第26ターン目 目の前に 船が 現れた
「にしたって……今度はダダっ広いわねー」
魔女さんの言は尤もだった。
この第五層【海上】エリアは遮蔽物が無く、薄暗く、景色に変化がない。
進んでも進んでも一箇所にずっと留まっているような錯覚を覚えるのだ。
実際、ダンジョンの中は謎だ、どうしてこれほど広大な海水を溜め込んでいるのか。
それ以外にも、不可思議なエリアは多いと聞く。
だからこそダンジョンからしか得られない恵みもあるんだろうけれど。
「小島到着、ですね」
陣形は変わらずキョンシーさんを先頭に、ボクがその後ろだった。
海上にポツポツと浮かぶ小島、ボクは白砂の大地を踏むと、後ろを振り返る。
「全員いますよね?」
「ふあー、アタシはここにゃあん」
「あれ? 鎧の悪魔は?」
クロはもう眠たいのか、欠伸をする。
魔女さんの後ろにいたはずの自称勇者さんだけがいないが……。
「えっ? いつの間に!?」
「妙に静かだと思ったら……あの馬鹿!」
不味い、ダンジョンで行方不明になったら探すのは困難だ。
どうしてこうなった? いやそもそも勇者さんはいつ消えた?
「最後に勇者さん見たのはいつですか?」
「《水上歩行》の付与をしていた時……」
「アタシもそれくらいの頃にゃあ」
じゃあ小島を出発してから誰も後ろを振り向かなかったの!?
自分も含めてなんてミスだ!
ボクは自分の落ち度に酷く焦燥した。
「もしかしたら勇者さんの身が危ないかも」
「いや、大丈夫でしょ、鎧の悪魔はこのエリア程度に敵はいないわよ」
魔女さんはあっけらかんとしているが、心配していないのだろうか。
ボクはどうしていいか分からずオロオロしていると、突然水面がせり上がる。
そしてザパァァァァァン! と波を立てて勇者さんは現れた。
「ごめーん、やっぱり沈むわー」
ボクは呆然としたあと、ガックリ肩を落とす。
とりあえず錫杖を持つ手はプルプル震え、珍しく怒りがこみ上げそうになる。
いけない、怒っちゃいけない。
ボクは必死に首を横に振りながら、勇者さんの前に出る。
「うん? どったのマル君?」
「勇者さん、浮かべないなら最初に言ってください、ね?」
ボクはなるべくニンマリ笑顔で諭した、つもりだった。
だけど勇者さんには違った表情に映ったようで。
「うわ、マル君怖っ! ごめんって!」
ボクは後ろを向くと頬をプクーと膨らませて顔を真っ赤にした。
怒ってない、怒ってないもん。
「ハァー、鎧の悪魔、薄々勘付いていたけど、呪いの濃度がやば過ぎて付与が掛かり辛い?」
「えっ? それってどういうことにゃあ?」
「アイツの鎧、それ自体が呪われているのよ。おかげで私の魔法が効き辛い?」
「じゃあボクが呪いを打ち消せば」
「鎧の悪魔がタダの鎧に成り下がるかもね」
それを聞くと「うっ」と躊躇いが生まれる。
鎧に自我を定着させている勇者さんは、呪いと一体であり、その呪いを解けば自我も同時に消える、か。
本来治癒術士としては躊躇っちゃいけないんだろうけれど。
【リビングアーマー】が仲間だなんて、こんなおかしな冒険譚は他にないよね。
「どうします? 勇者さんだけ海底を歩いていたら、全体の速度に関わりますよ?」
どうやったって、勇者さんの足は遅い。
水上歩行出来ないとなると、結局水中行軍に戻すべきか。
「さて……どうしたものかしらね?」
「あれなにかなー?」
「勇者さん、なにを見つけて――」
勇者さんが水平線を指差す。
一体なにがあったのか、指の先を追うと。
「……帆船?」
それはどう考えてもダンジョン内に持ち込めるとは思えない大きな帆を広げた船だった。
え? なんで? などと疑問はいくらでも浮かぶが、なによりも先ず気づいたのは。
「え? あれ? 接近してません?」
「いやしてる! 皆危ない、下がって!」
天井に引っかからないのだろうかと思う程巨大な船は舵をボクらに向けると、グングン迫ってきた。
やがて全容がようやく判明する頃には、小島の前で静かに停泊した。
「船首に獅子鷲の彫刻か……センスは良いわね」
「獅子鷲って、確か航海の安全を司るんでしたっけ?」
よく大きな船には船首に彫刻される、その中でも獅子鷲は人気だ。
他にも人魚や女神像も好まれるって聞いたことがある。
「旅客船だねー……どう見ても」
流石の勇者さんでも、これには呆然としている。
無理もない。何故ダンジョンの中に旅客船が存在するのだろう。
「うー」
「キョンシーさん?」
キョンシーさんは突然ボクの腕を引っ張る。
何かを伝えたいみたいだけれど、キョンシーさんは身体を震わせながら、船のある一点を見つめていた。
「あれ……タラップが降りてる?」
昇降用の梯子が降ろされていた。
ボクは魔女さんの顔を見る。
魔女さんはなんとも言えない表情で、豊満な胸を持ち上げていた。
「怪しいったらありゃしないわね」
「勇者さんは?」
「船があったら、このエリアの攻略も快適だよねー」
どうやらこの二人、発想が真逆のようだ。
勇者さんは喜々として、船に向かおうとするが。
「ちょい待ち、鎧の悪魔! 罠かも知れないのよ!?」
「勇者さん止まって! 罠かもしれないって魔女さんが」
「うーん、でもさー。今のままじゃ確実に非効率だよー、最悪罠でも船をパクっちゃえばこっちのもんだよ」
「……勇者さんは、現状では非効率、罠でも船を奪ったほうが良いと」
勇者さんの言を魔女さんに伝えると、彼女は苛立たしげにトンガリ帽子押さえつけて。
「ち……鎧の悪魔に一理あり、か。憎ったらしい」
「それじゃ船に乗り込むってことで?」
「善は急げってねー!」
勇者さんは喜々として、梯子を掴むと駆け上がる。
「キョンシー前行きなさい、私が後ろで良いわ」
「うー」
「キョンシーさんお願いします」
魔女さんの提案をお願いすると、キョンシーさんは勇者さんを追いかけて梯子を昇る。
「クロ、おいで」
「にゃあん」
ボクはクロを受け止めると、クロはボクにしがみつく。
ボクはそのまま梯子を昇った。




