第30ターン目 宝箱から モンスターが 飛び出した!
「屈辱だわ! 意味通じたし、でもなんで『パンツ丸見え』なのよ! ジェスチャーは良いアイデアと思うけど、本当男って訳わかんない! デリカシーってもんがないわけ!?」
と、激しく罵りながらも、ガンガン兜を杖でぶっ叩く手は止めない。
それ程まで怒り心頭でカンカンなのだ。
魔女カムアジーフは、そこらの女性よりもちょっと短気だという自覚はある。
負けん気が特に強く、そこらの男子と殴り合った経験さえあった。
そんな彼女でも、一番意味不明な男こそ、この鎧の悪魔なのだ。
「痛い、痛いってばー、ごめんって!」
「あーあー何言ってるか分かんないんだけどー?」
会話が通じないというのも苛立たしい。
鎧の悪魔は、魔物も人も修羅の如く寄れば斬ると恐れられた悪魔。
その実態の多くは謎に包まれているが、この怪しき魔物の協力は必須なのだ。
「あの、まじ巫山戯すぎたと思います! だからー」
鎧の悪魔は、魔女の前で土下座。
魔女の手はピタリと止まる。
「だからさー? こんな可愛い俺を叩くなんて、もう止めてよー」
「やっぱりもう一発殴らせろ」
ガコン!
言葉は通じないが、なんとなく雰囲気を察した魔女は思いっきり兜をぶっ叩いた。
鎧の悪魔はフラフラになりながら、魔女の前で腰掛ける。
魔女は深い溜息を吐いた。
「で、一人でどうしたのー?」
「ジェスチャーよ、それでなんとか」
魔女は魔力を練ると、鎧の悪魔の前で即興の絵を床に描いた。
《マールが》《あぶない》《マールの大切な物》《取られた》、そんな意味が込められている。
鎧の悪魔はそれを見ると、直ぐに立ち上がる。
「マル君が危ないんだね。ごめん、俺行くよ」
鎧の悪魔はそのまま剣の柄に手を掛けた。
魔女には聞こえない会話、鎧の悪魔は、目の前にいる姿の見えない【ゴースト】と会話していたのだ。
『ここはええぞぉ? お主も楽しくやろうや』
「うん、とっても楽しかったよ、でも俺勇者だからさ、仲間は守らないと」
『そうか……なら、殺るしかないか!』
突然周囲が殺気立つ。
散乱した白骨死体は、突然組上がると、無数の【スケルトン】が二人を取り囲んだ。
「ごめんよ、本当はずっとここにいたいんだけど」
「ちっ、これも罠な訳!?」
罠かどうかは、鎧の悪魔にはどうでも良かったのかもしれない。
ただ確かなのは、この船に乗り込んだ時からずっと、彼を誘う何かがあった。
魂が鎧に定着した空虚な悪魔の鎧、ここにいる霊魂はそんな勇者の魂を欲していたのかも。
「マル君は俺が助ける!」
瞬間、鎧の悪魔の一閃が目の前のスケルトン三体をバラバラに切り裂いた。
目で追うのもやっとの剣閃、改めてコイツが規格外の怪物なのだと魔女は思い知る。
「一気に仕留めるわよ、《火球》!」
爆裂する火球がスケルトンの群れを襲う。
スケルトンは規格外の力を持つ二匹の魔物の前では、蹂躪されるしかない。
鎧の悪魔は周囲のスケルトンを全て殲滅すると、剣を鞘に戻す。
「よし! マル君の大切な物を盗んだのは誰だーっ!」
「あっ、ちょっとどこに向かってんのよ馬鹿!」
突然宛もなく走り出す、魔女は呆れながらその背中を追いかけた。
「ああもう、ジェスチャーだけじゃ細かい説明が出来ないし」
鎧の悪魔は目的に向かってただ邁進している。
それは素晴らしいことかも知れないが、魔女には不安であった。
いざという時、果たしてこの鎧の悪魔を止められるだろうか?
魔女はじっと鎧の悪魔の背中を見つめながら、己についても問い続ける。
魔物の身体、人の心……なんと複雑な気分だろう。
自己を投影する上で、魔物の身体でも問題ないというのは皮肉でしかない。
鎧の悪魔と同類、とは考えたくもないが。
と、耽っていたほどではないが、不意に鎧の悪魔が足を止める。
魔女は咄嗟に停止出来ず、顔面から鎧の悪魔の背中にぶつかった。
「ふんぎゃ!? ちょ、ちょっとー、いきなり止まるな!」
「ねぇアレって……」
魔女の悲鳴も聞こえちゃいない鎧の悪魔は、目の前を指さした。
怪訝な顔で目を細める魔女が見たのは、なにかが詰まった布地の袋だった。
だが何故こんな場所にどうどうと?
「なによ、あの袋? お金でも入ってんの?」
ダンジョンにはしばしば宝箱が発見されている。
何故ダンジョンに宝箱があるのか、その謎を追究する学者もいたが、終ぞその答えは出てこなかった。
それ故に仮説でしかないが、宝箱はダンジョンが生成しているとか、迷宮神がそれらしく置いているとか。
「まぁお宝ならありがたく受け取って――」
「迂闊に近づかない方が!」
魔女が不用心に近づく。
しかし獲物を察知したように、袋は飛び上がった。
袋の口から宝石が踊るように飛び出し、袋の周りを旋回する。
【宝石ぶくろ】というお宝に擬態する罠モンスターだ。
宝石ぶくろは魔女に向かって、風の魔法を放った。
「きゃああああっ!」
不意を突かれた魔女は風の刃に切り裂かれながら、後ろに吹っ飛んだ。
ダメージは浅い、魔女の高い魔法防御力の賜物だ。
「大丈夫?」
鎧の悪魔は手を差し伸べるが、魔女はそれを片手で払い除けた。
杖を支えに立ち上がる魔女の顔は、不気味に微笑む。
「ふふふ、上等じゃない、私に魔法戦仕掛けようっての? 風魔法ってのは、こうやるのよっ! 《風の刃》!」
魔女の放つ風の刃は宝石ぶくろを切り裂いた。
だが宝石ぶくろは、切り裂かれた内側から宝石が飛び出し、それは散弾のようにばら撒かれた。
「つぅっ!?」
咄嗟に魔女は身構えた、だが鎧の悪魔は魔女の前に立つと、散弾と化した宝石を一つ残らず剣で弾き飛ばす。
魔女には一発たりとも届くことはなかった。
「あ、ありがとう……」
「ん、言葉は通じないけど、なんとなく分かったー」
そのまま宝石ぶくろは動かなくなった。
呆れる程に、騙すことに特化した魔物だった。
「ふん、いいとこあるじゃん」
魔女は少しだけ鎧の悪魔を見直した。
コイツは仲間を守るっていうのは、本気なんだ。
ちょっと理解し難いけれど、その部分は信じてもいいのかもね。




