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第194ターン目 ラストバトルの前に

 ――いよいよ、長かった冒険が終わるのだろうか。

 長い長い階段を下りながらボク、マールはここまでのことを考えていた。

 豊穣神を信仰する山間部にある小さな村で、孤児として捨てられたボク。

 幸いにも拾ってくれた孤児院の院長先生や、同じ身寄りのない子供たちと幸せに過ごしてきた。

 冒険者になりたいって切欠(きっかけ)は、孤児院に収蔵されていた子供向けの絵本たちであった。


 【勇者の剣の物語ヒーローズ・ソード・テール】。

 ボクはこの物語に登場する主人公に強く憧れた。

 けれど身体の弱いボクには、剣を振るなんて夢のまた夢。

 だからせめて賢者セレスのような、治癒術士を志した。

 ……正直に言えばさ、勇者って憧れるよね。

 子供は皆英雄(ヒーロー)だ、だけど少しずつ大人になって、現実を理解していく。

 ボクは後悔ばっかりしている、もっと身体が大きければとか、男らしかったらとか。

 神様に恥じることなんていっぱいあって、それでもボクは神様に祈祷を捧げていく。


 そんなちっぽけなボクが……。


 「やっぱり信じられませんね」


 ボクがそう呟くと、隣を歩く青白い肌の魔女がこちらを見た。


 「なーに、黄昏てんのよ、もしかして怖いの?」

 「……怖いですよ、でもそれ以上に誇らしいんです」


 時の大魔女カムアジーフは、ぶっきらぼうに杖を肩に担いで、「うーん」と唸る。

 蠱惑(こわく)的で、まるで娼婦のような淫美さがあるのに、魔女さんは、それをおくびにも出さない。

 残念な美人、この一言に尽きるね。


 「にゃあ、大魔王に挑もうってんだもの、そりゃ怖いわよにゃあ」

 「クロのことはボクが守るから」

 「逆にならないことを祈るにゃあ」


 ボクの足元を歩く黒猫はそう言うと溜息(ためいき)を吐いた。

 使い魔クロ、ボクの一番大切な仲間であり、家族。

 お姉さんのようにボクを見守り、いざという時は一番頼もしくある。


 「うー」

 「治癒術士殿、心配めさるな、(それがし)もついておる」


 後ろには後方を警戒するエルフの兄妹がいる。

 制御用の呪符を額に貼り付けた、片耳が半分欠けた血色の悪い女性はキョンシーのカスミさん。

 普段は殆ど喋ることも出来ず、【死を超越した者(アンデット)】と言われる。

 けれど内面は女の子らしく、恥じたり怒ったり。

 いつも周囲を警戒して、誰よりも勇敢に戦ってくれた。

 その兄ニンジャのハンペイさんは、両腕を組み油断なく後ろを警戒している。

 エルフらしく、美形で男らしく、ボクも憧れる人だ。


 「ハンペイー、頼りにしているわよ?」

 「そっ、某カムアジーフ殿の為ならば例え死神相手とでも戦う所存!」


 ……でも、魔女さんに声を掛けられると顔を()()にして挙動不審になっちゃう。

 カスミさんもこれには、頭にチョップを打つのだった。


 「ぬぅ、なにをするカスミ」

 「うー、うー」


 まるで馬鹿に付ける薬はない、と断じるようにカスミさんは首を振った。

 クロはぼそっと「さっさと告白すればいいのににゃ」と呟く。

 ハンペイさんは魔女さんに一目惚れしているから、ボクとしては応援したいけれど、肝心の魔女さんは恋には無関心。

 まぁパーティクラッシャーになられるより、マシか。


 「小官ドキドキであります」

 「フラミーさん緊張している?」

 「お、お恥ずかしながら、魔王征伐の任、流石(さすが)に高揚とはいかんであります」


 軍人口調の赤い竜人娘フラミーさんは、尾を揺らした。

 今は無きプローマイセン帝国の帝国軍人だったフラミーさんは、個人的な意志でこの冒険に同行した。

 軍人だけれど、喜怒哀楽がはっきりしていて、子供っぽく、女性らしい。

 ちょっとアプローチが激しくて、カスミさんと反発することもあるけれど、彼女のレッドドラゴンの力は頼りになる。

 レッドドラゴンなのに、犬みたいなのは禁句だ。


 「キューイ!」


 やや前方を歩くウサギやリスの似たエメラルド色の毛並みをした幻獣カーバンクルはボクに振り返った。

 思えばダンジョン内で怪我(けが)したカーバンクルを治療してから、何故かカーバンクルはこの冒険に同行した。

 カーバンクルの額には赤いルビーのような宝石が生えている。

 そこから放たれる赤い輝きには、破魔の力があり、何度か助けてくれた。

 正直なところ幻獣というものが、そもそも知識不足故に、カーバンクルがどうして冒険に参加するのかはわからない。

 魔女さんは頻りにカーバンクルの生態を論文として纏めているくらいだ。

 そんなカーバンクルを一言で言えば天真爛漫。

 ボクに懐いていて、なにかとクロと喧嘩するのは日常茶飯事だ。

 クロは明確にカーバンクルを嫌っているけれど、カーバンクルはクロを嫌っていないみたいなんだよね。

 ただクロを見下しているのは間違いなく、そこがクロには許せないのだろう。

 普通にしていると好奇心旺盛で、なんにでも反応しちゃう。

 自由過ぎて、ボクのアップルパイを食べられた時は、ショックでボクらしくないこともしちゃったっけ。


 「マル君、俺はマル君を全力で守るよー」


 一番先頭を歩く古ぼけて(こけ)も生えた全身鎧は、兜を振り向ける。

 彷徨う鎧(リビングアーマー)は、かの伝説の勇者バッツの魂を、大魔王エンデがわざとあの鎧に血の呪印で呪った存在だ。

 彼いわく、自分がバッツであるという保証はないと言うが、ボクは勇者さんこそ本物の勇者であると確信している。

 勇者さんには、何度も窮地を救われ、彼が恥ずべき行いは……ちょっとあるけれど、あんまりない。

 ともかくっ、大魔王エンデとは因縁があり、一度は彼に操られ【鎧の悪魔】と化した。

 なんとか呪いは解いたのですが、これから大魔王エンデと戦う上で懸念点ではある。


 「ならボクも勇者さんを全力で守りますから!」

 「おおー、気合入っているねー、マル君」

 「ボクだって、やる時はやりますよっ!」


 暗くなるよりも明るい方が断然良い。

 それには魔女さんやフラミーさんも笑顔になる。

 勇者さんは腰に差してある豊穣の剣の柄に手を掛けた。

 長い階段の末、ボクらの前に立ちはだかったのは、無限に広がる闇だった。

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