第29ターン目 治癒術士は 魂を 奪われた!
「うわーん神様のお馬鹿ー! ごめんなさい神様やっぱり嘘ですー!」
霊体と化したマールは、それはもうみっともなく泣き喚いた。
神様を非難したかと思えば、即座に謝罪したりコミカルで面白い、内心魔女も微笑んだとか。
「それもこれも、鎧の悪魔の仕業だわ!」
「今勇者さんいないからって、悪口はいけないと思いますよっ!」
霊体化してもマールは、マールね、と感心する。
マールならゴースト化しても、聖職者としての心得は忘れないでしょうね。
「にゃあん? 煩いにゃあ? 一体どうしたのにゃあ?」
「うぅクロ、ごめんなさい、ボク死んじゃった」
「にゃあ〜?」
クロは寝ぼけ眼で、胡乱げにマールを見つめる。
マールはもうメソメソ泣きながら、顔を真っ青にしていた。
「主人が死んにゃら、使い魔も死ぬにゃあ、まだ生きている分際で死んだとは良い度胸にゃあね主人?」
あっ、どうやら命を蔑ろにした主人に本気で怒っている雰囲気ね。
魔女はクロの深い愛を知ると、うんうんと頷いた。
「霊体化、確かに触れられないにゃあね?」
「多分だけど、魂を盗まれたのね」
「うぅぅ情けない、穴があるなら入りたい気分ですよぉ」
「うー、うー」
キョンシーはどこか悲しそうにマールに抱きつこうとするが、キョンシーのネクロな腕でさえ、今の少年を掴むことは出来なかった。
魔女は立ち上がると、マールに言う。
「とりあえずマールの魂を取り返さないとね」
「で、出来るんですか?」
「出来なきゃ死ぬでしょうが、アンタ今生贄にされ掛かっているのよ!?」
「はうあっ! そ、そうでした……がっくん」
「主人死んだら、化け猫になってでも追いかけるにゃあよ?」
大した忠猫っぷりだ。
マールは優しい顔で、クロを撫でようとするが、薄っすら透けた手は無情にもすり抜けた。
クロもマールも悲しそう。魔女はいたたまれずトンガリ帽子を深く被る。
「キョンシーは、動かないわよね……いいわ、私一人で行く」
マールは現在部屋から一歩も出られない。
結界のような物が部屋全体に張られており、霊体では通れないのだ。
キョンシーやクロなら抜けられるだろうが、生憎あの忠君共が、主人の傍を離れるなどあり得ない。
必然的にこの【幽霊船】を探索出来るのは魔女カムアジーフただ一人だった。
魔女は部屋の結界に警戒しながら、扉から出ていく。
通路は……今や何もかもが様変わりしており、瘴気の充満するボロボロの内装であった。
歩く度にギシギシと床が鳴り、魔物が徘徊しだしている。
大半はアンデット系それも【スケルトン】が大半か。
強い毒性を持つ【グリーンスライム】やピエロの格好をした【小悪魔】の姿もある。
魔女はマールほど魔物に詳しくはない。
だから大雑把な知識で魔法をぶっ放した。
「とりあえず道を開けろ魍魎共! さもなきゃ消し炭よ! 《炎の嵐》!」
【ゾーンイーター】に痛い目にあったのも忘れて、ぶっ放される火炎の嵐。
魔女の杖から放たれる膨大な魔力は、容易く魔物の群れを吹き飛ばした。
だが、突然の攻撃に、無事だった魔物は殺気立つ。
特に動きの素早い【死神クラウン】が、両手に持った大鎌で魔女に襲い掛かった。
「ああもう、鬱陶しい! このっ!」
死神クラウンの大きさは子供程度、だが常に浮遊しており、近付かれると厄介な魔物だ。
「キキキキ!」
「あぁ、うるさい!」
死神クラウンの《ネクロソング》は、生者の死を誘う危険な能力だが、魔物の中でも特級である魔女には無効である。
これがマールなら、一発であの世行きの危険な技だとは、勿論彼女は気づいていない。
「せぇいやあ!」
魔女は杖で死神クラウンを強打、死神クラウンは船内を何度も跳ねて、動かなくなった。
「やっぱり前衛がいないのは問題ね……ああもう!」
かと言ってキョンシーはマールの傍を離れるつもりは毛頭ないだろう。
頼みの綱は鎧の悪魔という事になるが、魔女は特に彼を信用してはいなかった。
だが……魔女はこのままでは各個撃破されるだけだと、冷徹鋭利な思考が、最適な行動を促す。
感情は割り切れ、鎧の悪魔の力は必要だ。
「ああもう! ていうかあの馬鹿は今どこにいるのよっ!」
もはや誰に怒っているのやら、豊満な胸を縦揺れさせながら、彼女は通路を走った。
目の前には扉、確か食堂室だった筈だけど。
「ままよ!」
魔女はドアを渾身の力で前蹴りすると、ドアは激しく振動し、やがてズシィィンと倒れた。
ドアを固定していた金具は酷い錆で、ボロボロであった。
そんな些細な情報を視界から入手しながら、彼女はかつて食堂だった成れの果てへと入っていく。
「アハハ、そうなんだー」
「……っ」
魔女は目当ての人物を見つけると、こめかみを指で強く押さえた。
件の馬鹿は、白骨死体の重なる台の前にいた。
食堂室にはあれだけ多くいた客の姿はなく、代わりに特定も難しいような白骨が散乱している。
彼は音楽隊と思われる白骨死体の前で何度も頷いており、彼は彼で見えない何かが見えているようだ。
「……相変わらず会話は通じない、それでも今回ばかりはなんとかしないと」
魔女は嫌々と首を横に振りながらも、鎧の悪魔こと自称勇者の下に向かう。
鎧の悪魔は魔女に気づくと振り返った。
「あっ、カム君じゃん……えーと、おいーっす?」
「……どうすれば、この馬鹿と意思疎通出来る? いや出来ればしたくないんだけど」
今マールが危険だ、マールの魂を盗んだ魔物を倒す必要がある。
これを伝えたいだけなのに、魔女は必死に苦心した。
その間、同じようにコミュニケーションを取ろうと鎧の悪魔も頭を捻っており、そんな彼が思いついたのは。
「ちょんちょん」
「ん? 指で突いてなによ?」
鎧の悪魔は、突然パンッと手を叩く。
魔女は三白眼で鎧の悪魔を見下しながら、意味を考えた。
そのまま彼は両手で指を二本立てる。
そして両手を頭の上で円を作り。
最後に視線から、魔女の下半身を指差した。
「ん? パン、ツー、マル、ミエ?」
瞬間茹で蛸のように顔を真っ赤に沸騰させた、魔女は下腹部を隠した。
そして彼女はありったけの声で叫ぶ。
「この変態ーっ! 誰がパンツ丸見えだー!!!!」
なお、ちょっと恥ずかしい格好をしている魔女であるが、パンツは丸見えではない。
その事実も後で気付いた魔女はなお羞恥心に苛まれ、杖で何度も鎧の悪魔の兜を叩くのだった。




