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エンディング 聖女と剣の物語

 ダンジョン街を襲った【魔物大襲撃(スタンピード)】事件から、早一ヶ月。

 ダンジョン街は今もその姿は健在であった。

 それはひとえにある治癒術士の大冒険があったからだという。

 ダンジョンから凱旋した治癒術士は伝説の剣【豊穣の剣】を蒼天へと掲げ、大魔王エンデの悪しき行いと、その討伐を宣言。

 最初は懐疑的であったが、その後のダンジョン調査で、ダンジョンが死んだように静かになっていたのが確認出来た。

 その後治癒術士にかけられていた嫌疑は全て棄却。

 ダンジョン街は徐々に寂れていく様子を見せたのだった。


 カランカラン。


 そんなダンジョン街に店舗を出す食事処【宝食堂】、そこに一人の逞しい偉丈夫が入店した。

 店主はそんな剣呑とした客が入店すると、すぐに声をかけた。


 「おうディーファーじゃねぇか、やっと顔を出しやがったな、この野郎!」

 「すまない、色々立て込んでいて時間がかかった」


 ディーファーは早速カウンター席に腰掛ける。

 男の(しり)には小さな椅子だが、彼は気にせず注文する。


 「おやっさん、とびっきりのビックステーキひとつ」

 「あいよ! なぁディーファー、お前はこれからどうするんだ?」


 店主が言っているのは、冒険者として、だ。

 大魔王エンデが討伐されて、ダンジョンから魔物がいなくなると、それを目当てにしていた業者は街から撤退。

 幸い交通の要衝としてこの街には需要があるが、もうダンジョンが名物ではなくなってしまった。


 「そうだな、まだ活況なダンジョンへ行くさ」

 「そうか、てなると食い納めだな」


 ディーファーは寂しそうに微笑んだ。

 この宝食堂はディーファーがまだ新人冒険者の頃からの付き合いがある。

 当時貧しかったディーファーに、腹いっぱい食わせてくれた店主には感謝してもしたりない。

 誰よりも身体の大きかったディーファーを満足させてくれる店は多くなく、必然とここは行きつけだった。


 「寂しくなったら食べに戻ってくるさ」

 「こいつー、そう言ったからにはちゃんと帰ってこいよー!」


 店主は嬉しそうに、熱々の鉄板の上でどデカイステーキを焼いた。

 優に三キロはある赤身肉のステーキだが、ディーファーはこれをペロリと食べてしまうのだ。

 数多くの大食い記録も持つディーファーは、首をコキコキ鳴らして臨戦態勢に入る。

 やがて、ズドンとビッグステーキが彼の前に差し出された。

 彼は(おごそ)かに頭を下げると、ナイフとフォークを持って、ビッグステーキに挑む。




          §




 アニマール公国首都ドラグレスでは、豊穣神の神殿の奉納式が終わったところだ。


 「ヴラド様、無事滞りなく終わりましたね」

 「うむ、これでマールも余に振り向いてくれるやもしれぬ」


 奉納は日中に行われたこともあり、公王ヴラドと秘書官のレミは暗がりからの観覧であった。

 この高貴なる吸血鬼(ノーブルヴァンパイア)の胸中を今も射止めていたのはあの可憐な治癒術士だけだ。

 レミは若干(きば)を剥き出しにすると、嫉妬してしまうが。


 「マールよ、この国にくれば、素晴らしさを理解してくれよう、その時こそ、余とウエディングをー!」

 「チッ! ヴラド様それよりも、これから懇談があります」

 「ぬぅ相手は貴族だったか?」

 「はい、その後に東方から商人が」


 ヴラドの公務は中々に忙しい。

 ヴァンパイアといえど、国を収めている以上必定だが、治癒術士マールがここを訪れるのはいつになるだろうか。




          §




 時の大魔女カムアジーフは西方にある魔法学校へと訪れていた。


 「ここ魔法学校の創設はなんと二千年もあるんですよ、初代創設者は偉大なる賢者アリエル様で――」


 変身(シェイプ)の魔法で、人族の女性に変身していたカムアジーフは、魔法学校の職員の解説を聞きながら、学園の風景に目を通した。


 「ぶーん、あの娘、夢を叶えたんだ」


 賢者アリエル、時の大魔女カムアジーフの三番目の弟子。

 才能は確かで、ダンジョンとか魔物にやたらと関心を持っていた女の子だった。

 夢は学校を開いて、そこで誰でも魔法を学べるようにって……本当に実現しちゃうなんて。


 「賢者アリエル様の最大の功績はやはり時空魔法によるアイテムボックスの無限化」

 「あの、素人質問ですけれどよろしいでしょうか?」


 その第一人の質問、まさかこの職員も、賢者アリエルにあれこれ手ほどきしたのが、このカムアジーフとは思わないだろう。




          §




 「いーやーでーす!」


 とある港町に見目麗しい森人(エルフ)族の兄弟がいた。

 極東へと向かう大きな船の前で、妹のカスミは帰郷を拒否したのだ。

 それを見て兄のハンペイは頭を抱える。


 「お館様との約束なのだ、必ず連れ帰ると」

 「どうせ帰ったらお見合いでしょう! こんな傷物誰が貰ってくれるって言うの!」


 傷物、死者蘇生(レイズデット)で蘇っても、右耳が半分欠けていることを、カスミは酷く気にしていた。

 エルフ族社会において、耳が欠けたエルフは傷物と言われる風習がある。

 人族で言えば中古品、獣人族では去勢済と言えば、彼女の劣等感もわかるだろうか。


 「とにかく私は帰りたくない! ここで冒険者として生きるわ!」


 幸いエルフ族の少ないこの地域では、耳の欠けたエルフなど気にされない。

 彼女は直ぐにでも治癒術士の下へと向かうつもりだ。


