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第184ターン目 サキュバスの 裏切り?

 「うーん」


 時折魔物と遭遇しながら進んでいく。

 しかし進めども進めども、リッチキングは見当たらない。

 見覚えのある場所を堂々巡りしている感覚、時間だけが経過していく。


 「あの、マールさん、一度休憩しませんか?」

 「リリーさん疲れちゃいましたか?」

 「その……疲れてはいませんが、あの……?」

 「うん……? ボクなら大丈夫ですけれど、リリーさん顔色が?」


 リリーさんの表情が青い。

 不安、焦燥、怯懦(きょうだ)であろうか。

 疲労による悪化等も考えられるけれど、それだけじゃない。

 ボクは足を止めると、リリーさんに顔を近づけた。


 「リリーさん顔色がよろしく無いようですが」

 「ふえっ、あ……その!」


 リリーさんが離れる。

 やっぱりリリーさんの様子が変だ。


 「もしかして、お腹が空いたとかでしょうか?」

 「ぅ……そ、そうですお腹が、その」


 彼女はコクコクと何度も頷く。

 なるほど、第八層に入ってからロクに食べていないですからね。

 けれど残念ながら持ち合わせがない。

 せめて携行食料があれば良かったんだけれど。


 「ごめんなさい、今は持ち合わせがなく」

 「い、いえ……こ、こちらこそごめんなさい」

 「あっ……もしかしたらこの魔法ならなにか」


 ボクはある魔法を思いつくと錫杖を両手に握る。


 「いと慈悲深き豊穣神様、遍く大地に恵みをお与えください《豊穣(ハーヴェスト)》」


 豊穣神様への祈祷が届けられると、ボクの足元から豊穣の恵み周囲に広がっていく。

 白い謎の物質で出来た床からは突然植物が顔を出していく。

 やがて一本の木が聳え立つと、赤いリンゴを実らせた。


 「こ、こんなことが……」

 「ボクもビックリしました、まさかリンゴの木が生るなんて」


 今までいいところ花畑で、ジャングルエリアのような場所でやっとバナナやカカオであった。

 ここまでのレベルではリンゴの種を一気に発芽させ、成長させるような魔力はなかった筈だ。

 念の為リンゴの香りを確かめる。


 「うん、懐かしい香りだ」


 村に自生していたリンゴの木と同じ臭いだ。

 アップルパイは村の子供達のご馳走で毎年振る舞われていたっけ。

 なんだか懐かしいな、ボクはリンゴをもぎ取ると、かじりついた。


 「ちょっと酸っぱくて甘いですね、良かったらリリーさんもどうぞ」


 安全性はボクが毒味して保証する。

 地上でありふれた普通に美味しい種だ。

 リリーさんは初めて見る赤い実に恐る恐る触れる。

 ボクは子供を見るように、ニコニコ笑顔で見守った。

 豊穣の恵みを是非受け取って欲しい。


 「これが……リンゴ、初めて見た」

 「地上ではポピュラーな食材で、生食は勿論、リンゴパイや、シチューに入れたりするんですよ」


 リンゴ自体はダンジョン街の青果店でも安く販売されている。

 美味しさはまちまちだけど、広く親しまれているんだ。


 「カプ、瑞々しくて美味しい」


 小さなお口で齧り付くと、彼女は目を見開いた。

 初めて食べるリンゴに感動したようだ。

 良かった、美味しい物は皆で共感したいからね。


 「ふふ、地上に出たら美味しいリンゴパイのお店をご紹介しますね、ほっぺが落ちるほど甘いんですよ?」

 「ッ、地上……」

 「リリーさん?」


 ふと、リンゴを食べる手が止まった。

 どうしたのか首を(かし)げると、不意に後ろから音がする。

 ボクは咄嗟に後ろを向く。

 ゴブリンが錆びた剣を持って一気に接近してきたのだ。

 ボクは咄嗟に錫杖を構える。


 「どうしてゴブリンが!」

 「ゴブーッ!」


 ゴブリンは喜悦を浮かべ斬りかかる。

 ボクは錫杖で受け止めた。

 ゴブリンは醜悪な表情を近づける、ボクは歯を食いしばり押し返す。


 「てりゃーっ!」

 「ゴブッ!?」


 ボクは錫杖をゴブリンの脳天に振り下ろすと、ゴブリンは一瞬で昏倒し、後ろに倒れた。

