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第32ターン目 魔女は 決しの覚悟で 戦う

 「うー!」


 結界に閉じ込められてどれくらい時間が()ったでしょう?

 ボクは錫杖(しゃくじょう)(すが)りながら、迫りくる魔物に立ち向かっていた。


 「豊穣神様、この哀れな魂をどうか天上へとお返し下さい《魂返し(ターンアンデッド)》」


 目の前のスケルトンはボクの魔法で昇天する。

 しかし臨戦態勢のクロは、ボクに注意した。


 「主人、精神(マインド)消費は控えるにゃあ!」

 「だけど、それだと二人に負担が」

 「終わりが見えない中で、主人が精神喪失(マインドダウン)したら、それこそ終わりにゃあ!」


 クロの言うとおりボクの精神力(マインド)が尽きた時、このパーティは終わるだろう。

 ボクは聖職者だから、治癒術士(ヒーラー)でも【アンデット】に特攻の魔法がある。

 それでも魔法を使うには精神(マインド)を消費する以上、乱発はできない。


 「うー!」


 だからこそ、キョンシーさんやクロがいる。

 キョンシーさんは部屋に入ってくる【スケルトン】を蹴り飛ばす。

 しかし後ろから曲刀がキョンシーさんに飛来した。

 スケルトンの中には武装している者もいる。

 知能こそ殆どないが、こういった不意の一撃はあるのだ。


 「《にゃおおおん》!」


 クロの咆哮(ハウリング)は物理的な衝撃で、曲刀を上方へ弾き飛ばした。

 クルクルとキョンシーさんの目の前に落ちると彼女は回転する曲刀を掴み、ブンブンと振り回した。

 キョンシーさん、武器も扱えるのかな?


 「キキキキキ!」


 今度は壁をすり抜けて【死神クラウン】がボクの前に現れた。

 死神クラウンは大きな鎌を構えると、ボクに振り下ろす。


 「うわぁ!」

 「うー!」


 ガキィン!

 死神クラウンはキョンシーさんが横から振り抜いた曲刀に、大鎌を跳ね上げられた。

 そのままキョンシーさんは、曲刀で死神クラウンを一刀両断にする。


 「あ、ありがとうキョンシーさん」

 「うー」

 「なんとか、第一波(ウェーブ)は切り抜けたにゃあね」


 クロは敵の気配が無くなると、一息を()く。

 ボクも深刻な溜息(ためいき)を吐いた。


 「魔女さんと勇者さんは大丈夫でしょうか?」

 「主人、今は自分を一番に考えなさいにゃあ」

 「クロ……うん」


 ボクは小さく頷く。

 魂を奪われて、殆ど死んでいる同然の身体。

 魔女さんは、ボクの魂を取り返す為に、今も奔走している筈。


 それでも、魔物は度々ここに侵入してくる。

 それほどまで、人間は憎いのだろうか。




          §




 カカカカカッ!


 ナイフにフォーク、大量の食器が宙を乱れ舞う。

 まるで幻惑するように、魔女たちは取り囲まれていた。


 「このぉ!」


 魔女は杖をフルスイングし、迫りくる皿を粉砕。

 鎧の悪魔も冷静に剣と盾で撃ち落としていく。

 魔女が次の危険優先度を見定めた刹那、下から床を跳ね返りナイフが迫ってきた。


 「あぶなっ! こいつぅーまじ陰湿!」

 「大丈夫カム君ー?」


 寸ででしゃがみ込み難を逃れるが、彼女は忌々しく、岩石砕(ロッククラッシュ)でナイフを破壊。

 ナイフの後は、真っ白い皿が次々と編隊飛行しながら魔女に襲い掛かった。

 鎧の悪魔は皿を片っ端から叩き割るが、【ポルターガイスト】の実体を捉えられない。


 「ああもうしつこい! ポルターガイストはどこなのよっ!?」


 ガタガタガタ!

 今度はなにか、苛立つ魔女は迫り来るグランドピアノに目を開く。


 「轢き殺す気か!」


 魔女はなんとか飛び退いた。

 だがグランドピアノは不気味に鍵盤を奏でながら、魔女に再び再突撃。


 「んあー!?」


 今度はかわせない! 衝撃が魔女を弾き飛ばした。

 グランドピアノの質量にふっ飛ばされた魔女は、大の字に倒れてしまう。

 このままではまずい、グランドピアノに()き殺されてしまう。

 舌打ち。魔女は杖に魔力を注いだ。


 「うざい……! 這いつくばれ《超重力(グラヴィティプレス)》!」


 突然グランドピアノが床に貼り付けられた。

 重力に縛り付けられたグランドピアノは未動きが取れない。

 それはグランドピアノに憑依するポルターガイストさえもだ。

 実体を捉えた、あとは始末するだけ。


 「はぁぁあ!」


 鎧の悪魔はグランドピアノに剣を突き刺す。

 グランドピアノは狂ったように鍵盤を鳴らすと、やがて金切り声のような悲鳴が木霊した。

 その瞬間、騒音空間だった部屋は一気に静かになる。


 「()った?」

 「カム君あぶない!」


 魔女はゆっくり立ち上がる、だが頭上に異変があった。

 天井を見上げると、シャンデリアが降ってきたのだ。

 鎧の悪魔は一直線に魔女に駆け寄ると、抱き締めながら前のめりに跳ぶ。

 直後ガシャァァァン! とシャンデリアが床とぶつかって破砕した。

 飛び散るシャンデリアの残骸を被りながら、魔女は深紅の瞳を収縮させて、(ほお)を赤く染め上げると。


 「あ、ありがとう……」

 「ふぅ、女の子に怪我(けが)させたら格好悪いもんね」


 鎧の悪魔の言葉は分らない、ただなんとなくナルシストなことを言っている気がする。

 ともかく、魔女は改めて立ち上がると、鎧の悪魔を見た。


 「やっぱりコイツ、良い奴なのかな?」

 「うん? なんか言ったー?」

 「なんでもない! つか言ったって通じないでしょうが」


 魔女は身体に付着した埃を手で大雑把に払うと、もう一度扉に向かった。

 もしまだ開かないなら、今度は強引にでもこじ開けるつもりだ。

 だが扉はドアノブに手を掛けると、すんなりと開いた。

 魔女は扉を半開きしながら、奥を慎重に覗きこむ。


 「階段が正面、両脇に扉があるわね」


 階段は上り階段のみ、両脇は船室だろうか。

 そろそろ終わりが見えてきたんじゃないだろうか。

 魔物の気配は今のところない。


 「……覚悟を決めて行くか」


 魔女が歩みだすと、鎧の悪魔もついて行く。

 果たして幽霊船探索はまだ続くのか、それともボスはもう目の前なのだろうか。

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