第179ターン目 治癒術士を 追いかけて
クレパスに取り残されたバッツ達、彼ら一行はフロストバードの対処に手間取っていた。
「ちぃちょこまかと!」
「うー!」
「後ろからもくるにゃあ!」
フロストバードはあざ笑うように頭上をとり、魔女の魔法を回避してしまう。
更に背後からは巨人がのっそのっそと近づいて来ているのだ。
「だーもう、あれって【巨人】よね? アンタ達でなんとかしなさい!」
「ちぃ、いくぞカスミ!」
「うー!」
クレパスに墜落した治癒術士のことで頭がいっぱいだが、カスミは真っ直ぐギガースへと突っ込む。
ほぼカスミの三倍はある高身長からギガースは棍棒を振り下ろした。
ズガァァン!
雪が爆ぜる、カスミは散弾のように迫る雪の塊を両腕で防いだ。
その後ろ、冷酷無比なニンジャが、ギガースの頭上から迫る。
「くらえ! はああああ!」
両手には槍を持ち、ギガースの首筋に突き刺した。
ギガースは筋肉の塊だ、これだけで易々と、ギガースは討ち取れはしない。
しかしカスミはその隙にギガースの足元まで接近する。
ギガースは棍棒を振り回す、ハンペイは再び離れるが、カスミはお構いなしだ。
「うー……うーっ!」
ギガースの足をネクロな腕が抱き込む。
彼女はギガースを持ち上げると、後ろに叩きつけた!
「!?!?!?」
ギガースも投げられた経験なぞないのだろう。
困惑のまま棍棒を振り落とし、そのまま彼女はもう一度ギガースを持ち上げ、反対側に叩きつける。
「うーっ!」
「トドメだっ! トアーッ!」
雪原にめり込むように大の字に倒れるギガース。
ハンペイは槍を振り回しながら、ギガースの心臓に向けて突き入れる。
ギガースは喀血、そのまま動かなくなった。
カスミは残心を決めると、直ぐにクレパスに向かった。
クレパス付近では未だフロストバードが倒せていない。
「アリアドネの糸よ、より糸を結び、我が敵を縛れ《捕縛の糸》!」
「ケケーッ!」
フロストバードの飛翔性能は高い、だが空中には竜人娘の姿もあり、アリアドネのより糸はフロストバードを捉えた。
「乾坤一擲であります! ヤーッ!」
上手く未動きできないフロストバードにフラミーは剣を全力で叩き込む。
フロストバードは一瞬で真っ二つになり、墜落していった。
「にゃあ主人にゃあ、どうするにゃ、皆で一斉に飛び降りるかにゃあ!?」
「落ち着けクロちゃん、リリーが飛び込んだんだ、助ける算段はあったんでしょう?」
気が気でないクロはあたふたと、今にもクレパスへと飛び込みそうな勢いである。
バッツはじっとクレパスの見えない底を凝視していた。
「勇者様、クレパスが気がかりで?」
「あ、フラ君お疲れ様、いやさ……これって意図的な分断かなって」
「意図的……ありえるわね、ダンジョンは魔王の意のままだとしたら」
つまり時間稼ぎされた、かもしれない可能性だが、彼らの顔色は悪い。
「じゃあ急いで追いかけるべきにゃあ!」
「とはいっても、これ深過ぎないー?」
「同感ね、光さえ届かないなんてありえない」
クレパスの底、バッツと魔女の見解は一致した。
「普通じゃないわね、間違いなく空間が歪んでいる」
「空間にゃあ?」
「時空魔法基礎理論、その初歩の初歩よ、私の魔法の鞄と一緒」
そう言うと魔女は腰にぶら下げている麻を編み込んで出来た魔法の鞄を叩いた。
時空魔法、一言でそう言ってもクロにはさっぱりだ。
まして魔法がそこまで得意でないフラミーやバッツは論外である。
魔女の怜悧な瞳は涼やかだが、どこか憂いがあり、彼女はボソッと呟く。
「時空魔法……か」
そうこうしていると、後ろからハンペイたちも合流した。
ギガースを討伐し、この後はどうするべきか。
「しょうがない、ここはお姉さんが裏ワザ使っちゃおう!」
「裏ワザにゃあ? なにをするつもりにゃあ?」
「時空魔法、時間と空間の連続性、空間は……曲げられる!」
彼女は七色の魔力を杖から放出すると、空間から色が脱色する。
時間と空間の関係性に矛盾が生じ、幾つもの色相が重なってしたのだ。
一行の誰もが驚くなか、魔法を使う魔女は、凄まじい処理計算を脳内で行い、ほんの一瞬で彼女らはその場から消失した。
「うにゃあ!? なにが起きて――」
声が出た、その時にはもう一行は地の底に降り立っていた。
魔女は疲れた顔で杖を肩に抱くと、説明をする。
「簡単よ、折り紙みたいに空間を山折り谷折りってしてね、転移したのよ」
「空間を折り曲げるってにゃあ……折り曲がるのかにゃあ?」
「曲がるわよ、重力だって空間を歪ませるじゃない、こんなの時空魔法理論の基礎の基礎よ」
数世紀では到底きかないであろう、時の大魔女だから為せる神秘に、クロも脱帽するしかない。
とはいえそのおかげでショートカットできた。
彼らはでこぼこした土塊の上から周囲を窺った。
「一本道でありますが……」
「気を付けてー、見えているものがきっと、すべてじゃない」
フラミーはゴクリと喉を鳴らすと、頷いた。
異常な気配はずっとある、それはまるで研ぎ澄まされたナイフのような殺意だ。
見ればカスミもずっと小さく震えている。
これは大魔王の気配か、それとも?
「キューイ」
カーバンクルは走り出す。
まるで気配もお構いなしに、ただ一本しかない道を走った。
「あっ、待つでござるカーバンクル殿!」
「行くしかないでありますな」
「にゃー」
一行はカーバンクルを追いかける。
バッツは魔女の横顔を覗きながら、彼女にある質問をした。
「なにか心当たりとかってある?」
「心当たりだぁ? ダンジョンなんぞこのカムアジーフ様が知るわけないでしょう!」
生涯をただ研究に費やし、晩年には時空魔法基礎理論を完成させた魔女カムアジーフ。
天才的頭脳を持つ反面、偏屈であり、好き嫌いが激しい。
そんな彼女がなんだか哀しそうな顔をしているのを、バッツは見逃さなかった。
「……偶然、よね?」
魔女の小さな呟き、バッツは無言でなにがあっても対処できるように心掛けた。




