第200ターン目 豊穣は 奇跡を 生む
「クハハハ! この程度なのか、か弱き者共、ならば我ももう飽きた、ここいらで終わらせてやろう」
再びエンデは掌に闇を集めだす。
フラミーは直ぐに前に飛び出すと、魔法を詠唱した。
「公正なる秩序の神よ、正しき御心に勇気の盾を授けよ! 《勇気の大盾》!」
「クハハ、吹き飛べ《闇の膨張》」
小さな闇が一気に膨れ上がると、凄まじい闇の力が一行を襲った。
フラミーは勇気の大盾を構え、耐えの凌ぐが、彼女の信仰心では保たない。
「うわあああ!? マール様ぁぁぁ!」
フラミーが吹き飛ばされる。
それは全員が吹き飛んだ。
「あ、ぐ……み、皆?」
魔女は倒れたままよろよろと顔を上げる。
なんとか生きてはいる、だが身体が動かない。
ハンペイは血塗れで倒れて気絶、カスミも手足が曲がり戦闘不能。
フラミーは息はしているがこちらも満身創痍だ。
唯一、バッツだけが無事立っていた。
リビングアーマーの呪われた身体が闇に対して強い抵抗があるからだ。
「あ、ぁ?」
「のうバッツよ、お前は魔物を殺す時愉しくなかったか?」
エンデはバッツに語りかける。
言葉に乗るな、魔女は警告したかったが、声に出せない。
バッツは顔を上げる。
「強くなって、勝てない魔物に勝てるようになって嬉しかっただろう?」
「……なに、を?」
「同じなのだ、強くなるとは、弱者を踏みにじること、お前も我も同じ強者でしかない」
「俺が、強者……?」
エンデは嗤う、バッツを再び呪われた道へと誘おうとしている。
心の弱りきったバッツにもはや抵抗するだけの意志力もない。
豊穣の剣に闇が纏わりつく。
もう一度エンデの呪いを受ければ、誰もエンデを止められなくなる!
「――――」
その時――、誰もマールを見ている余裕がなかった。
マールの懐が熱く光り輝いている。
魔女は最初光に気付くと、目を細めた。
あれはなにか、確か【えいえんの葉】?
「ッ、マールのえいえんの葉……あれって」
魔女にはある確信があった。
【永遠の葉】、別名世界樹の葉。
死者さえ蘇生させるという伝説のアイテム。
それが今輝き、役目を果たそうとしていた。
しかしそれはエンデに目撃されてしまう。
「ちぃ、死んでも邪魔するというのか治癒術士め!」
復活を阻止せんとエンデは闇の弾丸をマールへと放った。
だが、マールから凛とした声が響くと、闇の弾丸が弾かれる。
「豊穣神よ、か弱き者を守り給え《聖なる壁》」
マールが浮かび上がる、聖なる壁は闇の弾丸を通さない。
ゆっくり瞼を開くと、あどけない顔を見せる。
「……ふぅ、なんとか間に合ったわね」
「……マル、君?」
バッツは弱々しくマールに振り返った。
マールは錫杖を握ると、感触を確かめながらバッツに向かって大声で言う。
「シャキンとしなさいバッツ! 勇者でしょ!」
「は、ハイィ!? え……マル君?」
「ぬぅ治癒術士め! だが貴様に我は倒せぬ!」
エンデは再び掌に闇を集めた。
「錫杖か、あんまり慣れないのよねー。さてと、豊穣神よ、優しき御心を武器として、魔を討て《聖光の鉄槌《ホーリーバースト》》!」
「なに!? 聖魔法だと!?」
白魔法を極めると、神へと半身浸かった状態、聖なる魔法を使えるようになる。
しかしそれは数百年の歴史でもほんの一握りしか、そこへ到達したものはいない。
あの、どこにでもいる平凡な治癒術士が?