 ふぅ、息を吐くと後ろを振り返る。


 「リリーさん、そっちは――」


 その時だ、ボクの身体に闇の呪縛が纏わりつく。

 リリーさんの顔は顔面蒼白だ。

 赤紫瞳からポロポロと大粒の涙を流し、その身体は子供のように震えている。


 「な、に……これ」

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ」


 ボクは急速に意識が混濁していく。

 最後に聞こえたのはリリーさんの謝罪だった。




          §




 治癒術士の身体が音もなく宙に浮く。

 意識はない、リリーの放った【闇の呪縛(ダークネスダウン)】は見事にマールを捉えてしまう。

 リリーは泣いている、こんなこと、したくなかったと。

 だが、彼女の背後に悍ましい気配があった。


 「ククク、よくやった771」


 このエリアを支配するリッチキングの声だ。

 リリーは俯くと、なにも答えられなかった。


 「大魔王様の脅威はこれで払われる、あの方は杞憂と仰るが、念には念を入れねばな」

 「あの、マールさんをこのまま地上へ送還するのでは駄目なんですか?」

 「異なことを言う、ソイツの力を見ただろう? このリンゴの木、我が時空さえ破り支配したのだ、忌々しいことに!」


 リッチキングは(おそ)れる。

 豊穣の使徒たるマールの力は、時空を支配するリッチキングの世界を穿って見せたのだ。

 豊穣の剣さえ扱う使徒を侮ってはいけない。

 もう既にこの使徒は、魔王の脅威そのものなのだ。


 「バラバラに引裂き、魔物の餌にしてやる」

 「お願いします! マールさんの命だけは、大魔王様の完全復活まで動けなくすれば充分じゃないですか!」

 「生意気だな771、所詮タダの雑魚モンスターの癖に」


 リリーは恐怖に硬直した。

 雑魚モンスター、そうダンジョンが産んだ地上への悪意が自我を持っただけの存在。

 リリーは己の手を見る、マールと何度も重ねた小さな手。

 今はまるで穢れた手だ。

 マールを殺す、魔物の定めが重くのしかかる。


 「ッ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!」


 リリーは泣きじゃくった。

 ただ駄々っ子のように身体を奮い、己の想いをぶちまける。


 「ダンジョンが産んだ悪意だとしても、私はマールさんが好きなんです! マールさんを愛したんです! 一緒に地上へ行くって約束したんです!」

 

 彼女は駆ける、気絶したマールへと。

 後ろからぞっとする気配が増した。

 リッチキングの脅威の魔法が迫る。


 「ならば共に死ね、それがせめてもの情けだ」

 「くっ、マールさん!


 リリーはマールを抱きしめる。

 リッチキングの魔法は二人の周囲を取り囲み、無数の光の玉が襲いかかる。

 撃ち落せない、リリーはせめてマールだけは救いたかった。

 雑魚モンスターでも、役に立てると信じたかった。

 誰かを好きになれた、喜びを知って、驚きを知って、哀しみを知った。

 ダンジョンが与えてくれなかったもの、希望を求めた。


 「死ねい、愚かな者よ」

 「魔導神よ、時の大魔女カムアジーフが命じる、我らに仇なす者を灰燼と化せ《浄滅の炎(インドラの矢)》!」


 突然割り込む強大な魔法陣、リッチキングの頭上に炎雷が落ちる。

 リリーは呆然(ぼうぜん)とその光景を目撃した。

 リッチキングは炎雷に晒され、身を守る。

 やがて、ある気配を感じて警戒を強める。


 「ちぃ、あと一歩のところを、まぁいい771よ、忘れるな豊穣の使徒は魔物の敵だ」

 「……っ!」


 リッチキングは空間を歪めると、その中に消えてしまう。

 入れ替わるように、リリーの後ろからあの一行が現れた。

 魔法の張本人の魔女はリリーを見ると、ややキツめに(にら)みつける。


 「いろいろと、説明してもらえるかしら?」

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