第192ターン目 時の大魔女 カムアジーフ
大爆発、マールは大きく吹き飛ばされた。
彼は意識が混濁する中、なにが起きたのか理解しようとした。
だが、それは信じたくない結果であった。
「あ、ぁ? り、リリーさん、どこ?」
ボクは錫杖を杖にして、よろよろと立ち上がる。
全身痛い、周囲には同じように倒れる仲間たちがいるが、その中にリリーだけがいない。
「クハハハ! よくやった771」
「よく、やった……なにを言って?」
リッチキングは高々と嗤う。
マールはわなわなと震えた。
「ククク、知りたいのか? いいか771は【爆弾】なのだ」
「――……は?」
意味がわからなかった、ううん、理解りたくない。
マールの焦点は合わず、今にも気絶しそうな程動悸が激しくなった。
目の前に、散らばる謎の肉片、それは時間と共に灰へと変わっていく。
「あぁ、ああああ! 駄目だ、行かないでリリーさん!」
マールは必死に灰を掻き集めた、だが無情にも灰はマールの掌から零れ落ちていく。
リリーだったものが、流れ出していく。
「ククク、クハハハ! カーッハッハッハ! 最高のショーだと思わんか! 裏切り者の惨めな最期は!」
「……ッ」
マールは溢れる程の涙を流しながら、唇を噛んだ。
憎い、治癒術士にあるまじき憎悪が彼を染めてゆく。
「お前なんか、お前なんかに、リリーさんは殺されたのか?」
「? 771は初めからこのように役割を持った駒だ」
「巫山戯るな! リリーさんが駒だと、リリーさんは人間だ! 誰よりも人間だった!」
「ククク……魔物に恋慕を抱いて、度し難いな!」
リッチキングは両手に魔力を練る。
暗黒に染まった魔力の波動、もうこれ以上言葉は不要か。
「死ね、豊穣神の使徒よ《闇の爆裂》!」
「ぅ、く……!」
闇が迫る、マールは錫杖を握りながら震えていた。
怒り、恐怖、憎悪、様々な感情が綯い交ぜだった。
リリーが好きだったのか、きっと好きだったのだろう。
短い付き合いだったけれど、彼女と通じ会えるのものはきっとあった。
一緒に地上へ行こう。
それは一生果たされない、そしてマールの運命もここまでか。
だが、闇の爆発がマールを爆死させる一瞬手前、凛とした声がその場を支配した。
「くだらない、全くくだらないわ」
魔女カムアジーフは立ち上がっている。
リリーの自爆の直撃を食らったにも関わらず平然と。
いや、平然なものか、その手は赤く染まっている。
ただ確固たる意思を持って、彼女は魔法を放った。
「溶けて消えろ」
ただそれだけ、闇の爆発は、魔女の言霊で溶けるように消滅した。
それを目撃したリッチキングは驚愕する。
「まさか時空魔法!?」
「おい、ホネホネヤロー、よくも私の仲間をやったわね?」
魔女は魔法の煙管を生み出すと、前に出た。
リッチキングは警戒する、彼女の実力は未知数だ。
「だからなんだという?」
「はぁ……これだから頭の悪い魔物は」
「なっ!? ワタシを魔物扱いするか!?」
「来いよ、ド三流、私が本当の魔法って奴を教授してやろうじゃない」
口からピンク色の煙を吐きながら、彼女は杖を構える。
視線はマールにそっと向け。
「マール、皆をお願い」
「魔女さん、貴方は……?」
「この馬鹿には躾が必要だわ!」
魔女とリッチキングの一騎打ち。
リッチキングは魔女一人なにが出来るかせせら笑った。
彼は時空を操り手元に禍々しい杖を戻すと、大規模魔法を見せた。
「見よこれがワタシの実力! 全天を覆う光り!」
「………」
リッチキングを球状に囲む光点。
それはまるで銀河の海のようで、美しいが、とても恐ろしい光景だ。
しかし魔女は実につまらなさそうに、深紅の瞳は恐ろしいまで冷たかった。
「恐れ慄け、これが限界を越えた者の境地! 《星天の神判》!」
光る星々に見えたそれは、流星を描き魔女へと一斉に襲いかかる。
「クハハ! 跡形もなく消え失せろ!」
ドドドドドドド!
