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第190ターン目 その拳 黄金に染めて 烈火のように 撃ち放て

 マールは錫杖を振るう。

 シャンシャンと、神聖な音が響いた。

 暴走するカスミの魂も、その音を聞いていた。

 感情の暴走は簡単にマールをも標的にしうる。

 事実、マールは一瞬でキョンシーに組み伏せられたのだ。


 「あぐっ!?」

 「うううう! あああああああっ!」


 カスミは大きく口を開くと、マールに噛みつこうとした。

 マールは身動きが取れない、このままでは食い殺される。

 だが、彼にその不安はないだろう、彼は優しく微笑んでいた。

 マールの小さな手がカスミの頬に触れる。

 シャナがしたのとは違う、これが情愛だ。

 キョンシーは涙した、愛に震えてしまう。

 感情は止まらない、暴走したキョンシーは危険な爆弾そのものだ。


 「貴方(あなた)をお救いしたい、だから! 《豊穣の慈悲(ディアマール)》!」


 心の力は世界を満たした。

 マールの優しさが、ちっぽけなカスミの魂に触れた。

 ずっと逃げてきた少女が、おどおどと見上げると、マールが黄金の光を背にして手を差し伸ばしている。

 カスミはその手を掴んだ、豊穣の慈悲は、カスミの呪縛を解き放つ。


 「うわああああああ……あ、ぁ、マール、様」

 「カスミ、さん?」


 カスミはマールを抱きしめる。

 まるで愛の告白のように。


 「マール様、ありが、とう」

 「え、えとカスミさん……喋れるようになったんですね?」


 カスミはゆっくり身体を起こした。

 すぅ、ふぅ、と呼吸を強める。

 制御(リミッター)の外れた状態で、彼女は制御を取り戻したのだ。


 「ふぅぅぅ……! シャナ、決着、です」

 「クハハハ! よかろう最終ラウンドだ!」


 シャナは喜々として突撃、一方カスミは呼吸を強めながら防御の構え。


 「亀のように縮こまり、千載一遇に期待するつもりか! 笑止!」

 「違う!」


 壮絶なラリー戦が開始された。

 シャナの六本腕のラッシュは秒間百発のパンチを放つだろう。

 だがそれをカスミはたった二本の腕で弾き返した。


 「ちぃ! ちと軽いか、ならば!」


 腕を後ろに回す、爆発的な力で突きを行うつもりだ。


 「イヤーッ!」


 裂帛ともに、空気が爆発した。

 まるでヴラドの正拳突きを思わせる貫手(ぬきて)、だがカスミはその拳の上に乗った。


 「なっ!?」

 「スゥ、ハァ! イヤーッ!」


 前蹴りがシャナの顎を捉える。

 痛烈なカウンターをもらったシャナはたたらを踏む。


 「ぬぅー! まさか更に動きが良くなるだと!?」

 「スゥ、フゥ……!」


 呼吸、全てが澄み渡るほど集中した呼吸法。

 ネクロなキョンシーの身体に無理矢理熱を送る。


 「ちょっと待って、あの呼吸、どこかで?」


 魔女はカスミの異変に気がついた。

 カスミも知らない呼吸の正体、魔女は過去の記憶からそれがなにか洗い出した。


 「思い出した太陽の呼吸よ! 古代の密僧が編み出した呼吸! その力は破邪を生む!」

 「太陽の呼吸でありますか、それはキョンシーの身体じゃあ!」

 「そうよ! 破邪の力は爆発的なパワーを生むかもしれない、でもこれは諸刃の剣!」


 キョンシーは太陽に弱い。

 それでもキョンシーは呼吸を止めなかった。

 全身は悲鳴をあげている、呼吸の度寿命が縮む。

 それ、でも……!


