第180ターン目 治癒術士は サキュバスと いっしょ
「滅茶苦茶ですね……これは」
ボクたちは第八層の真の姿であるリッチキングの間へとたどり着いた。
ここはまるで摩訶不思議な夢の中にでもいるようだ。
天地は逆さまで、階段が縦横無尽に配置され、魔物はしっちゃかめっちゃか。
「気を付けてマールさん」
「リリーさん……はい」
ボクは小さく頷くと、兎に角歩き出す。
真っ白い通路は一体どんな物質出来ているのかも分からない独特の肌触りだ。
触ってみるとちょっと冷たくて、叩くと音が反響する。
硬いけれど、軽い?
とにかく意味不明、意味を考える方が理不尽なのかも。
「んしょ、んしょ、リリーさんは大丈夫ですか?」
階段を登りながら、ボクはリリーさんを気に掛けた。
リリーさんは健気に微笑み、ずっとボクの傍にいる。
階段を登り終えるとまた通路だ、ここはとにかく通路と階段しかない。
上を見上げれば大地、下を見れば青空がどこまで広がっている。
ずっしずっし、ボクは足音に気付くと正面を見た。
大きなバトルアックスを持ったリザードマンだ。
「シャアーッ!」
紫色の鱗を持つリザードマンは一気に距離を詰めてくる。
ボクは錫杖を構える、だが受けられるか?
緊張の汗が滴る、それでもボクはリリーさんを守ってみせる!
「いと慈悲深き豊穣神様、その優しき御力で、我らをお守りください《聖なる壁》」
ボクは正面に聖なる壁を出現させた。
リザードマンは雄叫びをあげながら、巨大な戦斧を振り下ろす。
「ぐぅっ!」
齒を必死に食いしばる、想像以上の攻撃力だ。
メタルイーターのボディプレスよりもキツイ。
「闇よ、地獄の門より仇なす者に千の針を《闇の磔》!」
後ろでリリーさんは魔法を詠唱し終えた。
リザードマンは周囲に出現する針に全身を突き刺され、磔にされる。
中々インパクトのある死に方だな、前衛芸術って言い張れるだろうか?
「リリーさんって、見たことのない闇の魔法がいっぱいですね」
「へ、変ですか?」
「変というか、ちょっと怖いかな」
リリーさんはがっくり肩を落とした。
ボクは責めるつもりはないんだけれど、やっぱり闇の魔法体系はちょっと恐ろしい。
「で、でもでもダンジョンじゃ聖なる魔法も珍しいです!」
「言われてみれば」
ダンジョンの魔物が聖なる光とか治癒を使うなんて話は聞いたことがない。
白魔法を使えないのは、魔物には神の加護がないからと言われているけれど、奉ずることは出来るんじゃないかな?
「うーん、リリーさんでもきっと白魔法は使えると思うんですよね」
「私がですか?」
ボクは頷く。
人間は生まれた時から神を奉じるわけじゃない。
その人生の中で神を見つけるんだと思う。
白魔法は神への祈祷であり、嘆願。
より敬虔で信仰心があれば、白魔法は使える筈だ。
「リリーさんにも信仰心はある筈だし」
「私、治癒の魔法が使えるようになりたいです!」
彼女は胸を持ち上げ子供のように力説した。
【治癒】は最も基本的な白魔法だ。
豊穣神でも公正神でもここはさほど変わらない。
治癒術士には治癒に始まり、治癒で終わるという格言がある程だ。
「ふふっ、その為には奉ずるべき神を見つけませんとね?」
治癒のメッカは公正神の【治癒】だろう。
ボクとしては当然豊穣神の【治癒】を覚えてほしいけれど。
治癒術士を目指すのなら、ボクはきっちりと支援しよう。
「神……私の」
「ゆっくりでいいですから、ね?」
「は、はい!」
リリーさんにも神が見つかることをボクは願う。
けれど急ぐ必要はない、ゆっくりと自分を見つめて熟慮が必要だろう。
少なくともダンジョンでは難しいでしょうし、一先ずはここを抜けませんとね。
「うーん、それにしてもリッチキングはどこにいるんでしょうね?」
「……あの、リッチキングは本当に危険です、本当に行くのですか?」
「逃げ出したい……と思わない訳ではありませんが、逃げちゃうと色んな人が困るので」
ボクは苦笑する。
根は臆病だから、やっぱり怖いものは怖い。
それでもボクは治癒術士の生き方をそう簡単には変えられないらしい。
「行きましょう誰かの平和を守る為に」
ボクはゆっくり前を向く。
この小さな歩みは、確かな一歩だ。
臆するなかれ、ボクは冒険者なのだから。
「うん? 横からなにか――伏せて!」
突然なにかが光った。
一瞬ではそれはわからなかったが、なにかが猛スピードで迫ってきた。
ボクはリリーさんの腕を引っ張ると、その場で屈み込む。
なにかは僕の頭上を一瞬で横切った。
必死に目で覆うと、それは奇妙な怪物であった。
猿の顔、獅子の身体、鷲の翼、蛇の尾。
まるで継ぎ接ぎの怪物、ボクはその魔物に覚えがあった。
「【キマイラ】です! 気を付けて!」
キマイラは大きく旋回すると、再び最接近。
ボクは錫杖を構えて魔法を詠唱する。
「いと慈悲深き豊穣神様、暗き道も、遍く光でお照らしください《聖なる光》!」
閃光、ただの目眩ましだけれど、キマイラは強烈な光に顔を背ける。
ボクは直ぐにリリーさんの手を握ったまま走り出した。
「今のうちに!」
「ま、マールさん、て、手が」
「あっ、申し訳ありません無我夢中でして!」
ボクは慌てて手を離すと、リリーさんは真横を並走する。
彼女は怯んだキマイラを見て質問した。
「キマイラはどうするんです?」
「かなり強力な魔物ですからね、やり過ごせると幸いなのですが」
「倒せるかわかりませんが、大魔法で一気にやりましょうか?」
「それは最終手段で、なるべく精神力は温存しましょう」
キマイラは頭を振ると、ボクらを探す。
ボクらは下り階段を降りながら、キマイラに注視する。
キマイラはしばし周囲を旋回すると、そのまま飛び去った。
どうやら無事逃げれたみたい。
「ふぅ、なんでも戦って解決という訳にもいきませんからね」
ボクは安心すると歩を緩める。
時に逃亡も冒険者の常として、頭の隅に入れておく必要がある。
冒険者は無敵ではないからね。
まぁ勇者さん達がいたら、楽に勝てたのかもしれないけれど。
「それにしても皆は今どこだろう?」
ふと思い浮かぶ仲間たち。
今もまだ雪原にいるのか、それとももうここにいるのか。
やはり治癒術士と魔法使い二人では心細い。
そう痛感するのだった。




