第34ターン目 魔女の怠惰 魔女の反省
時の大魔女カムアジーフは、生まれながら魔導の天才であり、彼女の人生は常に魔法の研究であった。
時に皇帝や様々な権力者にその力を欲されたが、魔女は頑なに首を縦には振らなかった。
やがて齢二十になる頃、大魔女の名声を得ていた彼女は、研究に没頭する為、隠遁生活をし始める。
あらゆる魔法を誰よりも精確で巨大に操れる彼女には六人の弟子も出来た。
魔女は自身の使命である魔法の研究を続けながら、弟子達に技術を教える。
次第に、魔女は研究所を出ることもなくなっていった。
見方によっては、酷く箱入り娘にも見えたかもしれない。
弟子の一人から魔物の脅威を聞いても「ふーん、そう」と、彼女は興味がない物には関心を持たなかった。
そんな大魔女の偏屈を弟子達は笑っていたが、変えるつもりもなかった。
彼女は新しい魔法を開発することに生涯を費やし、その一生は魔法と共にある。
晩年には【時空魔法】を完成させたと謂われるが、それを行使する姿を見た者はいない。
§
「こんなことになるなら、もうちょっと弟子の話聞いとくんだったわ」
生前の彼女は魔物だのダンジョンだのには、とことん関心を持たなかった。
それが今や身体は魔物だし、足は折れて動かない、腹部の出血も酷い。
後でマールに治療してもらおう、等とは恥ずかしくて言えないものだ。
「ゴーストシャークは、虚空に潜んで強襲してくる……よく見ると背びれだけ実体化しているわね」
幽霊船のボス、ゴーストシャークは狡猾な魔物だ。
手下を呼び、自身は安全に狩りを行う。
ムカつくくらい合理的で反吐が出るわね。
「出来ないことを出来るようにする、それが私でしょ」
再びゴーストシャークが、魔女に正面から飛びかかる。
鎧の悪魔は魔女を抱いて、横に跳んだ。
「コイツとも、なんで私はこんなに怠惰なんだ……!」
ゴーストシャークは再び虚空に潜航、その狙いは魔女に定めている。
おそらく弱い者を優先して仕留める思考をしているのだろう。
鎧の悪魔は無条件で魔女を助けてくれるが、それだけではゴーストシャークには勝てない。
魔女はまず、これまでの怠惰な自分に喝を入れた。
「鎧の悪魔と会話が出来ない。ならなんで出来るようにしなかった私、出来ないを出来るようにすれば良いでしょうが!」
彼女は戦場に晒されながら、極度集中する。
七色の魔力が彼女の手の中を渦巻き、それは渦巻く銀河のようにも見えただろう。
彼女は七色の銀河を組み換え、魔法を開発する。
これは簡単な魔法。彼女は研究者だから、発想さえあれば、後は完成させるだけ。
「鎧の悪魔に届け、《翻訳共有》!」
彼女は即席で魔法を開発すると、すぐに動作確認をした。
「鎧の悪魔、私の声、わかる?」
鎧の悪魔は思わず魔女の顔を見た。
今までわからなかったのに、突然はっきりわかったのだ。
「え? 今のカム君の言葉?」
「そうよ、つーか私の名前はカムアジーフ! 略すんじゃないわよ!」
動作確認を終えると、魔女は小さく拳を握った。
魔法で言語を変換する。理論的には言語を操る全ての生き物と対話可能な魔法だ。
「よし、これなら素早く作戦を伝達出来るわね。いい鎧の悪魔、ゴーストシャークは私を狙っている」
「それなら守らないと」
「守っているだけじゃ駄目! いい、私が囮になる。アンタはゴーストシャークを仕留めるの」
秘策はある。
だが秘策には鎧の悪魔の敏捷性と攻撃力が必要だ。
鎧の悪魔は、小さく頷くと魔女を甲板に降ろした。
「アンタ次第よ、この戦い」
「うん、わかった」
鎧の悪魔は剣を両手で構えた。
魔女は朦朧とする意識をなんとか留めながら、魔法を唱え始める。
「来な、さい……ゴーストシャーク、フカヒレにしてやるわ……!」
静かな気配、だが殺意は確実に迫っている。
ゴーストシャークは頭上から魔女に飛びかかった。
だがそれを魔女は読んでいる。
「氷よ、錨となって、奴を絡め取れ《氷の磔》!」
突如、ゴーストシャークの周囲に魔法陣が現れ、そこから氷の鎖が飛び出した。
鎖の先端には錨が付いており、ゴーストシャークに突き刺さると、鎖で雁字搦めにする。
「グオオオオオ!?」
ゴーストシャークは暴れた、だが暴れるほど錨は深く食い込む。
悪質な意趣返しだ。ゴーストシャークにされたことを思えば、魔女も一層酷薄な冷笑を顔に貼り付けただろう。
「やあああああっ!」
鎧の悪魔が身動きの取れないゴーストシャークに飛び込む。
彼は剣を横から差し入れ、そのままゴーストシャークを三枚おろしにするように切り裂いた。
「ギャオオオオオオ!?」
「いけ! 鎧の悪魔!」
「とどめ!」
ゴーストシャークの全身から瘴気が噴き出す。
ダメージ? いや、これは逃げるつもりだ。
だが鎧の悪魔はそれを許さない。
剣を縦に構え、彼はゴーストシャークを一刀両断!
「マサカ、グオオオオオ!?」
十文字に切り裂かれたゴーストシャークは大爆発。
鎧の悪魔は剣を振り下ろし、残心を決めた。
「やった……わね!」
魔女は痛みに表情を歪めながら、拳を鎧の悪魔に向けた。
彼は魔女の心意気に応じて、同様に拳を打ち付ける。
二人の初めてかもしれない、連携の勝利だ。
「さて、これでマールの魂が戻れば良いんだけど」
直後だ、幽霊船が震動する。
魔女は幽霊船から嫌な気配が急速に喪失しているのを理解した。
つまりだ……。
「やば……幽霊船の崩壊がもう始まったわ!」
ネズミ一匹逃げる間もなく幽霊船は、マストをひしゃげ船体を真っ二つに折る。
逃がさん、お前達だけは――等とあの亡霊サメが思っているかは定かではないが、彼女はとにかく落下に備えた。
そのまま、木片の一片も残さず幽霊船だったものは消滅していった。
「ああもう! 最悪だわ!」
戦いが終わっても、脱出は終わっていない。
足場が消え去り、落下しながらもう一度魔法を詠唱。