エンデの放つ巨大な闇と、マールの放つ極光。
二つは激しくぶつかりあいながら、マールは錫杖を後ろに向けると。
「豊穣神よ、癒やしの力、神の御心で遍く生命を活性したまえ《完全回復》!」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿なァ!? 【二重詠唱】だと!? それも最高位白魔法と同時に!?」
魔王が初めて驚愕した。
そしてバッツはある確信をする。
「ふぅ、やっぱり疲れるわねー、この子の精神じゃ無理できないし」
「マル君じゃない……もしかしてセレス!?」
魔法が終わると、マールは疲れたように肩を回す。
バッツの問いにマールは優しく微笑み。
「ピンポーン、まぁ正確には私は、セレスじゃないんだけど」
マールの姿をした者の正体は、彼と瓜二つと言われた女性賢者セレスであった。
なぜ、そんな疑問がバッツを惑わすが、セレスはバッツの下まで向かうと。
「ほら、後ろの子たちも皆元気したわよ、だから元気出しなさいな」
「セレス……どうして」
魔女は立ち上がると、自分の身体が完全回復したことに驚く。
ハンペイもカスミも、フラミー、そしてカーバンクルもだ。
最後に、ゆっくりクロも起き上がると、不思議そうに周囲を見た。
「にゃあ、アタシ死んだんじゃ?」
「クロ殿生き返ったであります! こ、これはどういう状況で?」
「確かセレスって言ったね! アンタマールはどうしたの!」
魔女はセレスにマールがどうなっているのか聞く。
セレスはゆっくり振り返ると、魔女の胸を見た。
「……大きい」
「はっ? なにが……なのよ?」
「あ、な、なんでもありません! 安心してマールはもうすぐ目覚めるから」
「待ってセレス! なんでマールの身体で蘇ったの?」
「……違うわ、私は言ってみれば輪廻転生体、心と力をこの時代に送ったの」
「心と力を送った?」
信じられないかも知れないが、かつて魔王討伐の少し後、セレスはある【託宣】を受け取ったのだ。
三百年ほど後、大魔王エンデは復活し、呪われしバッツを従え世界を破滅させると。
託宣に従い、セレスは冒険に出た、それはバッツにさえ知らせず。
そしてカムアジーフという旧き魔女の研究所で、時空魔法を解析し、賢者セレスは自身をマールへと転写したのだという。
「じゃあマル君がセレスに似ているのって」
「うーん、多分偶然でしょうね、だって私こんなに胸ちっさくないし」
思わずバッツがズッコケる。
この時代セレスの像は盛りに盛られて、本当は小さな胸がコンプレックスな女性とは誰も信じまい。
「ま、マル君の身体は男だよ、そりゃそうだろセレス」
「もう上手くいかないものね、まさかこんなに可愛い男の子に転生するなんて!」
セレスは子供っぽく頬に手を当てる。
ズドン、ズドン、地団駄を踏むようにエンデはバッツとセレスを見下ろした。
「おのれ豊穣神めぇ! 何故我の邪魔をする! セレス! 貴様に飲まされた煮え湯、今度こそ貴様にぃ!」
「生憎だけど、時間切れ」
ピシャリとセレスが言葉を遮るとセレスの意識は微睡む。
マールに転写した意識は、ほんの数分だけ奇跡の会合をバッツに与えた。
「セレス……?」
「ん……勇者さん?」
再び優しい瞳でバッツを見たのは、いつもの温和な笑みを浮かべるマールであった。
「マル君、なんだね?」
「はい、えとその……はっきりとはわからないんですけれど、ボクもセレス様、なんでしょうか?」
セレスが表出していた間、マールにも意識はあった。
えいえんの葉が役目を果たし、時間遡行により死者蘇生をしている間、自分の中に違う誰かがいると気づいた。
それがまさか本当にセレス様とは思わなかったが。
「うぅセレス様、自分が女の子っぽいの貴方の性なんですね、一生に恨みますからっ!」
セレス曰く、偶然であり、全くの遺憾であるとのこと。
どの道女の子の顔は逃れられぬ運命か。
「おのれ豊穣神! 我は負けぬ! 今度こそお前の眷属を血祭りにしてやろう!」
エンデは追い込まれている。
マールはバッツの手を握った。
バッツはマールの顔を見て、エンデを見る。
「勇者さん、やりましょう!」
「あぁマル君、やろう!」
その瞬間、豊穣の剣は真なる輝きを解き放った。