 「ハァァァァァア! 私は、勝ちたいっ!!」


 その時、カスミの全身から金色の闘気が立ち昇る。

 それを見たシャナは驚愕した。


 「馬鹿な、キョンシーが聖なる力をだと……だが!」


 シャナはそれでも立ち向かう。

 全身を黄金に染め上げたカスミの心はまるで静かなる水面(みなも)だ。

 シャナの攻撃を見切り、水面に乗ったたった一枚の木の葉は一切揺れはしない。


 「見切ったわ!」

 「なにを! とりゃー!」


 二人は飛び上がる。

 全員が固唾を飲んで見守る中、二人の闘姫(とうき)は凄まじい蹴りの応酬を繰り広げた。


 「イーヤヤヤヤヤヤ!」

 「テェェェリャアーッ!」


 蹴りがシャナの頬を跳ねる。

 だがシャナも負けていない、カスミの額から血が滴る。


 「なんて奴よ全く! 全くの五分だわ!」

 「キョン君ー! 頑張れー!」

 「カスミ、やれ! 今のお前は最高だ!」

 「カスミさーん! 勝ってくださーい!」


 割れんばかりの声援、地面に着地した二人は静かに対峙した。


 「ククク、よもやここまでアッシに迫るとは、ならアッシも本気を見せなければな!」


 シャナの闘気、それは赤黒い。

 シャナは右拳たった一つに闘気を込めた。

 それはもっとも危険な破壊の技。


 「ハァァァァァア! 奥義! 《破壊神拳》!」


 シャナが飛び出す、あらゆる者を破壊する赤黒い一撃。

 カスミはそれを正面から受け止める。


 「ぐうううううっ!」

 「クハハハ! そのまま倒れるがいい!」


 赤黒い闘気は奔流となって、カスミを襲う。

 カスミは太陽の呼吸で対抗した。

 だが……敵わない、彼女は片膝をついてしまう。

 このまま、負けるのか。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!


 「私は、もう負けない!」


 カスミは右手に黄金の闘気を集中、そのまま彼女は赤黒い闘気の中へ突き入れた。


 「必殺! 《太陽の一撃(ソルフィンガー)》!」

 「なに――がっ!?」


 赤黒い闘気を突き破り、カスミの黄金の手がシャナを掴む。

 闘気により巨大化した手でシャナを掴むと、それを持ち上げ、彼女は咆哮をあげた。


 「爆発っ!!」


 闘気が爆発する。

 それは凄まじい衝撃波を放ち、周囲を舐め尽くした。

 錫杖を突き立て必死に耐えたマールが見たものは。


 「クハハ、それでいい、その力ならば大魔王にも……」


 シャナは笑顔で真後ろに倒れた。

 一方で満身創痍のカスミさんも前のめりに倒れてしまう。


 「……まったく無茶をするなシャナは」


 パチパチパチと、拍手しながらシャナの後ろから奇妙な御仁が現れた。

 声は男性だが、鈴の音のように綺麗な声だ。

 ただその御仁、頭がゾウであった。


 「え、えと貴方はいったい?」


 マールはポカーンと呆然となりながら、ゾウの頭をした男性に質問した。


 「これは失礼わたくしはガネーシャ、このシャナの友人と言ったところ」

 「シャナさんのご友人ですか?」

 「シャナ、さっさと起きなさい」

 「ククク……ガネーシャ、手を貸せ」

 「まさか……動けないと?」


 ガネーシャはシャナに手を貸すと、シャナさんはフラフラになりながら立ち上がる。

 ダメージは見ての通り、むしろまだ動けるのか。


 「治癒術士、ほれ」


 シャナはキョンシーの制御呪符をマールへと投げた。

 マールはそれを受け取ると、ある疑問を彼女にぶつける。


 「もしかして全てわざと、ですか?」

 「さてなんのことかアッシにはとんと」

 「シャナ、我々がダンジョンにいるのはあまり芳しくないだろう?」

 「ということでな、我々はもう行くぞ」

 「ま、待ってください! 貴方はどうしてリッチキングに!」

 「さようなら、希望たち」


 ガネーシャはなんらかの魔法を唱えると、一瞬でその場から消え去った。

 マールは呪符を握り込むと、直ぐにカスミの下にむかった。


 「カスミさん、よく頑張りました」

 「う、ぁ」


 マールは呪符をカスミの額に貼り付けると、カスミは大人しくなる。

 そしてマールはいつものように治癒の魔法を唱えるのだった。




          §




 「シャナ、あれはよくなかった」

 「ククク、説教か【金運神】よ」

 「我々【神】が地上に干渉するのは不味い」

 「だが、このままでは面白(おもしろ)くないのでな」


 この世のどこでもない場所で、二柱の神が会話していた。

 闘神と金運神、地上に干渉して、なにを果たそうとしたのか。

 ただ、行いのバレた他の神々が一斉に詰問しだしたのは、本編には関係ないお話。

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