第18ターン目 本日の メインディッシュは 大ミミズのステーキ
「ただいまー、ちょっと苦労したよー」
今か今かと勇者さんの帰りを待っていると、勇者さんの声が後ろから聞こえて、ボクは笑顔で振り返った。
「おかえりなさ――」
「ねぇねぇ、見て見て大物だよ! 多分十メルドはある!」
「却下、やり直し」
「アンタ馬鹿にゃあ? そんな物主人に食わせる訳ないでしょうがにゃっ!」
ボクは彼が持ち帰った獲物を見てフリーズしてしまう。
魔女さんとクロは両者同時に勇者さんに厳しい発言をぶつけた。
ドスンッ! 勇者さんは獲物を降ろすと、軽く地面が揺れる。
それほどの魔物、それは【タイラントワーム】だった。
超巨大なミミズの魔物で、滅多に遭遇出来ない個体でも知られている。
実際ボクも見たのは初めてだ。
「えー、持って帰るのも大変だったんだよー?」
「だから何にゃ? よりにもよってなんでミミズのバケモノを食べなくちゃならないにゃ!」
「美味しいかも知れないじゃないか!」
「美味しければなんでも良いと思っているのかにゃあ!?」
とりあえずクロと魔女さんの信用は更に下がったな。
ボクはプルプル震えながら、口を出す。
「ぼ、ボクは、かま、構い、ません」
「滅茶苦茶声が震えているじゃない」
「主人、今度ばかりは言うけどにゃ、アイツを増長させるのは止めるにゃあ!」
そりゃボクだって、嫌な物は嫌ですよ。
特に大ミミズ斬られた傷跡から赤黒い血泡を噴いているんだ。
口元なんか特に気持ち悪く、奴の口内なんか身の毛もよだつ。
それでも、じゃあ誰が食べ物を取ってきた?
ボクじゃない、魔女さんでもない、キョンシーさんでも、ましてクロでもない。
「泣き言ならいくらでも言えます……けど、ずっと働いてくれているのは勇者さんですから」
「さっすがー、やっぱり持つべきは心の親友だよー!」
勇者さんは大喜びでボクに抱きついてきた。
うん、ちょっと気持ち悪いな、錆びた金属臭と瘴気で吐き気がしそう。
ボクの心証もちょっと下がったよ。
「はぁ、マールったら聖人にでもなりたいの?」
「聖人が魔物を食べるなんて聞いたこともないにゃあ」
「大抵聖人って言ったら、美化されるものだからねぇ。実際は俗物丸出しのエゴイスト共だってのに」
まるで実際に見てきたかのように魔女さんが語ると、真実味があるな。
人って、都合の良い情報しか受け入れようとしないから、昔のことほど美化されてしまう。
ボクも遠い未来、名前が残ったりするんだろうか。
……なんて、ある訳無いか。
ボクは親にも捨てられたような、ただの普通の人間だ。
「それじゃ食べやすいよう切るよ」
「シャーッ!」
クロは最後まで反抗の意思を見せるも、勇者さんは構わずタイラントワームを切り分けていく。
皮肉にも、切り分けられた肉の断面は綺麗な霜降りの乗った赤身肉だった。
勇者さんはそのまま火にかけようとするが。
「ちょっと待つにゃ! 本当に安全なのかにゃあ!? 毒はないかにゃ?」
「どうなのマル君?」
「《洗浄》」
ボクは念の為豊穣神様に安全チェックを委ねることにした。
結果豊穣神の答えは……?
《標準品質規格クリア、問題なしよ♪》
……なんとなく豊穣神の幻聴が脳裏に聞こえた気がする。
ていうか、洗浄の魔法を使った時点でよほどの事態も無い気はするけれど。
「問題ありません……誠に遺憾ですが」
「もうマル君まで文句をー」
「もう大体コイツの性格理解できたにゃあ」
「ああいう奴よ、ムカツクことに」
それでも頼りになる仲間だから複雑だ。
パーティはなにかが《出来て》、なにかが《出来ない》者達の集まりだ。
皆万能じゃないからこそ、出来ることを重ね合わせていく。
初めから不完全なんだ、ボクも、勇者さんも、魔女さんだって。
「じゃあ火に掛けていくねー」
今度はどこで手に入れたのか、鉄の棒にタイラントワームの赤身を突き刺して焚火の中に入れる。
パーティに竈神の加護持ちでもいれば、もう少し食事も華やかになるんだろうけれど。
こればっかりは、文句は言えないよね。
「気になったんにゃけど、その鉄串どこで手に入れたにゃあ?」
「なんか探していたら【ゾンビ】の群れに襲われてさー、拝借しちゃった」
ゾンビ……つまりこの階層で道半ばに全滅した冒険者達の成れの果てだろうか。
なんとなく申し訳ないなと思うと同時に、有り難く再利用させて貰おうと感謝を祈ろう。
「にゃあ? それならそのパーティ、鍋か何か持って無かったのかにゃあ?」
「ああっ、そういえば鉄板みたいな物もあったっけ」
「なによクロ、それが重要なの?」
「重要もにゃにも、そのゾンビ達が調理器具を持っていたってことはにゃ、アタシ達も助かるってことにゃあ」
「【死体剥ぎ】なんて、堕ちるところまで堕ちた気がする」
クロの言い分も最もだけど、思いっきり現実主義な発想には、神をも畏れぬ所業と畏怖する。
せめて後でちゃんと昇天出来るよう祈ろう。
「アンタやっぱり畜生ね、畜生の神は何を教えているのかしら」
「アタシの神様? まぁロクでもないのは確かなのかしらにゃあ?」
「畜生に神などいないっ! ていうのは人の傲慢さか」
そういえば、この世の全ての生き物には神様が加護を与えていると言われている。
老婆の下で育ったクロの神なら魔導神が似合うよね。
「アタシ生前なら魔導神の加護だったけど、どうもクロは違う気がするわ」
「どうなんでしょうね、わかりますキョンシーさん?」
「うー?」
キョンシーさんは端っこでちょこんと座りながら、小さく首を傾げた。
うーん、やっぱり分らないか。
ていうか、どうしてボクはキョンシーさんと意思疎通出来るんだろうか?
なんだかボクの周りってこんなのばっかりだな。




