第3ターン目 治癒術士は 困惑している
「ふんふんふ〜ん」
「………」
リビングアーマーこと自称勇者さんは陽気に鼻歌でも歌っているようだった。
どこに口や鼻があるかって疑問だけれど、そもそもそんな些事は問題外じゃないかと即刻気付く。
そもそもダンジョン脱出を手伝ってくれるって、そんな友好的な魔物が本当にいるんだろうか?
まだ怪しく気は置けない。でも助けてくれた恩はあるし……。
「……はぁ」
思わず溜息を零してしまう。
大切な錫杖は壊して無くしちゃうし、ここが第何層かも分からないし。
本当に、本当にっ、泣きたいよ。
「あれれー? 溜息は幸せも逃げちゃうぞー。ほーら笑って笑って!」
「……笑えると思います? こんな酷い目にあって」
「にゃあ……まっ、生きているだけ御の字なのにゃあ」
クロはボク程は悲観していないようだ。
ますますやるせない……クロより後ろ向きなんて。
「ほらさ、生きているって素晴らしいよー。俺もう死んでいるんだけどさ! アッハッハ!」
「……なにが面白いんですか」
ボクは頬を膨らませると、そう不満を垂れた。
やっぱりちょっと信用が置けないよね、彼。
信じる心って、大切だけれど……ボクもまだまだ信心が足りないのかなぁ。
「ねぇ、クロ……彼をどう思う?」
「にゃあ? 危険って感じはしないけどにゃ、少なくとも主人を見捨てた薄情者共よりはよっぽど信用出来るんじゃないかにゃあっ!」
どうやらぷんぷんに怒っているみたい。
あ、あはは……ボクよりボクのことで怒ってくれるんだね。
思わず苦笑してしまった。だけどそれがクロは気に食わないらしく、まくし立ててくる。
「もうっ笑い事じゃないにゃあ! 主人は人が良すぎるからすーぐ詐欺とかに会うんだにゃあ!」
「へぇー、そんな悪い人いるんだー」
逆に彼はそんな地上の出来事に感心していた。
なんというか見た目で判断しちゃいけないんだろうけれど、彼って純粋なのかな?
うーん、まぁ勇者とか名乗っちゃうくらいだし、純真なのかも。
確かにクロの言う通り危険な魔物じゃないのかな。
「ねぇねぇところでさ、どうしてそれを大事そうに抱えているの?」
「うっ」
彼はボクが後生大事に抱えている物を指差すと、不思議そうに首を傾げた。
ボクが抱えていたもの、それは錫杖の残骸だ。
それにはクロも呆れたように溜息を吐く。
ボクはいたたまれず身を縮めた。
「ま、まだ修復出来るかもしれないし」
「主人……貧乏性が染みすぎにゃあ」
「買い換えるって選択肢は無いんだー」
「うぅ……!」
また泣きたくなる。
故郷を出て、ダンジョンのある街ここダンジョン街にやってきた当初、ボクは身体も小さく気も弱いという、典型的な弱虫だった。
そんなボクとパーティを組んでくれるような人は中々現れず、仕方なく一人でダンジョンに挑んでいたんだけれど、ボクみたいな弱い治癒術士には上層の魔物相手でも命懸け、その日暮らしさえもままならない時もあった。
それでもボクは腐らず冒険者を続け、やがて仲間を得ることも出来た。
稼ぎは少しだけ良くなり、仲間達と少しずつダンジョンの深層へと進んで行ったんだ。
だけど……。
「皆……無事逃げられたかなぁ?」
「主人! あんな薄情者共なんてとっとと忘れるにゃあ! 特にあのいけ好かない男は……っ!」
全身の毛を震わせて怒りを露わにするクロ、彼は当然のように興味を持つ。
「どんな人間なの? いやそもそも人?」
「えと、ボクの所属するパーティの頭目で、戦士のガデスって言う人なんですけど」
「もういけ好かない奴なんだにゃあ! 主人に対していつも難癖付けて」
「あ、あれはっ、ボクに問題があったわけだし」
実を言うとパーティとは言ったけれど、ボク等は一枚岩とは言いづらかった。
パーティは治癒術士のボク、戦士のガデス、魔法使いのネイ、そしてエルフ族であり斥候のクースさんだ。
ガデスは厳しい人で、ボクはいつも怒られてばっかりだった。
ネイはあんまり口を聞いてくれるタイプじゃなかったけれど、多分嫌われていたよね。
唯一クースさんだけは、ボクを対等に扱ってくれたっけ。
ボクがレッドドラゴンに殺されかけた時、唯一助けようとしてくれたよね。
結局、見捨てられちゃったけど、アレは仕方がないよ。
だってレッドドラゴンだよ? 敵う訳がない。
「にゃあ主人……もう今更だから言うけどにゃあ、あの人族の二人は主人を影で笑っていたにゃ、初めからスケープゴートにされていたにゃあ」
「それは……酷いね。そんなことする人間がいるんだ」
「……ごめんなさい、今は考えたくないです」
ボクは無理矢理話を打ち切る。
もうそれ以上は駄目だ、考えるだけで陰鬱になる。
どことなく暗い雰囲気、それに堪りかねた彼はクロに質問する。
「そういえば、黒猫君はどうしてマル君と一緒にー?」
「にゃあ? 主人との出会いかにゃ」
「あううぅ……あんまり良い話でもないですよ」
クロとの出会い、それは別に語りたくないわけではない。
ただボクという人物の情けなさが滲み出て恥ずかしいのだ。
クロからすれば吝かではない、むしろ誇らしそうに顔を上げる。
だけど……あまり悠長に話している余裕はなさそうだ。
「マル君止まって!」
「えっ?」
「シャー! 魔物かにゃあ!」
彼が手で制する、静謐なダンジョンの通路の先、そこに何かがいた。
迂回しようにも道幅は狭く、なんとか三人が通れるくらい。
つまり引き返さない限り、接触を余儀なくされる。
「ど、どうするの? ひ、引き返す?」
「上階へ上がる階段はもう目の前なんだよねー……けど、どうしてアイツがこの階層に?」
ゆらりゆらり、青白い光が幻想的に揺らめいている。
薄暗いダンジョン内で、ボクが見たのは女性の姿をした【魔物】だった。




