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第202ターン目 脱出 別れと再会

 「大変大変! 急いで脱出するわよ!」

 「脱出ってどっちであります!?」

 「無いなら創る!」


 魔女さんは魔法で時空を歪め、亀裂を創ると、その中に飛び込んだ。


 「皆も来なさーい!」

 「……あの感覚は正直慣れぬがやむをえまい」

 「兄様、どんまいです」


 エルフ族の兄弟は亀裂へと飛び込んだ。

 続いてクロとカーバンクル、そしてフラミーさん。

 ボクはこちらをずっと見ていたサキュバスに気が付いた。

 戦いから避難していたユリさんだ。

 彼女は不安そうにボクを見ていた。


 「ユリさん、一緒に行きましょう」

 「……いいの私、魔物だよ?」

 「構いません、ほら」


 ボクはユリさんの手を掴むと、彼女はビクンと震えた。

 どの道放置も出来ない、急いで脱出しないと。


 「勇者さん、先に……勇者さん?」


 ゴトリ、突然勇者さんの左腕が落ちた。

 ボクは顔を真っ青にすると、勇者さんに駆け寄った。


 「勇者さんこれって!」

 「やっぱり、簡単じゃなかったか」


 ガシャン、今度は右足が崩れる。

 勇者さんはどんどんリビングアーマーとしての身体を維持できなくなっている。

 訳がわからない、ただボクは大粒の涙を零してしまう。


 「マル君、俺マル君と出会えて本当に良かった」

 「よ、良かったって、グスッ、まだ冒険は終わってないですよ!」

 「それはごめん! 俺ってさエンデの呪いなんだよね……だからエンデがいなくなると存在を維持できないみたいで」

 「そんな……どうすれば!?」

 「……マル君、これ」


 勇者さんは(かろ)うじて動く右手で豊穣の剣を差し出してきた。

 今更これがなんなんだ、ボクは豊穣の剣を受け取ると、右手もパラパラと崩れた。


 「こんなことってないよ……こんなのあんまりですよ!」

 「マル君、俺はね……長く生きすぎた呪われし者だ、もうあの世に逝かせておくれ」

 「グスッ、ぼ、ボク勇者さんのこと忘れません! この冒険も必ず本にして、皆に知ってほしいです!」


 勇者さんはどんどん崩れていく。

 ボクはこの素晴らしい冒険こそ第二の【勇者の剣の物語ヒーローズ・ソード・テール】として語り継ぐべきだ。

 だから笑わないと、勇者バッツの本当の死を祝福しないと。


 「マル君――大好き、だ――よ――」

 「ボクも! ボクも貴方が大好きでしたーっ!」


 勇者さんの血の呪印が消滅する。

 カランと音を立てて、そこには古ぼけた全身甲冑だけがあった。

 ボクは豊穣の剣を抱きしめる、そこに勇者さんがいる気がして。


 「あの、マールさん」


 ユリさんがボクの法衣の裾を引っ張った。

 ボクは腕で涙を拭うと、彼女に振り返る。


 「心配かけてすみません、急いで脱出しましょう」


 ボクは急いで魔女さんたちを追った。

 歪みを抜けると、そこは大きな巨岩と天井からオベリスクが生えるエリア。

 第六層天井都市エリアだった。


 「皆は!?」

 「マールったら遅い! て、バッツは?」


 魔女さんは胸を持ち上げ、苛立たしげに振り返る。

 しかしボクが豊穣の剣を持っていることに、彼女は訝しんだ。


 「勇者さんは、その」

 「逝ったか、まぁあれ程エンデと密接ならね」


 魔女さんは何も言わなくても全てを察してしまう。

 仲間たちには、勇者さんが逝ったことに悔いる者もいたが、平静であった。


 「きっと勇者殿は幸福でありますよ、大成を成したのですから」

 「そうにゃ、それにあの鎧バカのことだもの、あの世でも元気にやっているにゃあ!」

 「クロ……うん、そうだよね」


 ボクも勇者さんの冥福を祈ろう。

 そして愉快な来世を願おう。


 「クソッ、急に地震だと、このままじゃあ!」


 ダンジョンの奥から人の気配があった。

 ボクは警戒すると、現れたのはクマのように大きな身体をした冒険者だった。


 「あ、貴方はーっ!?」

 「あっ、君はもしかしてマール君!?」


 クマのような人、たしかベアさんだっけ?

