表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/217

第19ターン目 治癒術士は 満腹と引き換えに 信仰心を 失った

 「このペースで地上を目指すとなると、早くても地上帰還は三日は掛かるにゃあ、なら必要な物は兎に角奪う(ハック&スラッシュ)するしかないにゃあ」

 「同感ね、まぁ選り好みしていられる状況じゃないものね」


 中々畜生な考え方だと思うけれど、魔女さんはクロの考えに賛同した。

 今の状況、ボクは錫杖を失い、水も食料も現地調達。

 調理器具もロクにないし、これほど絶望的な状況は史上初だろうか。


 「ほい、出来たよ。マル君どうぞー」

 「じゅ、じゅるり……」


 そんなちょっと重苦しい雰囲気をぶち壊すように勇者さんは、焚火でゆっくり火炙りしたステーキ串を差し出してきた。

 ジュウウウと脂が滴るそれは、本当にタイラントワームのステーキなのか?

 香りも、その見た目も、何も言われなかったら村のお祭りで出されるウシの丸焼きのようだった。

 ボクは空腹に敵わず、タイラントワームのステーキにかぶりつく。


 「あむっ! 〜〜〜美味しい!」


 思わず幸せ全開で破顔する時って、美味しいご飯を食べている時じゃないかな。

 安心出来る状況で、美味しいご飯、それだけでどれだけ心は救われるのだろう。

 ダンジョンに何日も居られるのって、やっぱり凄いことなんだ。

 少なくともボクは今、この生きるか死ぬかの極限状態に晒されて嫌でも思い知った。

 単純に運が良かっただけで、本来ならボクは落下の時点で死んでいたか、魔物に食べられていただろう。

 偶然か必然か、それは判然としないけれど、ボクはこれを神様の与え給うた【試練(クエスト)】だと思っている。

 豊穣神は母性の象徴のような神様だ。時に厳しく、時に慈悲深い。

 だからボクは豊穣神様を信じて、皆を信じようと思う。

 この仲間達とならば、きっと脱出出来るって。


 「それ……本当に美味しいの?」


 好奇心を刺激されたのか魔女さんは、ボクの食事を物欲しそうにじっと見つめていた。

 ちょっと恥ずかしい、けれど食事は気持ちを落ち着けるのにも不可欠だもんね。


 「魔女さんも食べてみます?」

 「……いえ、先にそっちのキョンシーに毒味させましょう」

 「毒味って……そもそもアンデッドは毒状態にはならないにゃ」

 「うっさい黒猫! 私だって怖いものは怖いのよっ!」


 けれどボクが美味しそうに食べているのを見て、好奇心が勝ってしまったらしい。

 魔女さんって、大人な雰囲気だけど、案外知的好奇心が強く、子供っぽい。

 大人なんだけど、子供みたいって……本人に言ったら杖で殴られるな。

 痛いの嫌だし、心の中に留めておこう。

 孤児院で小さな子供達の面倒を見てきた経験が活かせるなんて、ちょっと皮肉だけど。


 「それじゃあキョンシーさん、一緒に食べましょうか」

 「うー」


 気持ちいつもより元気の良い「うー」をいただき、彼女はボクの(そば)まで駆け寄ってきた。

 勇者さんは手持ち無沙汰の為か、さっきから機械的にお肉を火の中へと投入している。


 「えと、勇者さん、これ取っても良いですか?」

 「うーん? ちょっと焼き色が悪いかなー? いや、部位ごとに脂身だって違うもんなー」

 「あの?」

 「あっ、おかわり欲しいなら、はいどうぞ!」

 「ついでにキョンシーさんの分も」

 「おっけーおっけー」


 ボクは先に手渡されたステーキ串をキョンシーさんに手渡す。

 キョンシーさんは小さなお口を開けると、パクリと齧りついた。

 エルフ族の女性の食べ方って、綺麗だな。

 ボクは笑顔でキョンシーさんに美味しいか聞いてみた。


 「美味しいですか?」

 「うー」


 キョンシーさんは、一口食べるとガツガツと早食いし始める。

 わ、あ。ボクの三倍は早いな、ボクが遅食いなのもあるだろうけれど。


 「うん、美味しいですね、キョンシーさん」

 「うー」


 ボクは笑顔でキョンシーさんと一緒に食事を楽しむ。

 キョンシーさんは「うー」しか言えないけれど、「うー」には色んな感情が籠もっている気がする。

 もっと一緒にいたら、もっと理解出来るのかな?


 「……マール、勇者に言って、私も貰うわ」

 「あっはい。分かりました、勇者さん魔女さんからオーダー入りましたー」

 「はいはーい!」


 結局美味しそうな香りには勝てなかったようだ。

 いや、分かっていたけれど。

 ただ食欲に陥落した理由はもしかしたら別かもしれない。

 何故なら魔女さんは、何故か対面から移動して来て、ボクの隣に座ってきたのだ。

 あれ? これってなんていう両手に華?

 華って言っても魔物だけど。


 「クロはどうする?」

 「アタシは遠慮するにゃあ……ふわぁ」


 大きな欠伸(あくび)。どうやらクロはもう眠気も限界のようだ。

 黒猫の所以(ゆえん)か一日の半分を寝ていたりするのは使い魔になってもあんまり変わらないらしい。


 「はい、カム君、一番良い部位をどうぞー」

 「……勘違いしないでよ、食べなきゃ人間性を失いそうで怖いだけなんだから」

 「人間性?」

 「魔物になる感覚……とにかくそういうもの、あむ」


 魔女さんもステーキに齧りつく、(あふ)れ出る肉汁、内包された旨味、魔女さんも瞠目する。


 「くそ、なんで美味しいのよ、魔物の(くせ)にムカつく」

 「あはは、本当に意外ですよね」


 魔物を食べるなんて発想がこれまでなかった。

 だけど適切な処理さえすれば、魔物も食べられることは証明されたのだ。

 信仰心(フェイス)がごっそり削られている気はするけれど……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