第198ターン目 闇を 切り裂いて
闇の中に赤い上等なベットが浮かんでいる。
ボクはそんなベッドに押し倒されて、リリーさんにそっくりなサキュバスがボクの上に跨っていた。
「あの、こういうのは良くないんです! 性交は愛し合った者同士でなければ!」
「んもー、お硬い、こっちは素直なのにねー?」
サキュバスはボクの下腹部を指で撫でる。
それだけで快感が全身に走り、ボクは悶えた。
下半身にあるアレが熱くなってゆく。
サキュバスは喜々と、盛り上がるソレに悦んだ。
「あうううう! このままじゃお婿さんにいけないよぉ!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、キミはここで一生に気持ち良くなればいいんだから」
サキュバスは夢魔で知られ、快樂を司る。
サキュバスに犯された男性は、サキュバスを忘れられずやがて精根尽き果て絶命するという。
男性として、そりゃサキュバスとちょっとは気持ちいいことしたいってスケベ心もあるけれど!
「うぅぅ、サキュバスさんごめんなさい!」
「ふえ?」
ボクは心の力を使う。
闇は神への嘆願を阻む、ここで頼れるのは己の心のみ。
「《聖なる光》!」
ボクの身体から放たれる極光。
サキュバスは顔を守るように両手で隠した。
「ごめんなさい!」
ボクはその隙に彼女のお腹――本当にごめんなさい!――を蹴って、ベッドから立ち上がる。
サキュバスはベッドから転げ落ちると、涙目でボクを睨んだ。
「もう、何すんのー!」
「いいですかサキュバスさん! ただ無軌道にエッチなことをするよりも、愛し合った方が何倍も気持ちいいんですよ!」
言っていてボクは耳まで真っ赤になる。
サキュバスに説法なんて通じるか半信半疑だけど、リリーさんに似たサキュバスを傷つけたくはないし。
「愛し合う? 愛ってなーに?」
「愛と言うのは……うーんと、つまりー心を許しあった関係といいますか」
真顔で愛とはなにか聞かれると、ボクも答えに迷ってしまう。
豊穣神様は愛せよと仰ったそう。
ボクも慈愛は理解る、でも本質の愛とはなにか。
「とにかくです、貴方お名前は?」
「うー? サキュバス」
どうやら名無しらしい。
リリーさんが少しだけ話していたけれど、魔物って名前が無いのが普通だそう。
じゃあ名持ちってなにかと言えば、それは特別な存在だという。
リリーは特別な意味、リッチキングからすれば771番目の個体でしかないのかも知れないけれど。
「じゃ、じゃあボクが名前をあげます、だから気持ちいいことはよしましょう、ね?」
「名前?」
「【ユリ】と、いうのはいかがでしょう?」
リリーさんの名前からいただいたけれど、サキュバスはどうだろう?
サキュバスは目をキラキラ輝かせていた。
リリーさんの独白にも、名前を貰った時の有頂天っぷりがあった筈。
魔物にとって名前は本当に意味があるんだ。
「私ユリ! いいの? キャハ!」
「はい、だから……ぁ?」
なんとかこの場を凌いだ時、突然脳裏に声が聞こえた。
それは勇者さんのか細い声。
「助けて? 勇者さんが!?」
ボクは直様錫杖を探した。
錫杖はベッドの下に転がっており、直ぐに回収する。
ユリさんはオロオロとボクを見つめていた。
「すいませんユリさん、ボク勇者さんを助けないと!」
「助ける? どうして?」
「そりゃ勿論! 仲間だからですよっ!」
ボクは錫杖を両手に握ると、意識を集中する。
闇は全てを拒絶する。
だがどれだけ濃くしても、闇の中に光はある。
ボクは心の中で自分に問う、治癒術士とはなにか。
【癒やし、守り、救え】。
三聖句はボクの根底を支える。
ボクが治癒術士であるのは、それがボクだから。
簡単なんだ、己を定めるのって、ボクは冒険者のマール。
危険な冒険をして、いつのまにか世界だって救っちゃう……。
「大英雄にだってなるんだっ!」
視えた、皆の気配!
