい魔法が開発されたら、それは数百年に一度の偉業だ。
やはり魔女さんは凄い才能があるんだな。
「その魔法があればキョンシーさんとも会話出来るんでしょうか?」
「うーん、興味あるわね……《翻訳共有》」
魔女さんが魔法を唱えると、魔女さんの全身から半透明の波紋が周囲に広がった。
波紋は直ぐに見えなくなる、これが新しい魔法か。
ボクは早速キョンシーさんに会話を試みる。
「キョンシーさん、ボクの言葉が分かりますか?」
「うー」
「うん……?」
「うー」
「駄目ね、そもそもその子は著しく自我が破損している、会話が出来るレベルじゃないのよ」
残念だけど、キョンシーさんとお話することは出来ないらしい。
キョンシーさんとお話出来たら、色々聞きたかったなぁ。
「うー」
「わわっ、キョンシーさん!?」
会話は出来なくとも、キョンシーさんには僅かながら自我が残っている。
そんなキョンシーさんは後ろからボクに抱きついた。
「あらキョンシーったら、マールと会話出来ないのが申し訳ないって感じね」
「マル君愛されてるねー」
「うぅ、それはボクも申し訳ないです……というか」
むにょん、魔女さんには劣るが、こちらも中々のおっぱいがボクの背中に押し付けられると、ボクの下腹部が熱くなる。
ボクは前屈みになりながら、それを必死に隠した。
男としては嬉しいけれど、これほど困ったことはない!