第191ターン目 リッチキングの 罠
「うー」
額にぺったり貼り付けた制御呪符、カスミさんはすっかり大人しくなった。
シャナさんの戦闘の後、身体を検査すると、それはもう阿鼻叫喚だった。
ボクも思わず絶叫しちゃったよ。
「カスミさん、絶対安静で」
「うー……」
カスミさんは哀しそうに小さく唸る。
結論からだけれど、あの【暴走モード】と最後の【スーパーモード】(魔女さん談)の結果、肉体に掛かった負荷はあと一歩で身体がバラバラになるようなダメージであった。
確かに強くなったかもしれないけれど、随分スパルタな強化だったな。
「フラミーさんの方がマシとか、どうして怪我人は増えるのか……」
思わず溜息が零れる。
とはいえ泣き言言える訳もない。
出来ることなら病院送りしたいところだけれど、ここはダンジョンだからね。
「あの……マールさん、この奥ですが、とても危険な気配がします」
サキュバスのリリーさんは少しだけ奥を見てきたみたい。
おそらくリッチキングはもう遠くない。
今が一番ボクらはダメージを負っている。
リッチキングの性格なら、ここが攻め時のはず。
「準備を整えられる前に、突っ込むべきよ」
「危険じゃないー?」
魔女さんと勇者さんは、今後の方針を議論している。
魔女さんは奇襲をいやがり、その前に階段前を確保することを提案。
勇者さんは万全を整える方を推している。
「ハンペイはどう思うの?」
「ふむ、某も突っ切るべきかと、ここはあまりに不利」
「ハン君もかー」
「怪我人は多いですが、先に階段を確保はボクも賛成です」
ボクは後ろから、魔女さんの意見を支持する。
カスミさんは絶対安静、フラミーさんは戦闘さえ回避するなら問題ない。
ボクもなるだけ治療に専念するけれど、ここで足踏みしていたら、あのリッチキングが、どんな恐ろしい手を打つか恐々するよ。
「にゃあ、だったら直ぐに行動にゃ、カスミはどうするにゃあ?」
「うー」
「某が背負おう、文句ないなカスミ?」
カスミさんは小さく頷く。
とりあえず行動だ、ボクたちは歩き出す。
「バッツ後方に回って、私が先頭を任せてもらえる?」
「えっ? 魔女さんが先頭ですか?」
「なんとなく嫌なのよ、後ろを重視したいの」
通常なら魔法使いが先頭なんてありえない。
ただ確かに今はカスミさんを背負うハンペイさんに背後は任せられない。
フラミーさんも負傷中であり、そうなるとこれしかないか。
「オーキードーキー、任せたからねー」
「お姉さんもたまには活躍しないとね」
とは言うが、魔女さんなんだか気負ってないかな?
ボクはちょっと心配になり、魔女さんに声をかけた。
「魔女さん、なにか気になるんですか?」
「別に……なんでもないわ」
……信用するべきだろうか。
ボクはいざという時は全力でフォロー出来るように、身構えておく。
なんだか今の魔女さん、少しだけ不安だ。
「……っ、邪悪な気配が、くる!」
ボクの隣、リリーさんはずっと震えていた。
邪悪な気配、それは突然ボクらの前に顕現する。
「クカカカ、ようこそ我が世界へ」
リッチキング、全身が骨だけでボロボロのローブを纏った存在は、窪んだ眼光から怪しく緑色の光りを灯している。
老人のような雰囲気もあるが、それよりもリッチキングからは邪悪なドス黒い瘴気を感じた。
「……アンタがリッチキングか」
「青肌の魔女……ククク」
「なにがおかしいわけ?」
「力はあるようだが……しかし、青い!」
リッチキングは両手を広げる。
その右手には禍々しい杖を握っている。
リッチキングの魔法か、空間がグニャリと歪むと、ボクらの前に魔物が出現した。
【ギガース】に【グール】というゾンビの一種。
ボクは直ぐに錫杖を構える。
「クカカカ! 死ねぃ冒険者どもが!」
魔物は一斉に襲いかかってきた。
「グオオオオ!」
ギガースは巨大な根を片手に、振り下ろす。
それだけで地面が爆ぜるような衝撃が襲ってきた。
「ハッ! 珍しいけれど、勝てない相手じゃないさ!」
勇者さんが突っ込む。
グールの群れを飛び越え、狙いを定めたのはギガース。
彼は豊穣の剣を構えると、ギガースを袈裟懸けで切り裂いた。
「ちっ、纏めて爆ぜろ《炎破》!」
巨人を先にやられて舌打ちする魔女さん、直ぐに標的をグールの群れに切り替え、凄まじい爆発でグールを爆散する。
恐ろしい魔物たちも、もうボクらを止めることなんて出来ない。
「なるほど、ならばこれはどうかな!」
続いてリッチキングが召喚したのは、全身を腐食させた巨大な竜【ドラゴンゾンビ】だった。
ドラゴンゾンビは臭い息を吐きながら咆哮する。
その猛威が襲いかかる……が。
「その魂、天上へと還れ《魂返し》」
ボクはすかさず先頭に出て、不死者特攻の魔法を放つ。
ドラゴンゾンビは灰になると、その魂は天へと昇っていく。
「……ちまちまと魔物をけしかけて自分は高みの見物? 良いご身分ね」
どんな魔物がこようと、ボクらは戦う。
魔女さんの挑発に、リッチキングは笑みを消した。
「調子に乗るな冒険者、ならば我が力見てみるか!」
リッチキングが杖を掲げる。
だが直後、その杖は魔女さんの水鉄砲に弾き飛ばされた。
「ぐぬぅ!」
「遅いわね、詠唱が遅い! 力に頼るからよ、この間抜け!」
魔法は強力なものほど、発動に時間がかかる。
そこを指摘して、魔女さんは初歩魔法で対処した。
ボクらはリッチキングを取り囲む。
正面に出たのはリリーさんだった。
「リッチキング……もう降参しましょう、マールさんは大魔王さえ討ちます」
「771……貴様、裏切るのか?」
「……っ、私は、マールさんを信じます!」
それはリリーさんの誓いだ。
ボクはリリーさんを護るように立ち塞がる。
おそらくだが、リッチキングも魂返しが通用するはず。
「終わりにしましょうリッチキング」
「あぁ、終わりだ豊穣神の使徒よ、クカカ!」
なんだ? リッチキングの揺らめく緑の灯が爛々と輝いた。
魔女さんは杖を構える、だがリッチキングが仕掛けた恐ろしい手は。
「お前は最期まで役に立て771!」
「え……?」
その直後、リリーさんを中心に大爆発が起きた。




