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27ターン目 治癒術士は 美味しい食前酒に 舌鼓を打つ

 謎の大型船に乗り込むと、まず見えたのは船室へと繋がる通路だった。


 「うわー、すごい立派ー」


 一番先に乗り込んでいた勇者さんは興奮気味だ。

 船内は木造だが防水処理が施されており、ボクの素人の目から見ても船の造りはしっかりしている。


 「違和感よね、なんでダンジョンにこんなしっかりした造りの船が浮かんでいるのよ?」


 そもそもどうやってこんな大きな船をダンジョンに持ち込んだのか。

 そっちの方が疑問だけどなボクは。


 「ねぇ、あっちに扉あるよ、行ってみよう」

 「あっ、ちぃ! 勝手に動くな!」


 勇者さんは忠告も待たず、扉を潜ってしまった。

 ボク達は慌てて、追いかけると、更に異常事態に驚愕(きょうがく)する。


 「えと……なにこれ?」


 察するに食堂室なのだが、その様子がもうおかしい。

 部屋の奥では音楽隊がなにやら荘厳な音楽を奏で、四十はあるんじゃないかというテーブルと椅子は、どれもとても贅が込められている。

 そしてそんな食堂には、上等な衣服を纏った紳士淑女が、楽しく談笑しながら食事に舌鼓(したつづみ)を打っていた。

 あまりにも場違い、それこそ本か絵画の世界にでも迷い込んだんじゃないのかと思えるほど。

 ボクは口をポカーンと開いて、周囲を見渡すと突然声を掛けられる。


 「お客様ですね?」

 「え?」


 燕尾服に身を包んだ男性が声をかけてきた。

 男性はにこやかに笑うと、頭を丁寧に下げる。


 「お席へご案内します、どうぞこちらへ」

 「は、はぁ?」


 ボクは言われるがまま、席へと案内された。

 はっきり言って場違い過ぎないだろうか、というか思いっきり客と勘違いされている気がする。


 「ご注文はいかが致しましょう?」

 「え? ご注文って……」

 「このレストランでは、最高のシェフが揃っております、なんなりと」

 「えと、その……じゃあシェフにお任せは?」


 男性はニコリとハンサムに微笑むと、頭を垂れる。


 「仰せの通りに」


 と言って、厨房の方へと向かっていった。

 ドカン、一通りを見ていた魔女さんは対面席に乱暴に座るとボクに。


 「マール、アンタちょっとは警戒しろっつーの」

 「で、でもでも、案内されちゃったし」

 「アンタはボッタクリバーに引っかかるタイプでしょうが!」

 「うぅ、そう言われると……」


 何度か近い経験ならある。

 もっとも女性と勘違いされやすいからか、ホストに誘われることの方が多かったけれど。

 勿論ちゃんと断っている、ボク一応聖職者のつもりだし。


 「にゃあん、でもなんでダンジョン内に食堂があるのかにゃあ」

 「ダンジョンは本当に不思議でいっぱいだよねぇ」


 クロはテーブルに乗り移ると、小さく欠伸した。

 やっぱり眠そう、ちゃんと地上で休まないと駄目だろうか。


 「クロ、ご飯食べる? それとも眠る?」

 「にゃああ……もう寝る、にゃ」


 そう言うと、直ぐにでもクロはテーブルに顔を突っ伏し、寝落ちした。

 使い魔の性か、クロって食事するけれど、魔力の方が割と大事なんだよね。

 ボクの魔力の質が悪いからこそ、クロには負担を掛けっぱなしだ。


 「ねぇ……クロちゃんのことなんだけど」


 魔女さんはそっと、クロの背中を撫でながらボクに聞いてくる。


 「あの海中で光に助けられたでしょ、あれクロちゃんじゃないかしら?」

 「え? でもクロにそんな力は……」


 使い魔の能力は主人に依存する。

 つまり主人が出来ないことは、使い魔にも出来ないと言える。

 これくらいの使い魔の知識ならボクにもある。

 でも一番それを承知している魔女さんも、やっぱり無理があると思っているのか、頭を掻いた。


 「そうよねぇ、クロにそんな力ある訳ないわよねぇ」

 「気になるんですか?」

 「そりゃ、絶体絶命の中、助けてくれた光……気になるわよ」


 確かに海底では大ピンチだった。

 クロにもしそんな力があるのなら、ボクに黙っているのは何故だろう。

 聞かない方がいいのかも。


 「ところで鎧の悪魔は?」

 「えと、そういえば」


 ボクは勇者さんを探す。

 すると、彼は音楽隊の目の前にいた。

 どうやら童心に帰って全力で楽しんでいる様子だ。


 「……ガキね、やっぱり」

 「勇者さん、なんとなくガキ大将っぽいところありますからね」


 なんというか、勇者さんは知的好奇心の赴くままというか、基本的に自由だ。

 あれでも話はちゃんと聞いてくれるし、こんなボクを助けてくれた。

 充分信頼は出来ると、思うんですけどねぇ?


 「うー」


 そういえばずっと、キョンシーさんはボクの(そば)で立っていた。

 なんだか周囲を少し気にしているみたいだけれど。


 「キョンシーさん、落ち着かない?」

 「うー」

 「うーん、とりあえずキョンシーさんも座りましょう?」

 「……さて、どうするべきかしら」


 荘厳な音楽が流れる中、食事を楽しむ客達。

 ボクはしばらく待っていると、まず飲み物が運ばれてきた。


 「こちら食前酒になります」

 「あっ、はい」

 「マール、貴方お酒飲めるの?」

 「し、失礼な、ボクだって飲んだことくらいありますよ! あんまり強くないですが……」


 村ではお祭りで何度かお酒が提供されてきた。

 豊穣神様は葡萄酒(ワイン)が好きというのもあって、葡萄酒製造は盛んだった。

 これは白ワインかな、あまり度数は高くない感じ。

 ボクは試しに一口付けると、あまりの美味しさに目を見開いた。


 「えっ? なにこれっ……こんな美味しいお酒があるのっ!?」


 間違いなく白ワインに炭酸を混ぜた物だったが、白ワインから感じる芳醇な香り、甘みやコク、いずれも村で製造していた物とはレベルが違う。

 あまりの美味しさにボクは一気に(あお)ってしまった。

 そのまま顔をトロンと蕩けさせて恍惚感(こうこつかん)を味わう。


 「ちょっとそんな一気に……酔ってないでしょうね?」

 「まだ大丈夫だと思いますーうふふ」

 「やっぱり気に入らないわね……ねぇキョンシー?」

 「……うー」

 「あれぇ? 魔女さんも欲しかったんですか?」

 「……アンタじゃないわよ」


 なにを見ているのか、魔女さんは豊満な胸を持ち上げながら、目を細める。

 何故かキョンシーさんも、ずっと小さく唸っていた。

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