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第187ターン目 アシュラ女が 立ちふさがった

 「ねぇ魔女さん、相手のお腹の中の物を取り出せる魔法ってありますか?」

 「わ、わかんないっぴ……」

 「治癒術士殿、正気に戻るでござる!」


 食の恨みとはどうして恐ろしい。

 その当事者カーバンクルは至福の顔で横にゴロンと転がり、ボクは無念を胸に刻んだ。

 結局、ボクだけアップルパイは半分しか食べられなかった。

 いけないと思いつつ、ボクは苛立ちを募らせてしまう。


 「もう、また材料が手に入ったら作ってあげるから!」

 「ていうか、豊穣神の教えとしてはさー、悪食は駄目だよね?」

 「うぐっ!?」


 グサリ、鋭利な言葉のナイフが心臓にぶっ刺さる。

 同じ神を信仰する勇者さんは当然教えを熟知している。

 普段おちゃらけていても、こういうところは大人なんだもんな。


 「アンタがそれ言うの? 豊穣神も泣いちゃうんじゃない?」

 「にゃー、それなら魔導神もこんなポンコツに嘆いているにゃあ」

 「誰がポンコツよっ! 誰がっ!」

 「どうどう、抑えるでござるよ」


 てんやわんや、今なぜだか神の信仰が試されている。

 ボクは悪食かもしれない。悪食は悪しき行為だ。

 豊穣の教えは、皆が健全で健やかに育つことを教えてくれる。

 今のボクはちょーーーーーーーーーーーっとだけ、あぶない?


 「うぅ、ごめんなさい豊穣神様、悔い改めてますからどうか、この哀れな子羊に救いの手を」


 ボクは祈祷し、心から謝罪する。

 豊穣神様の教えの実践こそ、ボクの使命。

 …………まぁ多少我欲が出ちゃうのは許して欲しいかな?


