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第177ターン目 サキュバスは 治癒術士を 殺せない

 ボクを助けてくれたリリーさん。

 しかし彼女の背中に生えるコウモリのような黒い翼は一体なんなのか。

 ボクは彼女の前で姿勢を正すと、まずその翼について質問した。 


 「リリーさん、背中の翼はいったい」

 「……私はサキュバスなんです」

 「サキュバス? って、夢魔で有名なあの!?」


 ボクは顔を真っ赤にした。

 サキュバスといえば、夢に現れて姦淫するというエッチな悪魔だ。

 サキュバスと一度でもエッチなことをすると、二度と目覚めないなんて言われている。


 「ど、どうしてサキュバスがボクを助けて……」

 「っ、私の目的はマールさんを確実に殺すこと」

 「……え? 殺す?」


 彼女はボクを見ようとはしなかった。

 ただ全身が怯えたように震えている。

 彼女はまるで現実を直視しないまま答えた。


 「貴方に接触したのも、貴方に協力して戦ったのも全部嘘、演技なんです」

 「…………」

 「で、でももう終わりよ、ここなら誰も邪魔しない、今から貴方を」

 「リリーさん」

 

 ビクン、彼女は背筋を震わすと、ボクは彼女の両手を掴んだ。


 「な、なんですかいきなり、命乞いなんて聞かないですよ」

 「こっちを見てくださいリリーさん」


 ボクは優しい声で言った。

 彼女は見ない、見ようとしない。

 ただ震えた声で、虚勢に満ちて。


 「絶対に嫌です」

 「そこをどうか」

 「嫌ったら嫌! なんなのマールさんは、いつもいつもいつだって優しくして!」

 「それはリリーさんが大切な仲間だからですよ」


 彼女は「え?」と不思議そうな顔で僅かにこちらに振り向く。

 赤紫色の瞳から大粒の涙が零れ落ちていた。

 ボクは涙をそっと指ですくうと、彼女に微笑みかける。


 「リリーさん、貴方がサキュバスという正体を晒しても助けたのはどうしてですか?」

 「そ、それはより確実に殺すため」

 「でもそれは落下でじゅうぶんでは? 随分回りくどいですよね?」


 彼女の手はずっと震えている。

 ボクは安心させるように手を優しく撫でた。

 彼女は顔を赤くすると、増々泣いてしまう。


 「う、うく、ひくっ、私は冷酷なサキュバスなんですよっ、魔王様の為に災いの芽を摘まないと!」

 「だったら泣かないで、リリーさん」


 恐らくボクが豊穣の剣を使えることを危惧したのだろう。

 それでリリーさんが派遣された。

 確かに第七層に入って割と直ぐにリリーさんと出会ったのは作為的だったのだろう。

 けれどそれにしては彼女はアドリブが過ぎる。

 安心させて、油断している内にって言うのは、筋としては理解出来る。

 でも回りくどい、二人っきりを狙っていたようだけれど。


 「リリーさん、ボクはそれを知ってもリリーさんをどうかしようとは思いません」

 「……それは、どうして? 私は敵です、魔物なんですよ」

 「でも仲間です。リリーさん言いましたよね、一緒に地上へ逃げようって、あれは嘘ですか?」


 第七層で透明の悪魔討伐の時、彼女はこんな弱音を吐いた。

 まさかサキュバスだとは夢にも思わなかったけれど、ボクはどうしてもリリーさんが嘘を吐いていたようには思えない。


 「嘘じゃ、ない……です。もし使命とか責任とかなにもかも放って逃げてくれるなら、私は一生サキュバスを隠してマールさんについていくつもりでした」

 「やっぱり、それは今でも変わらない?」

 「変わりませんよ! じゃなきゃ助けない! 私だって死にたくなんかない! 普通が欲しいの……ただ普通が」


 ボクはこれではいけないと、彼女を抱きしめた。

 彼女は一瞬ビクンと震えるが、大人しくなる。

 ボクは抱きしめたまま、彼女に優しく言った。


 「ならボクに協力させてください」

 「マールさん? なにを?」

 「ボクはサキュバスだろうと人間だろうと、リリーさんの善性を信じます。必ず地上へ連れて行きますよ」


 彼女はやっとボクを見てくれた。

 リリーさんには涙目は似合わない、リリーさんにはいっぱい笑ってほしい。


 「だから協力させてください」

 「マールさん、貴方は本当に……馬鹿です、大馬鹿です」


 それでも彼女はボクを強く抱きしめてくる。

 抱擁は長く続いた。

 興奮が収まってきたリリーさんが手を離すと、距離をとって座り込む。


 「つまりリリーさんは命令されたんですね?」

 「そうです、この階層にいる【リッチキング】に」


 階層主(エリアボス)リッチキングか。

 リッチとはアンデットの一種で、俗説では人間が自ら不死の存在になったものと言われている。

 基本的に極めて強大な魔力を持ち、かつ人間を遥かに超越する叡智(えいち)を持ち、不老不死だという。

 遭遇(であ)えば死だけが待つと怖れられる存在だ。


 「なら倒しちゃいましょう!」

 「え? マールさん、そんな簡単に」

 「でも倒しちゃえばリリーさん自由でしょ? そんな辛い顔をしちゃうくらいなら、自由になりましょうよ!」


 裏切り教唆、豊穣神の使徒としちゃやっちゃいけない行為な気もするけれど、ボクはリリーさんを救いたい。

 公正神の教義では裏切りを何よりも悪として扱っていたっけ。

 ボクって、公正神からすれば紛れもなく混沌の眷属か。

 それでもボクは豊穣神の治癒術士だ。

 リリーさんを守り、リリーさんを癒やし、リリーさんを救おう。

 神様でも救えないと言うならば、ボクが誓って救う。


 「リリーさん、貴方に豊穣神の祝福を」


 魔物に神はいない。

 だとすれば悪魔にもいないのだろうか。

 サキュバスの神はやっぱり邪神かな。

 でもクロの言では神様って基本仲がいいらしいし、豊穣神様の祝福を授けても大丈夫だよね?

 ……うーん、豊穣神様、ボクはボク自身は絶対裏切れません、ですから。

 どうかリリーさんを救うことを、お赦しください。

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