凄まじい光爆と炸裂音、マールは聖なる壁を盾に必死に耐える。
仲間たちをこれ以上傷つけさせない為に。
「クハハハ! これが力よ! 永遠を手に入れたワタシの力!」
「――レッスンワン、時空とは空間と時間の連続体である」
リッチキングは表情を凍らせると、後ろを振り返った。
魔女は一瞬でリッチキングの背後に回っていた。
「ば、馬鹿ないつの間にぃ!? このワタシに気づかれることなく背後を取っただとぉ!?」
「アンタの魔法、一見ド派手だけど、アレは単純に空間の連続性を利用した、ただ【光線】ね」
図星を突かれたリッチキングは狼狽える。
だが直ぐに禍々しい杖で魔女を殴打した。
「だからなんだと言うのだ! あの規模の魔法、貴様に出来ると言うのか!」
魔女の頭蓋を一撃で粉砕する威力のある殴打、しかし魔女は一瞬で、また背後へと移動する。
「レッスンツー、時間とは不規則である、ただしエントロピー第一法則には逆らえない」
「なっ!? ちょこまかと、瞬間移動か!?」
「いいえ、『時空加速』よ」
時空魔法のひとつ【時空加速】、魔女のスピードは今や十倍、この程度は造作もない。
だが時空加速と聞いたリッチキングは愕然と震えてしまう。
魔女は容赦なく、神速で接近し、古めかしい杖をフルスイング。
リッチキングは顎を跳ね上げられ、背中から倒れた。
「ぐはぁ!? ば、馬鹿な時空加速など出来る者はもうこの世には……!」
「えぇ、墓まで持っていくつもりだったわ、だってこれ危険だもの」
時空魔法の開祖カムアジーフ、彼女に付いた二つ名は【時の大魔女】。
時空とはなにか、何十年にも渡る研鑽の中で、この時空加速に辿り着いたのは齢三十の時だったという。
しかし時空加速はあらゆる物を加速させてしまう、それは主観時間さえも。
彼女はこの魔法を初めて試した時、周りより十倍の速度で老化した。
その後は時空遅延の魔法で時間ギャップを相殺し事なきを得た。
今の彼女ならば、このようなデメリットを打ち消すのは容易だが、安易に使うと、時の最果てに辿り着く恐れがあることから、弟子には伝えなかった秘技だ。
「時間ってのは砂時計ね、けど砂の落ちる速度を弄くれば、砂時計の世界はどうなるかしら?」
「じ、時間は不確定になる……」
「光は主観によって速度が変わる、光速に近づくほど主観時間は遅くなるわね」
理論的にだが、魔女は光そのものに成れる。
その先に待つのは宇宙の終焉だが、これが『極める』ということだ。
「レッスンスリー、時間に比例する空間、だけど空間って曲げられるのよねー、曲げた空間に時間を通すとどうなるのかしら?」
山なり谷なりに折り畳まれた空間、そこにも時間は存在する。
少し前、クレパスから一瞬で地下の大空洞へと転移したのを覚えているだろうか。
空間を自由自在に動かせるならば、時間は無限に広がると言えるだろう。
「さぁさご照覧あれ、魔導神よ、貴方を奉ずる時の大魔女カムアジーフの起こす奇跡!」
魔女は両手を広げた。
まるでパフォーマーのように彼女は笑うと、七色の魔力が魔女とリッチキングを覆った。
「おおお、おおおおお! この魔力、まさか、まさか貴方は……!」
「リッチキング、これが本当の魔法よ、《悠久の幻想曲》!」
炎、水、土、風、雷、光、闇、七色の魔力は共鳴し合うと不思議な音楽を奏でた。
空間を極限まで折りたたみ、そこにカムアジーフはありったけの力を注ぎ込む。
リッチキングの星天の裁きに酷似しているが、その本質は大きく異なる。
リッチキングは空間をそれっぽく広げただけ、だがカムアジーフはその空間で折り紙のように飾り付け、時間を流し込んだのだ。
折り紙は解かれると、那由多の魔法が隙間なく二人を覆ったのだ。
「ずっと、気になっていたわ、アンタ、シットーね?」
リッチキングは跪く、今この青肌の魔女の正体を知ったからだ。
時の大魔女カムアジーフ、その生涯には六人の弟子がいた。
シットーは弟子の中で一番の下の子。
リッチキングは全身を震わせ、魔女に手を伸ばした。
「ああ、ああああ! カムアジーフ様、本当にカムアジーフ様なのですか?」
「そうよ、なにがあって魔物になったのか分かんないだけどね」
「ワ、ワタシの性です! 貴女が死んだ後、ワタシは怖くなってしまった、カムアジーフ様程偉大な方が死ぬなんて、何故ですか、永遠だって手に入れられたのに!」
魔女はふぅ、と息を吐くと首を横に降る。
「人が永遠に生きるなんて、地獄でしょう?」
「そんな、ワタシは死ぬのが怖い! だから、奴に、あの魔王に……!」
偉大なる大魔女カムアジーフの死後、カムアジーフは弟子達の手で丁重に墓へと入った。
だが死を誰よりも恐れたシットーは大魔王エンデの甘言を受けたのだ。
――永遠をくれてやる、その代わりお前の大切な物を差し出せ。
シットーの大切な物、それはカムアジーフの遺体だった。
カムアジーフの墓を暴き、その安らかな死体を大魔王エンデに捧げることで、シットーはリッチキングへと転生した。
リッチキングはそれからは、ただひたすら魔法の研究に没頭し、時空魔法を極めようと励んだ。
だが彼に出来たのは、カムアジーフが初歩の初歩という非常に低レベルなものであった。
「アンタ、昔からそそっかしく、出来の悪い弟子だったわね」
「グスッ、それでもワタシはカムアジーフ様を崇拝し、その力を受け継げればと!」
「だが、アンタはやっちゃいけないことをした」
カムアジーフは強く手を握り込んだ。
彼女を魔王に捧げたこと、マールを傷つけ、リリーを蔑ろにしたこと。
到底許すことは出来ない。
「あぁぁ、ごめんなさいカムアジーフ様、ああああああ!」
「もういい、アンタは頑張りすぎた、ただ方向を間違えたのさ」
カムアジーフはリッチキングを昔のように抱擁する。
リッチキングはカムアジーフの胸の中で、子供のように泣きじゃくった。
涙なんてもう、出ないのに。
「この馬鹿弟子、先に地獄で待ってなさい、その内……私も行くさ」
瞬間――リッチキングが光に包まれる。
悠久の幻想曲の中では時間は止まったようなもの。
音楽が終わりを告げる時、魔女はたった一人、そこに立っていた。
彼女は顔を上げると、後ろを振り返った。
ボロボロのマールが彼女を涙目で見つめている。
「魔女さん、リッチキングは?」
「倒したわよ、呆気なくね」
リッチキングは大魔王最強の下僕だった。
でも魔女カムアジーフにとって、一番情けなくてひょろっちい奴であった。
あの馬鹿弟子は地獄へ行くべきだ。
天上へは行かせない、その代わり自分が死んだら一緒に地獄へ落ちてやろう。
その想いは胸に秘め、彼女は笑顔でマールの下へ向かった。