ボクは心から優しい光を見つけだす。
後はボクの本懐を果たすだけ。
「豊穣神様、どうか加護を! こんなちっぽけな光でも、大いなる闇を祓い給え《解呪》!」
懐に仕舞ってある【オリハルガンの鱗】と【えいえんの葉】が熱く輝く。
ボクの前から闇は急速に払われ、ボクの目の前に仲間たちを見せていった。
「っ、これはマール!?」
「にゃあ主人にゃあ!」
魔女さんとクロは直ぐに駆け寄ってきた。
クロはボクの胸に飛び込むと、頬を擦って甘えてくる。
「にゃあん、ちょっと心細かったにゃあ」
「よしよしごめんねクロ」
幸いクロに怪我はない。
カスミさんも、ハンペイさんも、フラミーさん、カーバンクルにも怪我はなさそうだ。
ただ皆疲弊している、恐らくエンデの小細工をくらったのだろう。
「勇者さんは……?」
ボクは勇者さんの姿を探した。
勇者さんはボクを見つめたまま呆然と立ち尽くしていた。
「勇者さ……が!?」
突然、ボクは大きく禍々しい腕に掴まれた。
ボクは痛みに呻くと、後ろを見る。
巨大な魔神、大魔王エンデだ。
「忌々しい豊穣神の使徒めが、放置すればすぐに光輝きよる」
「ッ! 大魔王エンデ! マル君を離せー!」
勇者さんが吠えた。
だがボクを掴む腕の力は増すばかり。
ミシミシ、ボクの骨と筋肉が悲鳴をあげる。
「が、ぁ!?」
「クハハハ! いっそこうするべきであった!」
「ちぃ! 離さないんだったら!」
魔女さんが魔法を唱える。
しかしエンデはそれを詰まらなそうに。
「くらえ《炎の矢》!」
「ふん」
突然闇より隕石が落ちる。
《隕石群》、超上級魔法は仲間たちを一瞬で蹂躪する。
ボクは仲間の名前さえ叫ぶこともかなわなかった。
「くぅぅ、なんて魔法よ!」
「にゃ、あ……こうにゃったら!」
クロが【神力】を放つ。
一度それを見たエンデは顔色を変えると。
「させると思うか!」
「にゃ!? カハッ!」
闇の衝撃がクロを吹き飛ばした。
「ク、クロ……グウウウ!?」
クロは倒れてしまう。
隕石群に晒された仲間達は傷つき、膝をついている者もいる。
圧倒的暴威、ここまで強いのか大魔王って!
「あ、あのあの、大魔王様、私は」
ギョロリ、大魔王はユリさんに視線を送ると、彼女は顔を真っ青にした。
お願い、逃げてと声に出そうとするが、痛みがそれを許さない。
「まだおったのか、どうでもよい、せめてもの慈悲だ、ここで死ぬがよい」
「……え? 死?」
大魔王が足を上げる。
ユリさんは逃げることも叶わず、ただ呆然と己の死を見つめている。
「させ、るかぁ! 《聖なる壁》!」
ボクはユリさんをドーム状に聖なる壁で覆うと、エンデの踏みつけを防ぐ。
「はえ? 生きてる?」
怯えきったユリさんは事態を飲み込めず、狼狽える。
事態もよくわからない中、直ぐに飛び出したのはハンペイさんだった。
「こっちだ! ぼさぼさするな!」
ハンペイさんが手を引っ張るとユリさんを安全圏に連れて行ってくれる。
エンデはどうでも良いと、ユリさんは無視して、勇者さんを見た。
「バッツよ、これがお前の運命だ、よぉく見ておけ」
「エンデー! マル君から手を離せー!」
「クハハ! 聞けぬな! 我はお前の嘆きを聞きたい!」
「カ、ハッ!?」
その瞬間、ボクのなにかが切れた。
エンデはボクを握り潰し、ボクの意識は一瞬で―――。




