第201ターン目 治癒術士の 挑戦
ボクは豊穣の剣に優しく触れる。
豊穣の剣には豊穣神様の優しさが込められていた。
ボクなんかが、この想いに触れるのは烏滸がましいんじゃないのかって、後ろ暗く考えちゃうけれど。
「マル君、一緒に戦おう」
同じ剣を持つ勇者さんの、心強い言葉。
ボクは満面の笑顔で頷いた。
「はいっ! 癒やし、守り、救え! 豊穣の剣よ、遍く地平まで優しく照らせ!」
ボク達は剣を掲げる。
豊穣の剣から光が迸ると、大魔王エンデは竦んだ。
闇が晴れる、大魔王を包んでいた【闇の衣】さえ消え去る。
「グオオオオ!? 豊穣神め! 絶対に許さぬぞー!」
大魔王の姿に変化が生じていた。
闇を剥がされた大魔王は胴体に禍々しい顔が現れる、背中から二匹の悪竜が鎌首を持ち上げた。
「バケモノらしくなったじゃない!」
「されど、もう負けぬ」
「我々の力、見せるであります!」
「にゃあ! やぁってやるにゃあ!」
「キューイ!」
さながら悪神か邪神を思わせる姿を晒す大魔王エンデ、しかし仲間たちは一切動じない。
今更恐怖で屈するなどありえない、豊穣の剣の輝きがボクらを照らす限り、豊穣の願いが守ろう。
「グゴオオオオオオ! 調子にノルな! ゴミどもがーっ!!」
エンデは凍てつくような波動を放った。
それは豊穣の剣から放たれる光の波動を打ち消していく。
「くぅ!? 流石大魔王ですね……!」
「負けない、俺とマル君が一緒なら、俺たちは無敵だー!」
勇者さんは真っ直ぐ未来だけを見つめている。
ボクたちの未来、希望を胸に抱いて。
だから、魔王なんて………路傍の石だ!
「やるわよ皆!」
「御意!」
仲間たちが一斉に動きだす。
「月神よ、我が影を映し出せ《影分身》!」
影なる己を従え、ハンペイさんはシュリケンを放つ。
無数のシュリケンはエンデの全身に突き刺さるが、この程度ではエンデは怯まなかった。
「鬱陶しいわぁ!」
両肩から首を伸ばす竜が口を開く。
二匹の竜による闇の息吹、ハンペイさんが飲み込まれる――刹那。
赤き竜は盾となり竜の息吹を放った。
「フラミー殿!」
「負けないでありますうううううう!」
闇の息吹と炎の息吹が相殺しあう。
しかし力は大魔王が上か。
ハンペイは直ぐに状況判断する、狙いを二匹の邪竜に。
「コオオオオオオオ! 受けよ奥義、《超力投手》!!」
ハンペイは腕に縄めいた筋肉を浮かび上がらせると、豪風唸る投擲を見せる。
シュリケンはソニックブームを放ち赤熱しながら、二匹の邪竜の頭を穿った。
「グワアアアアアア!?」
「今であります! 《赤竜の爆炎》!」
赤い竜は両手を突き出すと、凄まじい炎が大魔王を襲う。
大魔王はたたらを踏んだ、しかしまだ負けていない。
大魔王は魔法を詠唱すると、空から無数の隕石が降ってきた。
「潰れてしまエ! 《隕石群》!」
無数の火球が周囲を破滅させていく!
だがその中心にとんがり帽子の魔女が平然としていた。
時の大魔女カムアジーフは、全身から七色の魔力を立ち昇らせ、魔法を詠った。
「魔導神よ、貴方の奇跡ご照覧あれ、出来ればそのご尊顔も笑顔になれ、《反射鏡》!」
無数の円鏡が浮かび上がると、隕石は鏡へ吸い込まれる。
そして鏡は隕石を逆に大魔王へと跳ね返した。
「魔王だかなんだか知らないけど、年季が違うのよ年季が!」
あからさまに勝ち誇る魔女さんは、親指で首を掻っ切るジャスチャーで煽った。
超のつく天才だけど、慢心してポカをやる困った人だが、今はその実力に感謝しなければならない。
「ぬううう! ならば!」
エンデはさらなる魔法を放とうというのか、否魔王は拳を突き放つ。
正拳突き、しかしそれは衝撃波を放った。
魔女さんは吹き飛ばされる。
「きゃあ!」
「カムアジーフ殿!」
ハンペイさんは魔女さんを抱きかかえる。
魔王の手はまだ出し尽くしていないのか。
だがそれに誰が臆する。
あの黒猫の使い魔も臆しはしない。
「アリアドネのより糸よ、大魔王を雁字搦めにしちゃえ! 《捕縛の糸》!」
大魔王を拘束するアリアドネのより糸、時間稼ぎに過ぎないだろうがそれでいい。
その背後で、太陽の呼吸を繰り替えすキョンシーは千載一遇の機会を待っていたのだから。
「スゥゥ、ハァァ!」
