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第182ターン目 治癒術士は 休憩する

 魔物との遭遇をなるべく避けながら進むこと小一時間。

 どうしても避けられない戦いだけ行い力を温存するが、それでも疲労はあった。


 「ふぅ、あれ……ここちょっと雰囲気違いますね」


 長い上り階段を進んだ先にこれまた長い通路が見えた。

 通路の中央には不純物の全く混ざらない純白のベンチがある。

 床と同化しているようで、どっちかというと生成オブジェクトだろうか?


 「ちょっと休憩しましょうか」

 「わかりました」


 ボクはベンチに腰掛ける、ちょっとだけお(しり)(ひや)っとするね。

 リリーさんは隣に座った。

 ボクは一息()くと、周囲を観察する。


 「ダンジョンは不思議ですが、ここは特別不思議ですね、異世界ってこんな感じなんですかね?」


 虚空に通路と階段だけがある風景はこの世とは思えない。

 太陽が無いのに昼のように明るく、風はまったくない。

 これは文字通り例えようのない空間だ。


 「私は、ここで誕生しました」

 「リリーさん? 誕生って」

 「魔物はダンジョンが産むんです、ある日突然薄っすらと自我を得て」


 ボクは彼女の愛らしい顔を(のぞ)いた。

 彼女は少しだけ寂しそうで、ボクは不安になる。


 「私は冒険者を殺せと命令されました」

 「命令、(だれ)に?」

 「ダンジョンにです、ダンジョンは外からくる異物を排除する為に魔物を産むんです」


 ほぼ例外なく魔物が冒険者を襲う理由はそれか。

 だが、それならおかしいんじゃないだろうか。


 「でも魔物も地上に現れます、どうして地上を襲うのでしょう?」

 「……わからない、私は地上に出たいだけ」

 「まさか……同じ、なのでしょうか?」


 リリーさんが地上へ行きたい理由、彼女は本物の空を見たいんだ。

 ボクら冒険者はダンジョンの恵みが欲しい、魔物はダンジョンに無いものが欲しい。

 うん、同じだ……じゃあお互いが許せないのも、同じなんだ。


 「不思議ですね、リリーさんとならいくらでも交流が出来るのに」


 魔物にはリリーさんのような優しくて理知的な方もいる。

 一方で言葉の通じない魔物は多い。

 相互不理解、悲しいけれど、それが宿命なのか。

 せめて豊穣神の使徒としてダンジョンに祈りを捧げましょう。

 願わくば魔物と人が融和出来る日がくるように。


 「リリーさんは人間が怖いですか?」

 「……怖いです、初めてマールさんと会った時でさえ、マールさんが怖かった」


 それは悲しいことです。

 けれど魔物にとって人間はのっぴきならないという。


 「今は平気ですよね?」

 「マールさんは、特別ですから……あぅでも」

 「えっ? でも?」

 「魔物を食べちゃうのは……やっぱり怖いです」

 「……うへぇ」


 ボクはドッと悪い汗を垂れ流し、明後日の方角に顔を向けた。

 リリーさん今でもトラウマのように顔を青くして俯いている。

 百パーセントボクが悪いですね。

 やっぱり騙し通した方が良かったのか。

 サキュバスだからこそ、魔物――つまり同胞(はらから)を食うというのが、受け入れられなかった。

 魔物に見えても魔女さんやフラミーさんはやっぱり人間だな、悩みのベクトルが違うや。


 「で、でもでも魔物の一部は魔物を襲いますよね?」


 代表的なのは【おおうつぼ】と【クラーケン】だ。

 【コカトリス】は目についた物全て襲うし、【タイラントパイソン】は【ラビ】の天敵だ。

 魔物は魔物を食べてしまう、リリーさんはどうなんだろう。


 「私は食べたいとは思いませんけれど、襲われることは結構ありました」

 「あるんだ……」


 少し前に遭遇したキマイラとか、多分リリーさんまで標的にしていたよね。

 サキュバスという強力な種族でも、安全ではないというのか。


 「マールさんは、サキュバスでも食べちゃいますか?」

 「ふえっ!? リリーさんは食べませんよー!?」


 脳内の魔女さんも人型の魔物は食べちゃ駄目と、大騒ぎする。

 彼女は頬を赤く染めると、身体を思いっきり寄せてくる。

 たわわなおっぱいがボクの肩触れると、思いっきりたわむ。

 ボクは顔を真っ赤にすると、彼女に指摘した。


 「あの、当たっているんですけど?」

 「当てているんですよ、だってサキュバスですもん」

 「ご、ごくり」

 「ふふ、マールさんになら、私を食べてもらいたい」

 「た、食べません! 絶対食べませんから!」


 食べるの意味、本当にボクの想像通りか分からずボクは混乱してしまう。

 彼女はボクに艷やかな吐息を浴びせてくると、ボクは耳まで真っ赤になる。


 「クスッ、もうそろそろ行きましょう」


 彼女はボクから離れると、ゆっくり立ち上がる。

 ボクは危うく食べられちゃうかと思ったが、なんとか自制心を保つことが出来た。

 やっぱりリリーさんはサキュバスだ、風紀が危うい。


 「ふぅ、リリーさんはボクのなにがいいんでしょうか?」


 ボクも立ち上がると最後に彼女に質問した。

 彼女は少しだけ沈黙すると、頬を赤くして静かに言った。


 「素敵だと、これでは解答にならない?」

 「素敵、ですか? こんなに男らしくないのに」

 「素敵です、マールさんは、世界一素敵」


 うぅ、なんだか恥ずかしくなる話だ。

 ボクって人間にはモテないよね、何故だろう?

 まぁ冒険者の身分でうつつを抜かすつもりは毛頭ないけれど。

 流石にダンジョンで出会いを求めるほど、悠長ではない。

 いつ死ぬか分からない身分では、恋慕というのは厄介ですね。


 「願わくば冒険の無事を」


 ボクは豊穣神と運命神にお祈りする。

 トラブルが大好きな運命神は時に厄介がる冒険者もいるが、それは運命神の与えるセンセーションだ。

 運命神も非業の死をボクら冒険者に望んでいるんじゃない。

 困難に立ち向かう姿が大好きなんでしょう。

 やっぱり迷惑かなこれって苦笑するけれど、冒険の無事を信じましょう。

 勿論用心しながらですが。

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