第183ターン目 不意打ち 挟み撃ちだ
虚空に浮かぶ通路と階段、どこか寂しい感じのする摩訶不思議な空間だけれど、リッチキングはどうしてこんな空間を用意したのだろう。
ダンジョンは不思議なものでも、ここだけはなんだか違和感が多い。
秩序だっているように思えて、でもなにかが滅茶苦茶だ。
ボクには説明できないけれど、頭上を見上げると、ただそう思えた。
「魔物が天井を歩いていますね」
ゴブリンに似た魔物が逆さまに歩いている。
重力が滅茶苦茶なのか、まるで反重力で張り付いているようだ。
そう考えるとボクを掴んでいる重力の正体ってなんなんだろうと疑問に思う。
真っ直ぐ進んでいるように見えて、実際はそうでもないのかも知れない。
考えても仕方ないか、ボクはそんなに頭も良くないし。
「あの魔物は気にしなくてもいいでしょう」
「まぁ飛べる魔物には見えないしね」
「魔法が使える種類の場合、危険かもしれませんが」
「アハハ、でも距離があるよ?」
いいとこ三十メドル程度は距離が離れている。
魔法使い系の魔物がいたところで、この距離なら余裕で回避出来る。
なんて気楽に笑っていると、天井にいた魔物の辺りでなにかが光った。
魔法? ボクは目を細めると火の玉が接近していた。
「わわっ、本当に撃ってきた」
「マールさん気を付けて!」
「でもこの距離なら流石に――」
と油断しまくっているとだ、火の玉が突然加速しだす。
え? なんでと考える間もなく、リリーさんがボクの手を引っ張り走り出す。
直後ズドォンと爆音を上げて、火柱が立ち上がった。
なんとか直撃は免れたけれど、これは勉強代になったかも。
「どうして急に加速したんでしょう?」
「重力が入れ代わり、それが作用したのでは?」
「そうか、魔法だって重力の影響は受けるもんね」
さも万能に思える魔法も、突き詰めれば様々な制約を持つ。
大半の黒魔法は重力に干渉するのだ。
白魔法も強い闇の中では弱まるしね。
「そうなると、ここ本当に油断ならないね」
文字通り全周囲が危険といえる。
あのゴブリンみたいな魔物、まさか魔法が使えるとは。
「警戒しないとね、うん」
ボクは自分の頬を叩く。
情けない姿はもう見せるな、ボクだって一端の冒険者なんだ。
危険を乗り越え、成すべきことを成そう。
「万が一の時は私が盾になりますから」
「駄目ですよ! そんなの絶対に駄目ですっ!」
盾になると進言されるも、ボクは否定する。
リリーさんは健気に微笑むが、そんな姿容認したら、ボクはボクじゃいられない。
「私は魔物です、マールさんより丈夫だと思います」
「そういう意味じゃない! ボクはリリーさんに傷ついてほしくないんだっ!」
ボクは治癒術士だけれど、仲間が傷つく姿は見たくない。
なるべくなら治癒の魔法だって控えるべきなんだ。
治癒術士がいるから無茶が出来るなんて、思考放棄は絶対に止めてもらいたい。
「リリーさん、ボクは傷ついた人がいれば全力で治療しますが、本来ならば治癒術士に頼るべきではないのです」
時折治癒術士の存在は軽んじられてきた。
あのガデスも、いつもボクを無能役立たずと罵ってきたっけ。
治癒術士が働くのは誰かが傷ついた時や、絶体絶命の窮地。
仲間の存在あって治癒術士は輝く。
だからこそこう思う、願わくば治癒術士のいらない世界をって。
「ボクはそんなにノロくはないつもりですし、お互い最善を尽くしましょう」
「はい、マールさん」
分かってもらえたようだ。
ボクはリリーさんを護る、リリーさんはボクを護る。
一方的はやっぱりよくない。
ボク達は仲間だもん。
「うっ、前方からなにか」
ボクは足を止める、前方から近づいてきたのは大きな一つ目の魔物だ。
【見つめる者】だろうか、ボクの何十倍も大きな瞳にボクは警戒する。
確かゲイザーって相手を動けなくする魔法が。
「マールさん、後ろにも!」
「挟み撃ち!?」
後ろからはヤギ頭の魔人【アークデーモン】が浮遊しながら距離を詰めてきた。
アークデーモンは優れた魔法と腕力の持ち主、どっちのステータスで見ても、ボクより上は間違いないだろう。
どうする、危険度はアークデーモンだけれど、ゲイザーを止めないと無防備を晒す。
ボクは今更逡巡してしまう、だがそれがいけなかった。
ゲイザーは大きな瞳から謎の怪光線を放つ。
ボクは咄嗟に目を閉じる、たしか視線を合わせなければ防げた筈だ。
だが瞳を開くとリリーさんが硬直状態になっていた。
不味い、ゲイザーの金縛り光線を受けたのだ。
「リリーさん、直ぐに治療を!」
「いけ、ま、せん……!」
ボクは解呪の魔法にかかる。
だけどそれをアークデーモンは容赦なく襲ってきた。
ボクは錫杖を振り、アークデーモンを引き剥がす。
「いと慈悲深き豊穣神様、その汚れ、お清めください《解呪》!」
アークデーモンは拳を振るう。
ボクは錫杖でなんとか捌きながら、祈祷を済ませた。
リリーさんに豊穣神様の御手が触れると彼女は直ぐに魔法を詠唱した。
「リリーさん、先にゲイザーを!」
「わかりました、闇よ穿て《闇の弾丸》!」
闇の弾丸は一瞬でゲイザーを蜂の巣にする。
ゲイザーは全身から血と瘴気を放つと動かなくなった。
次はアークデーモンだが、アークデーモンは距離を離すと魔法を放つ。
「ゴアァッ!」
「《聖なる壁》」
空間が輝くと、周囲を巻き込んで大爆発が起きた。
直撃すれば人族なんて、ミンチより酷い姿になるような危険な魔法だ。
でもボクの聖なる壁の発動の方が早かった。
爆風が掻き消える中、リリーさんは飛び上がる。
「お返しです! 《死球》!」
小さな闇の玉がリリーさんの人差し指に現れると、それはアークデーモンへと投げつけられる。
着弾と同時、凄まじい闇の爆発がアークデーモンを飲み込んだ。
「うわ、グラデスと同じ魔法、えぐいなぁ」
ボクはアークデーモンがボロボロになって崩れ落ちる様を見て、思わず呟く。
威力はグラデスの死球ほどじゃないけれど、闇の魔法は総じて強力だ。
戦いが終わると、直ぐに周囲を索敵する。
カスミさんがいないと、こういう時大変だ。