カスミさんの全身から黄金の闘気が立ち昇ると、彼女は金色に染まった。
太陽の力は破邪の力、その聖なる力はカスミさん自身さえ焼き焦がしてしまう。
だが、彼女の額の制御呪符が剥がれ、空を舞うと彼女は叫んだ。
「私の拳が勝利を叫ぶ! 必殺! 《太陽の一撃》!!」
カスミさんは拳に全闘気を込め、大魔王へと吶喊。
危険を察した大魔王は口から闇の炎を吐き出す。
「キューイ!」
しかしカーバンクルをがインターラプト、カーバンクルは額の紅玉を輝かせ、闇の炎を押し退ける。
カスミさんは、カーバンクルの横を通り過ぎる際、一瞬ウィンクをした。
カーバンクルのファイトを彼女なりに称賛したのだ。
「ヤアアアアアアアアアアア!」
必殺技が大魔王に炸裂すると、大魔王は叫んだ。
「グワアアア! ゴ、ゴミなんぞにこの我がー!!」
「爆発っ!!」
闘気が爆発する、大魔王エンデは全身にダメージを負っていた。
ボクは勇者さんを見て、頷く。
勇者さんも同様に頷いた。
「ねぇエンデ、なんで俺たちは戦っているんだろうね?」
「ほ、ほざけ……それが定められし運命であろう!」
「もしそうだとしたら実に残酷です、ボクはそれをいつか変えたい!」
ボクと勇者さんは動きをシンクロさせ、剣を構えた。
ボクはエンデが憐れに思えた。
運命だから戦うなら、どうして運命に抗えない。
ボクは思う、魔物とだって手を取り合えるんだって。
なら魔族や魔王とだって、きっとわかりあえる。
勿論困難な道だ、きっと多くの否定と出逢うだろう。
それでも千年後にはこんな争いのない世界を信じたい。
ボクは豊穣神に仕える治癒術士だから。
「その優しき輝き、闇さえ手を伸ばし、か弱き者を救い給え《豊穣慈悲》」
ボクは最大の慈悲を込めて、剣を振り上げる。
勇者さんと一緒に飛び上がり、大魔王エンデへと剣を振り落とした。
「グワアアアアアアアアアアア!?」
「負の連鎖はもう終わりにしましょうエンデ」
「俺たちは勝つ、これからもずっとね!」
光が闇を飲み込んだ。
大魔王は豊穣の剣に切り裂かれ、光に溶けて消える。
せめて彼にも神の愛情があれば、そう願った。
「……勝った、勝ったわ!」
「にゃあ、本当に死ぬかと思ったにゃああ」
「クロ殿が言うと冗談に聞こえぬぞ」
大魔王に完全勝利すると、魔女さんは両手を上げて大喜びした。
クロはもう疲れて顔を突っ伏す。
フラミーさんは姿を元に戻すと、ペタリと尻からへたり込んだ。
「ふえええ、こんな偉業をまさか小官が熟すとは」
「ナイス、ガッツ」
カスミさんはグッドポーズでフラミーの健闘を讃えた。
ボクは豊穣の剣から手を離すと、直ぐにカスミさんに駆け寄る。
「カスミさん、身体はどうでしょう?」
ダンジョンマスターがいなくなったことで、エンデが干渉した様々な呪いは解かれたと思う。
だがカスミさんに変化はない。
つまりキョンシー化とエンデは関係がなかったのだ。
「クソッ! どうすればいいのだ!」
ハンペイさんは悔しそうに拳を振り降ろす。
ボクは胸に手を当てると、彼女に言った。
「今この場でカスミさんの蘇生を行います」
ハンペイさんは驚く、カスミさんもだ。
「え? マールさま?」
「治癒術士殿、で、出来るのか!?」
出来るか出来ないか、だと出来る。
それは賢者セレス様がボクに残した置き土産だった。
「豊穣神よ、彷徨える魂に、再び大地の喜びを《死者蘇生》」
ボクは錫杖を両手に握り、カスミさんの前で跪く。
神聖なる力が、カスミさんを覆うと、カスミさんの血色が急激に回復する。
キョンシーを象徴する制御呪符は、粉々になると、もうそこにいたのは森人族の冒険者カスミであった。
「ぅ、あん……これ、私元に?」
「カスミ! 某がわかるかカスミ!」
「兄様……はいっ!」
兄弟は優しく抱擁し合う。
感動の再会なんだ、思わずボクも目頭が熱くなった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「うん? 地鳴りね……これってまさかと思うけど」
「ダンジョンマスターがいなくなったから、ダンジョンが崩壊しているんだ!」
勇者さんが叫ぶと、ボク達は顔を青くする。
ダンジョンは脱出するまで冒険なんだ!