 「カスミ、某もカスミの幸せは第一に想っている、だからこそ一度お館様に会ってくれまいか?」

 「……この逃げ出した半端者に恥をかけと?」

 「そうではない! お館はいたく心配されておった! まずはわだかまりを消せと言っている!」


 カスミは俯くと全身震える。

 乗り込む予定の客船は出発の汽笛を鳴らした。


 「……わかりました、でも直ぐに戻るから!」


 カスミはスカッとした性格の女だ。

 キョンシーの時の奥ゆかしさとも少し違う、彼女は直ぐに船に掛けられた橋を渡る。

 ハンペイは今度こそこの妹を守ってみせると決意する、そしてその胸中には。


 「カムアジーフ殿、某さらに男を磨いてくるでござる、そして戻った暁には」

 「兄様早くー!」




          §




 「これが祖国でありますか」


 竜人娘のフラミーはかつて、ローラヘン家があった跡地に訪れていた。

 そこにはかつて住んでいた屋敷はなく、ただ荒れ果てた雑木林であった。

 原住民の話では、帝国崩壊のおりに、野党が荒らし、屋敷に火を放ったという。

 もし……レッドドラゴンに喰らわれず、家に自分がいたなら、屋敷は、ローラヘン家は守られただろうか。

 ううん、フラミーは首を横に振る。

 きっと同じ、今の自分は強いけれど、過去の自分はあまりに弱い。


 「ふぅ、これは骨が折れるでありますな」


 ダンジョンを出てからというもの、彼女はさながら浦島太郎のような状態だった。

 たった三百年、されど三百年。

 いまや何もかもが信じられないくらい変容している。

 彼女がまずやるべきと感じたのは、ここをもう一度開拓することだった。





         §




 ある地方の豊穣神の神殿に、ある珍しい種族の神官が誕生していた。

 彼女の種族はなんとサキュバス、しかしサキュバスは豊穣神の像の前で完璧な祝詞(のりと)を述べ、祈祷を済ませたのだ。

 彼女の名前はユリ、治癒術士マールが名付け、彼女を豊穣神の神殿に預けた。

 ユリは何も知らない無地の娘であった。

 だからこそ乾いた砂が水を吸うように、あっという間に立派な豊穣神の神官になれたのだ。


 「ユリお姉ちゃんすごーい!」

 「え? えへへ、そうかな?」

 「ねぇユリお姉ちゃん、絵本読んで絵本!」


 ユリは子供達に大人気だった。

 サキュバスという種族に偏見をもつこともない子供こそ、最もユリを優しく導いてくれる。

 けれどユリにも寂しさはあった。

 それは今、マールがいないから。

 ダンジョンを出てからしばらくはマールはユリと一緒に居てくれた。

 きっと心配していたんだと思う。

 けれどマールは豊穣の剣を豊穣神の総本山に返却する為に旅立った。

 彼は必ず帰るって言ってくれたけれど。


 「ッ……!」


 ふとユリのサキュバスの本能が囁く。

 この子供をレイプしたい、と。

 ユリは赤紫色の瞳は輝かせながら、あどけない少年に手を出そうとした。

 しかし、不意に背中にある気配がする。


 ――マールさんを悲しませないで。


 それはユリと同じ姿をした誰かの気配だった。

 ユリは正気に戻ると、首を振る。


 「う、うん! 絵本読もうか?」


 彼女は気丈に子供たちに笑顔をみせた。

 言いつけを守ればいいことがある、そう信じて。




          §




 ――マールがエンデ討伐より千年後。




 とある大都市、人々で賑わい平和を享受する時代。

 街の中央にはある女性の像が立っていた。


 「()()マールの石像です、聖女マールが活躍したのは千年程前になりますが」


 ツアーガイドだろうか、街の案内の中、聖女マール像の説明をしているようだ。

 それを聞いていたのは獣人にエルフ、そして魔族であった。


 「聖女マールの功績といえば、弛まぬ布教活動でしょう、このツアーに魔族の方がおられるように」

 「おぉマール様がいなければ、俺たち魔族が地上で暮らすなんて出来なかったろう」

 「うむうむ、平和の聖女マール様には足を向けられんな」


 ……もしご本人がここにいたら、顔を真っ赤にして否定していたでしょうね。

 マールの死後、彼のことは盛りに盛られて気がつけば平和の聖女(笑)だとか。

 歴史というのは、人々が都合よく編纂(へんさん)するものということでしょう。

 そんな聖女マールの像の前に小さな子供がやってきました。


 「マール様だ、ヘヘっ俺今日もお祈りしたぜ!」


 小さな子供は今日も日課でマール像の前に元気な挨拶をする。

 そんな少年を呼ぶ声が後ろからすると。


 「バッツ君ー、どこー!」

 「あっ、セレスこっちこっちー!」


 セレスという少女はバッツを見つけると、直ぐに駆け寄った。


 「いた、相変わらずマール様が好きなんだ」

 「うん! 【聖女と剣の物語ヒーローズ・ソード・テール】の主人公なんだぜ!」


 かつて勇者バッツと賢者セレスの物語のように、マールの冒険もまた、人々に慕われる物語となった。

 彼らの数奇な運命は、波乱万丈で、様々な情景を描いたでしょう。

 そんなバッツ少年とセレス少女を優しく見守る黒猫がいた。


 「にゃおん、現実は小説より奇なりにゃあ」


 黒猫は()()に振り返る。

 治癒術士マールの冒険譚のように、貴方も一歩踏み出してみませんか?




 治癒術士のボクがダンジョンから脱出を目指す、だが仲間がなんかおかしいし、気がつけば世界は救われる? 完

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