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第20ターン目 魔女は 眠らない

 食事の後、マール一行は休眠をとっていた。

 マールは横になりながら安らかな寝顔で、魔女カムアジーフはそれを愛らしいと思う。

 かの異なる次元より(きた)る異世界のことが書かれた書物【ウ=ス異本】には、このような少年にはこう言うそうだ。


 「お○ん○ん付いている方がお得だよね」

 「ん? なんか言った?」

 

 中身のがらんどうな全身鎧が兜を魔女に向けると、彼女は不快そうに(うつむ)いた。

 彼女が鎧の悪魔と呼ぶ自称勇者とは、何故か言葉が通じない。

 頭脳明晰な頭を持ってしても、この原因を調べるには時間も足りないだろう。

 今はそんな些事(さじ)に時間を使うのは彼女の望むところではない。

 彼女は鎧の悪魔を無視すると、次にマールに寄り添って眠るクロを見た。

 黒猫クロ……見た目は紛れもなく猫だが、彼女はありありと違和感に気づいていた。

 白と黒――その小さな身体に流れる魔力の色は複雑に混ざり合っている、だが灰色にはなっていない。

 何よりもだ。彼女はクロの魂にはなにか改造を偽装したような【(あと)】がある。

 確証はなにもない。だが鎧の悪魔よりは興味深い存在だ。


 「クロ、貴方は一体なんなのかしら?」

 「にゃあ……?」


 クロは顔を上げるとあくびしながら魔女に振り返る。

 まるで何かを察知したかのように。


 「クロ、もっと寝てても良いのよ?」

 「遠慮するにゃあ、アンタがマールに夜這いを仕掛けないか、不安で仕方がないにゃあん」


 魔女は目を丸くした。そして腹を抱えて笑う。

 驚いたように鎧の悪魔が振り返るが、意味も分からず結局それを放置した。


 「私がマールを? 流石に子供過ぎるわよ。それに下手に手を出したらそっちの()に殺されちゃうわ」


 視線を向ける先、クロは視線を追うと微動だにしないエルフ族の死体が鎮座していた。

 いや厳密には死体とは違う。彼女は【キョンシー】という【死を超越し者(アンデット)】の一種だ。

 自我に深刻なダメージでもあるのか、それともなんらかの制約なのかキョンシーは物静かに置物と化している。

 しかし視線は魔女を見て外さなかった。

 時折小さく唸り声を上げており、警戒されているのだ。


 「この子も結局なんなのにゃあ? アタシが眠っている間になにがあったにゃ?」

 「そりゃあもう、色々ね」


 それは苦い記憶が蘇ってしまう。

 魔女はもう二度とあんな過ちはするものか、と決意を顔に(にじ)ませる。


 「ちょっと、見回りしてくるよー」

 「にゃーん」


 鎧の悪魔は立ち上がると、休憩していた広場を離れた。

 魔女は目を細める、どこまで信用出来るのか分らないからだ。

 追うべきか? いや、マールの(そば)の戦力をこれ以上減らしたくない。

 ここまでの行動結果から見れば、鎧の悪魔がマールに翻意(ほんい)を持つとは思えない。

 ただそれでも本能的に鎧の悪魔から(にじ)み出る邪悪な瘴気が危険だと訴えかける。


 「カムアジーフは、眠らないで平気なのにゃあ?」

 「平気、みたいね……まぁ元々睡眠時間なんて短いものだったけど」

 「それは人間としてにゃあ?」

 「……そうよ」


 人間としての大魔女カムアジーフは太陽が落ちてもなおとある魔法について研究を惜しまなかった。

 それが原因で人付き合いが悪く、彼女には弟子が六人いるだけであった。

 そういえば弟子達は、あれからどうなったんだろう?

 弟子を先に残し、先にくたばるのは師匠の定め。

 残念ながら魔物に転生しても、弟子のその後は定かではない。


 「クロこそ、やっぱり眠ったら?」

 「にゃー」


 クロはキョンシーに振り返ったが、キョンシーは微動だにしない。

 黒猫に興味はないようだ。


 「キョンシー、コイツがマールの寝込みを襲おうとしたらグーにゃ、顎が砕ける一撃を与えるにゃ」

 「………」


 キョンシーはなおも反応なし、クロは眠気に負けそうになると、マールに寄り添いもう一度眠った。

 キョンシーはマールの命令以外は受け付けない。

 彼女を仲間に加えてから、この事実は直ぐにわかった。

 単に言葉が通じない、という可能性も考えたが、そうならキョンシーのあの右手に納得がいかない。


 「………ぅー」


 聞き逃しそうな程か細い唸り声、キョンシーは厚いふとももに置いた右手は何故かグーで握られている。

 つまり、従う理由はないが、マールを襲う者は(だれ)であれ許さない、と。

 ヤンナルネ。魔女は苦笑する。

 何故マールの傍にこれだけ、変なのが集まってしまったのか。

 あっ、これだと自分まで変なのになっちゃうわ。


 「ふぅ……それにしてもダンジョンって凄いわよね、なんで『アレ』落ちてこないのかしら」


 有り余った精神力(マインド)から、彼女は魔法の煙管(キセル)を生み出した。

 煙管からは甘ったるい匂いが充満し、ピンク色の煙がもうもうと天井へと立ち昇る。

 煙は途中で風にさらわれ、あるいは霧散し、途中で消えてしまう。

 思わず口からもピンク色の煙を輪っかにして、天井へと吐き出した。


 「目算で役五十ドーヤ(百メートル)くらいよね?」


 彼女は吐いた煙から天井の高さ、そして広さを大まかに理解しようとした。

 天井からは極めて巨大なオベリスクめいた四角柱が無数に生えている。

 大きさも様々なようで、どれだけダンジョンは馬鹿デカいのか。

 しかもマールの話では、あれを地上では天井都市とか言っているのだ。

 本当にナンセンス極まりないわね、あんな形の家があってたまるものかしら。

 おそらくは、ダンジョンが偶然あのような形のオブジェクトを生成したのだろう。

 そうとしか、納得出来ないわ。


 「マールを地上に戻す、これだけは達成しないとね」


 鎧の悪魔は戻ってくる様子はない。

 もしかして魔物と遭遇したのだろうか。


 「キョンシー、貴方はアンデットだから眠る必要がないでしょ? 魔物が来たら起こしてよ?」


 魔法の煙管を細い手で握り潰すと、七色の魔力が霧散する。

 そのままゆっくり固いダンジョンの床に横になるのだった。


 「…………ぅー」


 キョンシーはあくまで動かない。

 そのまま昼夜も分からぬまま、彼らは地上を夢見るのだった。

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