第195ターン目 大魔王の 常闇
「なにこれ?」
ボクは邪悪な気配に呻いた。
視界全体に広がる圧倒的な闇、そこには邪気が見える。
「……これが大魔王の気配……くそ、怖気づくな私っ!」
「皆心をしっかり! これが大魔王エンデだよ」
「え、エンデ? この闇が?」
勇者さんはコクリと頷く。
視界に広がる深淵な常闇そのものこそ大魔王なのだと。
この光景、ボクは嫌でも記憶にあった。
オレイカルコス様を呪縛した闇だ、じゃあ大魔王エンデとは闇そのもの?
『クックック、リッチキングを破ったか』
どこからか、背筋が凍りつくような声がした。
ボク達は周囲を警戒するが、声は嘲笑うように全体から響き渡る。
どこにもいない、けれどどこにでもいるというように。
「大魔王エンデ! 何故地上を侵攻するのですか!」
ボクは闇に向かって叫んだ。
【魔物大襲撃】を引き起こした張本人は。
『なぜ? 地上は我のもの、故に地上は我の自由』
「な……地上には人が住んでいるんですよ!」
『なにゆえ我がそのような塵のごとき存在に気をかけねばならぬ?』
大魔王は人を人と思っていない。
まるで虫と会話しているような気分だ、会話にならない。
ボクはギュッと錫杖を握り込む、直ぐに勇者さんはボクを守るように、前に立つ。
「問答はもうおしまいだ、大魔王エンデ、もう一度地獄へ行く時だよ」
凄み、普段おちゃらけた勇者さんが、この時ばかりは凄みを効かせて大魔王にぶつかる。
大魔王は『ククク……』と笑う、その声は些かも動じていない。
「……やっぱり奇妙ね、どうしてエンデはあんなに余裕そうなのかしら?」
「魔女さん?」
いつでも魔法を放てるように杖を構える魔女さんは、深紅の瞳を細め怪訝な顔をする。
大魔王は姿を見せない、ただ闇からその声だけを届けてくる。
闇そのものが魔王だと勇者さんは言う。
「一度負けた癖になんで余裕なんだか」
「実は内心ハラハラだったり?」
「それはにゃいわ、主人じゃあるまいし」
「それはちょっと違うでしょクロちゃん、マールはそもそも腹芸が出来るはずもなし!」
魔女さんとクロは矛先をボクに向けると、ボクはムスッと頬をふくらませる。
どうせ、嘘とか付けませんよーだ、ボクは品行方正な治癒術士なんでーす!
「大魔王エンデっ! 豊穣神の使徒として、貴方を赦すわけにはいきません!」
しゃん、闇の中に聖なる音が響くと、闇は波紋を打つ。
ボクは怖さを抑えて啖呵を切った。
『クハハハッ! 言いよるわ矮小そのものなゴミが! ならば味わうがいい、深淵なる絶望を!』
急に風が吹き荒れる。
ただの風じゃない、大魔王の邪気に当てられた闇の旋風だ。
ボクは腕で顔を守る。
「キューイ! キュイ!」
カーバンクルは勇敢にも闇へと突き進んだ。
深淵の闇の中、それでも暗黒空間に赤いルビーの輝きが瞬く。
それは闇を吹き飛ばす、神聖なる破魔の輝きだ。
『幻獣め! またも我の邪魔をするか!』
「キューイ!」
幻獣カーバンクルの聖なる力は闇を切り裂く。
大魔王エンデが初めて余裕を失った。
ボクは今だと直感し、前に出る。
大魔王の力は強大だ、それでも!
「いと慈悲深き豊穣神様、遍く闇に光を与え給え《聖なる光》!」
錫杖から太陽のような輝きが闇を照らす。
魔王の気配は、その場から遠退いた。
やはり聖なる力が弱点なのだ。
『グヌゥ! 豊穣神め! 忌々しい……!』
「終わりです! 大人しく抵抗を止めればこちらも悪いようには」
『図に乗るなぁ!』
言葉を言い切る前に、ボクは見えない力で後ろに吹き飛ばされた。
「カハッ!?」
「治癒術士殿!」
「うーっ!」
慌ててカスミさんにキャッチされる。
ボクは口から血を吐きながら、闇を睨みつける。
やはり強大、ただで降参なんてしない。
魔王の攻撃に勇者さんとフラミーさんが前に出る。
『クハハハ! やはりこうでなくてはな! 挨拶はこれで終わりだ! 我はこの奥で待っておるぞ! フハハハハハ!』
大魔王の気配は完全になくなった。
ボクは錫杖を杖に立ち上がると、息を吐く。
「あれが大魔王……やっぱり恐ろしい力ですね」
「だけどマル君、いいガッツだったぜ!」
「そうね、やはり聖なる力が有効ってのも分かったし」
魔王の闇の力は強大だ。
それでもボクの力が僅かでも通じたことに、ボクは自信をもつ。
勝てる、これなら目的だって果たせる筈だ。
「……進みましょう、皆さん」
「マール様、怪我はどうするであります?」
「これくらいならへっちゃらですよ」
ボクは口元を拭うと微笑んだ。
痛い一撃を貰ったけれど、別に初めてじゃない。
タイラントパイソンと戦った時の方がよっぽど痛かったし怖かった。
「……わかった、行こう俺が先頭を行くよー」
まず勇者さんが闇の中へと進んでいく。
ボクは直ぐに後ろを追いかけた。
「この闇……どこまで続くんだ?」
歩きながら、改めて闇以外なにも見えないこの空間に畏怖する。
勇者さんは怖くないんだろうか、ぐんぐん進んでいく。
「勇者さん、もう少しゆっくり――」
勇者さんが闇の中に溶けていった。
ボクは呆然と後ろを振り向くと。
「え……誰もいない?」