 その後ろにはいつものパーティーメンバーも一緒だった。


 「治癒術士の旦那無事だったんですね!」


 ウサギ獣人のラビオさんは、直ぐにボクに気づいて駆け寄ってきた。

 ボクは恭しく頭を下げて、社交辞令を行う。


 「……やっぱりボクの捕縛が目的ですか?」

 「あーお上にはそう言われているんだがなー?」


 ベアさんは頭を掻くと、気まずそうに視線を逸らす。

 正直あまりやりたくないという表情だ。


 「それより君たち……なんだか増えているような?」


 ボクの後ろ、恐らくはフラミーさんとユリさんのことだろう。

 ラビオさんは魔女さんを見ると顔面を蒼白に変えた。

 まぁ、わかっちゃいたけれど……。


 「あ、青肌の魔女ぉ!? なんでこんなところに!?」

 「あー、そういう設定だったわ、忘れてた」

 「コホン、彼女はこのダンジョン制覇の立役者です!」


 ボクは咳を打つと、堂々と魔女さんを紹介した。

 ベアさんとラビオさんは驚くが、直ぐにハンペイさんが前に出て。


 「治癒術士の証言は事実、カムアジーフ殿とは苦楽を共にし、ダンジョンマスターをも討ち取ったのです」

 「クースさんまで、ううむ」


 どう判断するべきか、ベアさんは顎に触れて思案する。

 そんな後方、ある青年剣士がこちらに気付くと前に出てきた。


 「マール! テメェこんなところに!」

 「ガデス! まさか貴方がここまで?」


 ガデスはボクを(にら)みつける。

 憎悪……だろうか、変だな、ボクにガデスに対して憎しみなんてこれっぽっちも無いのに。


 「テメェは何者だ? 何をしやがった?」

 「……ボクは変わりません、治癒術士として、癒やし、守り、救うだけです」

 「テメェみたいなクズにそんな事が出来るもんか!」


 それを聞いたカスミさんは、一瞬でガデス前に出ると、彼が反応も出来ない内に手刀を放った。

 だが手刀は当たる直前に止まる。

 ただ彼女はゾッとするような声で忠告した。


 「私の敬愛するマール様への無礼、死で贖わせましょうか?」

 「んなっ!?」

 「キョンシーの嬢ちゃん……じゃねぇ?」


 ラビオさんは、キョンシーだった頃のカスミさんのイメージから、今の姿に驚く。

 ガデスは後ろに転がると、剣をボクに向けた。


 「く、くそが! なんでお前ばっかり!」

 「剣を向けるならば小官も敵とみなしますが?」


 フラミーさんが剣呑とした表情で剣の柄に手を掛けた。


 「ねぇも()めなよガデス!」

 「ネイさん、貴方までダンジョンに」


 ガデスを後ろから抱えたのは、魔法使い(ソーサラー)のネイさんだった。

 二人はまだ実力不足の筈なのに、こんな危険なエリアまで。


 「離せネイ、俺は証明しないと駄目なんだ! こんな雑魚より俺が上だって!」

 「……!」


 あぁそうか。

 ボクがガデスに感じた不思議がようやく理解できた。

 ガデスはボクに嫉妬しているんだ。

 かつてのボクと同じように。


 ――ただ上を見上げたボク。

 ただ下を向き泥を見つめるガデス――。

 ほんの僅かな切欠で容易に逆転する現実。

 それならボクに出来ることは。


 「わかりました、剣を交えましょう」


 ボクは豊穣の剣を構える。

 ガデスはそれを見て首を(かし)げた。


 「お前、いつの間に剣を?」

 「これは亡き戦友の形見です」


 この剣には今も勇者さんの気配が残っている。

 ガデスは立ち上がると剣を構える。

 大丈夫、ボクはもう――。


 「弱くないっ!」


 一瞬、ボクは踏み込むとガデスの剣に叩きつける。

 ガデスの剣はたった一合でバラバラに砕け散った。

 そのままガデスは尻もちをつくと、呆然とボクの顔を見上げた。


 「ボクは弱いですか? これでも君より強くなったつもりです」

 「ぁ、あ……? ば、かな……」


 ボクの役割は、現実をガデスに教えてあげること。

 このまま傲慢にも増長を続けていけば、ガデスは必ず破滅する。

 ならもう明確にするしかない、ボクが上でガデスが下だと。

 ボクは剣を鞘に戻すと、錫杖に持ち替え、彼に治癒の魔法を唱えた。


 「《大治癒(キュアオール)》」


 治癒(キュア)の上位魔法【大治癒(キュアオール)】。

 治癒を全体に広範囲にかけ、この場にいる全員を念の為治療する。


 「おお、おおお! 大魔法までもか!」

 「す、すごいなんで豊穣神の治癒術士がこんな」


 最後方にいたあの公正神の治癒術士のお嬢さんも驚いている。

 ボクはただニコリと笑う。

 ゴゴゴゴゴ、地鳴りはなおも止まない。

 もしかしてここまで崩落するんじゃないか。


 「あの、ボクは必ず地上に戻り事情を説明します!」

 「うむ俺はマール君を信じよう」

 「ありがとうございます! 魔女さん、シュミッドさんにも事情を説明しましょう!」


 ボクはペコリと頭を下げると、魔女さんは「よしきた!」と空間に歪みを創る。

 ボクはもう一度恭しく頭を下げると、歪みの中へと突入した。



 「……行ったな旦那」

 「あぁ」


 ラビオはすっかり逞しくなったマールに目頭を熱くする。

 ベアも正直彼の変貌には驚きっぱなしだ。


 「ダンジョンマスターの撃破、本当なら彼は初のダンジョン制覇者か?」

 「かも知れねぇですな、気のせいか魔物の気配が無くなったような?」


 しかり、大魔王エンデがいなくなったダンジョンは、崩壊と同時に魔物達も消えていった。

 あの大魔女や竜人娘などは平気のようだが、エンデに強く由来する魔物は存在を維持できないのだろう。


 「ガデス、立てる?」

 「……一人でも立てる」


 ガデスは粉々にされた剣を見て、悔しさに拳を震わせた。

 ずっと馬鹿にしていた存在に、ついに完全に先を追い越されたのだ。

 しかもあの真っ直ぐさで、マールは本当にやってのけた。

 アイツが雑魚なら、自分はクズじゃないか、涙は止めどなく(あふ)れた。


 「クソゥ、俺はなんで……!」

 「強くなろう、ねぇ?」


 そんなガデスに、最後までネイは寄り添った。


 「おーし! ダンジョンを脱出する! 警戒は怠るな!」


 やがて一行もまた、震動が続くダンジョンを脱出するのだった。

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