第24ターン目 魔女は 水中呼吸の 魔法を唱えた
「しまった……【海上】エリアか」
目の前に広がるのはダンジョンとは思えない、水水水。
水平線まで広がる海は、風もないのに波打っている。
【海上】エリア、ボクも到達階層は第四層だけに、第五層の情報は聞いていた。
ダンジョンは内部で複数の分岐路がある。
時々、エリア内に複数階段がある場合、それぞれ向かう先は違うエリアとなるのだ。
「どうするにゃあ? アタシ泳げないにゃあ」
「これはちょっと難儀ねぇ、しょうがない私が《水中呼吸》を付与してあげる」
そう言うと、魔女さんはボクに《水中呼吸》の祝福を授けてくださった。
続いてクロに、そしてキョンシーさんにも。
「一応アンタにも掛けとくか?」
「へ? なんか言った?」
「水中呼吸の魔法です」
「ああ、アレかー、水中で呼吸出来るだけで動きは大分鈍るんだよなー」
水圧の影響は計り知れない。
ボク達は半ば諦めながら入水していく。
「皆さん、無事ですかー?」
「無事よ、自分の魔法だもの、よーく理解しているわ」
「うー」
海中に潜ると、魔女さんとキョンシーさんは問題なかった。
しかし逆にクロと勇者さんは問題があるようだ。
「ブルブルブル、怖くにゃい怖くにゃい!」
「ぐわー、鎧の隙間に水が入ってくるー!」
水中恐怖症のクロに、勇者さんは水圧の影響を受けて、まるでゾンビのように鈍重な有様だった。
これは少し不味いかも知れないなぁ。
「とりあえず階段を探しましょう」
そのままボク達は海底を歩きながら、階段を探す。
海底は思ったよりも穏やかだ。
魔物も今のところ見当たらない。
視界は悪いが、ダンジョンとは思えない静けさだ。
「気をつけた方がいいよね」
ボクは錫杖をギュッと握ると、後ろを振り返った。
今隊列はキョンシーさんが先頭で、ボク、魔女さん、勇者さんが最後尾となっている。
ボクは勇者さんに声を掛けようとしたところで、ぎょっと顔を青くした。
「勇者さ……あぶなぁぁぁあい!」
斑模様の目立つ巨大な魚影、大きな顎を広げて背後からバックアタックだ!
【おおうつぼ】、その名の通り超巨大なウツボが勇者さんを丸呑みしようとしている。
「わお! こりゃでかい!」
「デカさとかどうでも良いでしょうがにゃあ!」
慌ててクロは《咆哮》、水中でも威力は減衰しないのか、《咆哮》は海中に丸い波紋を広げ、おおうつぼにぶつかった。
おおうつぼが怯む、そこに勇者さんは鋭い一撃を加えた。
「おりゃあっ! て……やっぱり威力が!」
「《氷の矢》!」
勇者さんの剣はおおうつぼに致命打を与えられない。
それを見越してか、魔女さんが止めとなる氷の矢でおおうつぼをズタズタに引き裂いていく。
おおうつぼは暴れる。血を大量に吹き出しながら、やがて絶命した。
やっぱりここはダンジョンだ、一筋縄ではいかないぞ。
ボクはなんとか勝利に安堵するが、状況はまだ変わっていない様子だった。
「まずいにゃあ、血に誘われて、魔物が集まってきているにゃあ」
「か、囲まれている……?」
おおうつぼの亡き骸を目当てに、【サハギン】の群れが集まっている。
魚の魔人とも言えるサハギン達は皆槍で武装しており、この第五層で気をつけるべき魔物の一体だ。
魔物としてはそこまで強力ではないが、水中という舞台ではこれほど危険な相手はいない。
「ギョギョー!」
半魚人達は一斉に襲いかかってきた。
ボクは錫杖を盾のように構える。
「うー!」
「ギョペ!?」
キョンシーさんは、サハギンの槍の一撃を回避すると、裏拳の反撃が半魚人の顔面を砕く。
まず一匹、移動しながら数を減らさないと!
「皆さん移動します! なんとか耐えて!」
「聞こえたわよね鎧の悪魔! ちゃんと付いて来なさいよ!」
サハギンの群れはまだ多い。
一匹のサハギンはボクに狙いを定めると、三叉の穂先を向け、突撃してきた。
「くうう! この!」
「ギョギョギョー!」
なんとか錫杖を三叉の穂先に絡める。
ボクは力比べになると、必死に踏ん張った。
なんとか串刺しは免れたけど、海中では分が悪い。
「せいやぁ!」
ボクはサハギンの隙を突いて、錫杖で頭を叩く。
サハギンは槍を落とす衝撃に、口から水泡をプカプカ浮かべた。
「よし、出来る!」
なんとか一匹のサハギンを倒せた。
確実にレベルアップしている。
サハギンをなんとか凌ぎ、退路を確保。
ボクは周囲に目を配らせながら、海底を進む。
しかし――そんなボクの見積もりを甘いと言わんばかり増援があればどうか?
「ギョギョ!?」
突然一匹のサハギンが情けない悲鳴をあげた。
サハギンは胴を巨大な顎に噛みつかれ藻掻いている。
ボクはそれを見て即座に警戒を促す。
「皆さん気を付けてください! 【マッドシャーク】です!」
巨大な鮫型の魔物は、水中を高速で泳ぐ。
サハギンさえ獲物にする獰猛さは、このエリアでも最も危険な魔物に分類されているのだ。
マッドシャークは一匹ではなく、こちらも群れで獲物目掛け乱入してきた。
まずい、これじゃ乱戦だ。
マッドシャークの一匹が、ボクに噛みつこうとする。ボクは咄嗟に錫杖を押し付ける。
ガチガチガチ!
錫杖に噛み付くマッドシャーク、サハギンよりもパワーがある。
このままじゃもたない、皆は!?
「うー!」
「シャーック!」
キョンシーさんはマッドシャーク三匹に同時に襲われていた。
一匹ならともかく、周囲を取り囲みキョンシーさんは動けない。
ボクも自分の身を守るので精一杯で、とても救援は求められない。
後ろも同様だ、魔女さんは魔法でなんとか迎撃するが、数の多さに手を焼いている。
勇者さんに至っては、水圧の影響で満足に動けていない。
「ギョペー!」
「うわっ!」
まずい、サハギンに脇から押し倒される。
サハギンはそのまま槍を持ち上げた。
「うー!」
「マール、クソッ! 離れろ白身魚!」
キョンシーさんがこっちに来ようとするが、周りに纏わりつくマッドシャークをどうにも出来ない。
魔女さんも魔法で援護しようとするが、それをさせまいとサハギンが槍で妨害。
万事休す、まさかここまで状況は悪化するなんて。
「にゃあ……!」
どうすればいい?
いくら考えても危機は数え切れないほど襲ってくる。
ボクは振り下ろされた三叉の槍をなんとか錫杖で受け止めるが、僅かに穂先が頬を切り裂く。
痛みにボクは目を閉じた。次の瞬間――昏い海中が突如光で溢れかえった。