 「あの、マールさん、良かったらですけど、これ、食べますか?」


 静観していたリリーさんは小皿に載った食べかけのアップルパイを差し出してくる。

 ボクはそれを見て、一瞬我欲に傾きかけた。

 だが直ぐに理性が静止すると、やんわり遠慮した。


 「それはリリーさんが食べてください」

 「でも……」

 「ぐすっ、ボクは、我慢出来ますから!」

 「泣いちゃうほど辛いでありますか!?」


 涙が止まらないよ。

 やっぱり食べたかったなぁ、けれどリリーさんの取り分をボクが頂ける訳がない。

 ボクは煩悩を取り去る為に、錫杖を振った。


 「にゃー、とっと食えにゃあ、マールは頑固にゃあ」

 「……はい、わかりました」


 クロの勧めに観念し、リリーさんは小さなお口でアップルパイを食べきる。

 最後までボクは「あぁ」と嗚咽(おえつ)を溢して、無念に涙するのだった。




          §




 「おーし、それじゃあリッチキングをぶっ飛ばにし出発するわよー!」


 荒方片付けを終えると、ボクたちは冒険を再開する。

 ある程度情報交換も済まし、この階層の階層主(エリアボス)リッチキングについても説明した。

 魔女さんはリッチキングが時空魔法を扱うと聞くと神妙な顔を見せた。

 ただヤル気は充分らしく、杖を肩に背負って気合を入れる。


 「んー、けど、簡単に見つかるかなー?」

 「敵さんはマールの命が欲しいんでしょ、なら階段を目指せば嫌でも向こうからくるわよ」


 リッチキングは神出鬼没。

 時空魔法を操り、空間移動のようにこのエリアを飛び回るらしい。

 ボクはうーんと頭を捻った。

 そんなにボクは危険なのだろうか。

 今更だけど、ボクなんて大したことはない。

 身体能力は魔女さんにすら劣るし、ボクのステータスは間違いなくワーストだろう。

 豊穣の剣が使えることが、そんなに怖いんだろうか。

 それなら勇者さんは、過去に魔王も屠った大英雄だよ。

 どうして警戒の優先順位がボクなんだろう。


 「どうしたでありますマール様?」

 「あぁフラミーさん、リッチキングの戦略について考えてたんですが、ボクってそんなに恐ろしいのかな?」


 何気なくフラミーさんに相談すると、彼女は真剣に考察してくれた。


 「魔王は豊穣神の使徒に異常な警戒をしているでありますな」

 「うん、過去によっぽどボコボコにされたから?」


 フラミーさんはクスッと微笑む。

 言い方可笑しかったかな、彼女は小さく頷くと。


 「過去の教訓から対策するのは軍でも同じであります」

 「そうなんだ」

 「痛い目は合いたくないでありますからなぁ」


 魔王の教訓か。

 ある意味で恐ろしい、ボクのようなちっぽけな治癒術士さえ恐れるなら、大魔王エンデの復活とは、豊穣神の信者の皆殺しを意味するのではないか。

 そんなことは絶対に許せない。

 改めて大魔王エンデと決着をつけないと。


 「ねぇー皆、あそこに誰かいるー」


 先頭を歩く勇者さんは、目の前を指差した。

 ボクは目を凝らすと、丸い舞台上に小麦肌の女性が仁王立ちしていた。


 「あれは【アシュラ】?」

 「アシュラとは、あの幻の種族か?」


 魔女さんの言にハンペイさんが反応する。

 アシュラとは、聞いたことがない。

 ハンペイさんは「むぅ」と唸ると、腕組をした。


 「なんですかアシュラって?」

 「某の国では八面六臂の種族アシュラが伝えられています」

 「それでその、どうして唸って?」

 「アシュラは戦う種族、闘神としても崇められるのだ」

 「うー」


 あのカスミさんが拳に握った。

 闘神、聞いてて凄い言葉だな。

 人の身でありながら神に到達したのならば、まさに半神と言っても過言ではないだろう。


 「でも、そのアシュラ族の方がどうしてダンジョンに?」


 その疑問には、誰も答えられなかった。

 ただそのアシュラのいる舞台は一直線上、他に道もない。

 ボクらは警戒しながら、そのアシュラの前まで向かった。


 「……よく来たな」


 間近まで迫ると、アシュラの女性は口を開いた。

 改めて確認すると、全身小麦色の肌で、肩から三本二対の両腕が見える。

 全身は細くまるで修行僧だ。

 頭は一つ、八面って言っていたけれど……そんなにないね。

 服装はダンサーだろうか、水着みたいな布面積の少ない赤い布で胸や下腹部を隠している。

 ジャラジャラとした腕輪や首輪など、文化観が違いすぎる。


 「貴方アシュラ族よね?」

 「いかにもアッシはアシュラ族のシャナ」


 シャナさんですか、シャナさんは腕を巧みに操り、合掌する。

 翠星石の瞳は自信に満ちあふれているようだ。


 「ここより先はリッチキングの間、しかしここを通りたくばアッシと戦うがいい!」

 「ど、どうしてですか! 戦う理由がわかりません!」


 ボクは反論する。

 シャナさんは戦うつもりだ。

 闘神、あの言葉が嫌でも脳裏をよぎる。

 まさか、そんなことは。


 「クハハハ! 戦う理由? アッシらアシュラはもとより(いくさ)と共にある、さぁかかってこい!」


 戦う種族アシュラ、彼女は踊るように六本腕を動かす。

 幻惑的な動き、武器は持っていないけれど。


 「うー」

 「ほう? エルフ族のキョンシーか」


 静かにカスミさんが前に出た。

 ボクはその後ろ姿を見て驚く、あのカスミさんが震えている。


 「か、カスミさん、身体が……」

 「うー!」


 カスミさんは拳を構える。

 いつもの戦闘スタイル、それをニンマリ笑ってシャナさんは受け止めた。


 「かかってこい、キョンシーよ」

 「うーっ!」


 カスミさんが飛び込む。

 先ずは牽制の手刀、風さえ斬る一撃がシャナさんを襲う。

 だがアシュラの妙技はそんな手刀を左腕一本で受け止めた。


 「ククク、半端な技がアッシに通用するとでも?」

 「うーっ!」


 続けざま、蹴り上げがシャナさんを襲うが、シャナさんは仰け反り蹴りを回避する。

 そのままシャナさんはお返しと言わんばかりに、回し蹴りを叩き込んだ。


 「うーっ!?」


 カスミさんは床をバウンドしながら倒れる。

 強い、シャナさんの圧倒的な戦技は見惚れるほどに洗練されていた。


 「ククク、その程度ではないだろう? がっかりさせないでくれ」

 「う、うー……!」


 よろよろとカスミさんは立ち上がる。

 だがハンペイさんが待ったをかけた。


 「シャナ殿、この戦い某が引き継ぎたいと願う」

 「なに? お主極東のニンジャか、ククク、アッシの相手が務まるかえ?」

 「微力ながら……」

 「……うー!」


 カスミはハンペイを後ろからぶっきらぼうに退かす。

 ハンペイさんは驚いた顔で、妹を見た。


 「カスミ、お前……」

 「うー、うー」


 カスミさんはまだやるつもりだ。

 シャナさんの実力はハンペイさんでも震えるほど。

 おそらくヴラドさんと同等かそれ以上の相手だ。

 全員がかりでも勝てる保証はない。


 「あの、教えてくださいシャナさん、どうして戦うのか」

 「決まっておる、それが教義だからだ、そこに善悪はない」


 ただ戦いたいからダンジョンで強き者を待つ。

 それは凄まじい修羅の生き方だ。

 どうやったらこの修羅に勝てる?

 カスミさんにかつ算段なんてあるのか?

 思わず掌が熱くなる。


 「うー!」


 再びカスミさんが突っ込む。

 拳を唸らせ、正拳突きを叩き込む。

 しかしシャナさんは、腕を内側に這わせると、簡単にカスミさんの腕を弾く。

 それを見てハンペイさんが叫んだ。


 「功夫(クンフー)だ! そんな技まで!?」

 「うー、うー!」


 それでも、カスミさんは強引に殴りかかる。

 せめて一発、しかしそんな願いは圧倒的な力の前にねじ伏せられた。


 「クハハ、これはどうか!」


 余った腕がカスミさんの衣服を掴む。

 シャナさんはカスミさんを引っこ抜くと、一本背負いで投げた。

 頭を逆さまにして落ちる、ボクは悲鳴をあげた。


 「カスミさーん!」

 「ほれ、いつまで寝ておる!」


 倒れたカスミさんに容赦のないストンピング、カスミさんは間一髪転がりながらそれを()ける。

 カスミさんは立ち上がるも、既にボロボロだ。

 これほどの強さがこの世界には存在している。

 だったらどうして?


 「どうしてシャナさんは、魔王側に?」

 「どうだっていいわ、それよりカスミよ、どうするの?」


 魔女さんはシャナさんが何をしようとどうでもいいらしい。

 いざとなれば必殺の魔法でケリをつけるつもりだろうな。

 カスミさんの闘志はまだ衰えない。

 一方的にダメージを受けながら、それでも解決の糸口を探しているのだ。


 「カスミ、某は見ていられん!」

 「うー」


 カスミは首を震る。

 それを見て、シャナさんも笑った。


 「クハハハ! 心意気は見事、されどお主はまだ己を知らぬ!」

 「カスミさん自身?」


 カスミさんは無言、ただ闘志を拳に込めて。

 彼女の足元から闘気が立ち込める。

 彼女最大の一撃、はたしてシャナさんに通用するのか?

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