第203ターン目 英雄とは
極彩色に染まった超空間を抜けると、ボクは第五層火山エリアにいた。
目の前にはシュミッドさんの工房が、魔女さんはやりきったと鼻を鳴らす。
魔女さんには後でいっぱい感謝しよう、今はシュミッドさんだ。
「シュミッドさん、いますかー!」
ボクはドンドンと工房の重たい石扉を叩く。
すると、直ぐにあの白髭の鉱人が現れた。
「なんじゃマールじゃないか! 戻ってきたつーことは!」
「はいっ、やり遂げました!」
ボクは輝きを取り戻した豊穣の剣を見せると、にこやかに微笑む。
シュミッドさんはそれを見て、皺枯れた表情で微笑む。
「やはりマールこそ豊穣神の御使い、いや豊穣神そのもの! ありがたやありがたや!」
「あ、あのボクは拝むほどの者では、それより! 脱出してください、ダンジョンが崩落します!」
「何じゃと!? てことはこの揺れは」
元々地震の大い第五層では気づきにくいかも知れない。
シュミッドさんも、地震が大いとは思っていたみたいだけれど。
「ふむ、それよりマール、工房に来てくれ!」
「え? シュミッドさん、急がないと!」
シュミッドさんは構わず工房へ戻ってしまう。
ドワーフ族は総じて頑固者だということを思い出すと、ボクは彼を直ぐ連れて行くのは諦めて彼の背中を追った。
「お前さんが地上に戻るならそれ相応の身なりで行くべきだろう? だからこうして用意していたんだ」
シュミッドさんはそう言うと、金の髪飾りをボクの髪に差す。
金の髪飾りは豊穣神を司る純白の羽根とブドウの樹で意匠されていた。
も、もしかしてこれ超高級品じゃあ!?
「あ、あのこんな良いもの受け取れませんって!」
「何を言う、マールは世界を救った大英雄だぞ! ほれこいつも!」
そう言って渡してきたのは、こちらは豊穣神の翼を象った錫杖だった。
由緒正しい豊穣神のシンボルを持った錫杖。
鍛冶神の加護と豊穣神の加護が合わさっている。
「こいつはマールの為にあしらった錫杖だ、先端の金属パーツはな【白ミスリル】を使ってな」
「あの……その、とっても嬉しいですけれど、本当にボクが受け取ってもいいんですか?」
シュミッドさんは目を丸くすると、やがて呵呵と大笑いした。
「マールよ、いいか? ドワーフつーのはな、気に入った奴に最高のモンで応えるのが、誉れってもんよぉ!」
「だからってこんな良いものを」
「受け取れ、金なんて使わなきゃなんの価値もない! それとも豊穣神の使いともあろうものが、ドワーフに恥を掻かせるってのかい?」
今度は脅してきた。
これは敵わないな、素直に錫杖を受け取ると、改めて感謝する。
「そいつはマールの為の錫杖、銘は【聖白杖】じゃ」
「聖なる白き杖、ですか」
錫杖の先端に使われた白ミスリルはプラチナのように美しく輝く。
まるで神話に出てくる聖女様の杖のようだ。
あるいは絵画で見るような、見栄え重視の祭儀用にも見えてくる。
言い方は悪いけれど、攻撃力はかなり高そうだなと思う。
でもこれはずっと使ってた錫杖が嫉妬しないかな?
「うーん」
「どうしたマール? 複雑そうな顔をして」
「あ、いえ……この錫杖、どうしようかと」
ボクは元々使っていた錫杖をシュミッドさんに見せる。
元々は死体から剥ぎ取った縁もゆかりもない豊穣系の錫杖だ。
古い型番で、きっと前の治癒術士から愛されたんだと思う。
「それなら供養したらどうだ?」
「供養ですか? でも錫杖を?」
「ワシら鍛冶神の者らは、物に対して供養を行う、どうじゃ?」
「……それじゃお願いします、でも脱出してから、ですよ?」
そりゃいけないと、シュミッドさんは頭を叩く。
のんびりしている暇はない。
ボクは髪飾りを調整し、新たな錫杖を手に持つと、工房の前で待つ仲間の元に向かった。
「ううう、神よどうかこの湯治場を艱難辛苦よりお守りしたまえ!」
「ハンペイさん……いったいなにを?」
戻ってみると、なんだか必死な様子でハンペイさんが祈祷を行っていた。
カスミさんはすっかり呆れた様子で説明してくれると。
「温泉が崩壊するんじゃないかって気が気じゃなくて」
「あぁなるほど……」
ハンペイさん、ちょっと退くくらい大の温泉好きだもんね。
ダンジョンがどこまで崩壊するかはわからない。
だからせめて温泉は無事残ってほしいって、神頼みしているのか。
「マールさん、その髪飾り綺麗ー」
ユリさんは、ボクの髪飾りに直ぐに気付くと、興味深そうにちょんちょんと触った。
魔女さんはシュミッドさんを見ると。
「いい仕事したわね」
「お前さんが使ってくれと頼んだ素材もちゃんと使ったぞ」
「でもさ、どうせなら冠とかの方が良かったでしょ、派手さが足りないわ!」
「馬鹿いえ、マールは清楚さに感じる神聖さがいいんだろうがっ!」
「あ、あはは……」
魔女さんとシュミッドさんは感性の違いからか、意見をぶつけ合った。
それを傍から聞かされたボクは、自分では全然清楚だとは全然思っていない。
むしろ俗物だからね、ボクって。
ううーん、せめて装備に相応しい振る舞いは心掛けましょう。
「にゃあああ……なんか来るにゃあ」
「なにかって……」
「キューイ!」
坑道の奥、ズシィィン、ズシィィンと大きな足音が迫ってくる。
ボクはなんだか懐かしい気配に少しだけ微笑んだ。
やがて、坑道を崩壊させながら現れたのは、超巨大なオリハルガンだった。
「お、オレイカルコス様!? は、ハハーッ!」
シュミッドさんは直ぐに土下座した。
オリハルガンは優しい瞳でボクを見つめる。
「オレイカルコス様、貴方のおかげでボクは戦い抜けました、ありがとうございます」
「グルルル」
――豊穣の神、マールこそ、大地を救った、ここに、感謝する。
オリハルゴンの鱗から、オレイカルコス様の優しい声が聞こえた。
この声、何度もボクを救ってくれた。
思えばオレイカルコス様も同行する仲間だったんだな。
「ふふっ、貴方にも豊穣の加護を」
「ギャオーン!」
オリハルゴンが咆哮する、やがてオリハルゴンは地面を掘って消えてしまった。
オリハルゴンは地震を止めるつもりだろうか、彼女は大地の化身だものな。
「さぁボクらも行きましょう!」
「ぬぅ、もう少しだけ! せめてあと一度入浴は!?」
「兄様恥ずかしいから諦めなさい!」
「ぐぬぬ! 後生だカスミよー!」
魔女さんはもう次のショートカットを用意していた。
ボクらは次元の裂け目に入ってゆく。
最後までは粘るハンペイさんは、カスミさんが力技で引っ張った。




