第185ターン目 アップルパイと 贖罪
リンゴの木の下に集う一行。
リリーは今、魔女達に囲まれていた。
「サキュバス……ね」
「マル君を暗殺する為かー」
リリーは洗い浚い彼らに全て説明した。
なにをどう繕っても、リリーが敵であることに変わりはない。
ただそれでもマールを、マールを守りたい。
「クロちゃん、貴方はどうする?」
「どうするって、主人を守ったのもコイツにゃあ、大体主人が魔物って理由で助けないかしらにゃあ?」
使い魔であるクロにとって主人は全てだ。
主人はリリーの傷付く姿を望まない、泣いた姿を否定する。
「ならなにも言うことはないにゃあ、大体サキュバスが今更なんにゃ、魔女の方がよっぽど破廉恥にゃあ!」
「さらっと人を痴女扱いするんじゃないわよ!」
「どうどう、喧嘩はよすであります」
風紀を重んじるフラミーは静止する、がちょっとでも激しく動くと、脇腹を抑えた。
「うぐぅ、傷が」
「怪我、しているのですか?」
リリーは案じる、そこに生来の優しさが宿っているように。
フラミーは苦笑すると「大丈夫」と答える。
強がっているが、戦闘はまだ無理と言ったところ。
キラーマシーンと戦って無事だった自分を褒めたいくらいだろう。
「しかし治癒術士殿を攫って地上へ逃げようなどと」
「気持ちは汲んであげなさいな、誰だって怖いわよ」
「うー、うー」
魔女の言にカスミも同意する。
ハンペイはそれ以上は何も言わず、ただ唸った。
治癒術士殿には、カスミの治療をしてもらわなければならない。
連れ去られると、それはそれで困るのだが。
「で、リリーはどうしたいの?」
「わ、私ですか?」
リリーはビクッと震えると、顔面を蒼白にする。
まるで蛇に睨まれた蛙の心象だろうか。
魔女の深紅の瞳が、恐ろしく思える。
「別にさ、とって喰おうって訳じゃないわよ」
「喰う? やっぱり腸から?」
魔女はじろりとバッツを睨み付ける。
彼女は恨みがましく呪詛を吐いた。
「完全に毒されているじゃないの、この馬鹿」
「俺の性!? 料理したのカム君じゃん!?」
「腸も食わぬ、いいから落ち着け魔法使い殿」
「は……はい」
リリーからすれば気が気じゃない。
彼ら――マールでさえ――平然と魔物を喰うのだ。
サキュバスであるリリーもいつか、物言わぬ血肉となって、鉄板で焼かれると想像すると、涙が零れた。
「だー! 泣かせるにゃあこのトンチンカンども!」
「キューイ」
泣き虫に泣かれるとクロはイライラして怒鳴る。
カーバンクルはリリーの身体を登ると、涙をペロペロと舌で舐め取った。
「ぐぬぬ、何故私が駄目で魔法使いちゃんがオーケーなのよ」
「私怨が漏れてる、漏れているでありますカムアジーフ様!」
多分、彼女が純真だからでしょう。
自分には一切懐かないのだから、魔女の嫉妬は燃え上がるよう。
それがカーバンクルが嫌う原因とは悲しいことに気づかないだろう。
「ともかくー! マル君が目覚めるまで休憩だねー」
「そうね、都合良くリンゴの木もあるし」
魔女はリンゴを手に取ると、収穫する。
リリーはそれをじっと見つめた。
魔女は視線に気付くと、物欲しそうな子供の表情をするリリーに質問する。
「なによ、リンゴになんかあるの?」
「い、いえその……なんでも、ないです」
「にゃあ、サキュバス、お前言いたいことはちゃんと言えにゃあ、コミュ障は面倒臭いにゃ」
さらっとコミュ障扱い、リリーはがっくり肩を落とします。
コミュ障ではなく人見知りなんです、とはやっぱり言い返せないリリーでした。
「あ、アップルパイって、作れますか?」
「アップルパイですってー?」
「ほう、確かリンゴの包み焼き、でしたかな?」
ダンジョン街での生活も長いハンペイは、アップルパイと聞いて嬉しそうに目を細めた。
菜食主義者のハンペイは、異国の料理ではあるがアップルパイが好物である。
同じエルフでも妹のカスミはビーフパイの方が好みであるが。
「うーん、誰かレシピ分かる?」
「はいっ! 小官パイなら作れるであります!」
魔女はアップルパイの製法を知らない。
その助けを乞うと、フラミーが手を上げた。
「意外にゃあ、軍人さんが料理なんてにゃあ」
「母上が料理が得意だったでありますから、よくお手伝いしたであります」
「ふーん、バッツはどうなのよ? 仮にも豊穣神の加護持ちでしょ?」
リンゴは豊穣神の象徴としてしばしば絵画などで登場する。
実際は異なるが、リンゴと豊穣神はしばしば紐付けれるのだ。
「俺は無理かなー、幼馴染は得意料理だったけどねー」
「確か賢者セレスでしたっけ、ふーん」
魔女は胡乱げにバッツを見ます。
惚気話は気に入らないので、早速アップルパイの準備に入りました。
「パイってことは、小麦粉よね」
「シュミッド様からバターを分けて貰えましたであります、これをどうぞ」
「あら気が利くじゃない、おーし、それじゃ気合い入れるわよー!」
「おーっ、であります! ……いたた」
かくして女性二人が姦しく調理を始めるのだった。
小麦粉を水と混ぜ捏ねると、酵母とバターを加えて混ぜ合わせる。
リンゴは一口大に櫛切りし、熱い鉄板で火を入れておく。
生地が完成すると、魔女はオーブンの用意に入った。
あれよこれよ、小一時間ほど掛かる頃、マールはいい匂いに釣られて目を覚ましたよう。
「うー、いい匂いですね、あれ?」




