第176ターン目 クレパスが 治癒術士を 飲み込んだ!
黙々と進める大雪原。
吹雪は一向に止まず、皆の疲労も普段の三倍は大きく積もっているように思える。
かくいうボクも疲労に汗を掻き、それが冷気に晒され更に体温が奪われるという悪循環に苦しめられていた。
「ふぅ、ふぅ」
「マール、大丈夫?」
後ろを歩く魔女さんが心配げ声を掛けてきた。
彼女もまたとんがり帽子が真っ白に染まっており、お互い様のご様子だ。
ボクはなるべく笑顔を見せると元気を奮い立たせた
「なんのこれしき、音はあげられません」
「強がっても意味はないわ、不味いわね……このままじゃマールが倒れるわ」
「正直言えば雪中行軍がこんなにキツいとは思いませんでした」
ザク、ザクと足音は鳴り、厚く積もった雪は足元をすくう。
一歩足を上げるだけで、通常よりも体力を使うのだ。
吹雪も厄介だ、向かい風だと目も開けらないほどで、平衡感覚を狂わしてくる。
おまけにこの大雪原、なにもない。
「にゃー、同じところぐるぐる回っているんじゃないかにゃー?」
「……ない、とは言い切れないね」
こればっかりは先頭を歩く勇者さんを信じるしかない。
目印の無い状況では、斥候のハンペイさんでも目星が付けられないだろう。
「このままじゃ全員凍死か……あの魔王がそれで良しとするのかしら?」
「大魔王エンデの思惑……ですか?」
「奴は必ず直接決着をつけに来ると思うのよね、特にバッツには」
絵物語の題材にもなるほど昔、勇者バッツは大魔王エンデを征伐した伝えられている。
魔王の影とはいえエンデの怨念は凄まじいものだった。
勇者さんには執着していると言ってもいい、たしかに大魔王がこんな決着を望むだろうか?
「にゃー、だとしても状況最悪は変わらないにゃあ」
「クロちゃんの言うとおりね、やんなっちゃう」
テントを持たないボクたちは休憩することもままならない。
こういう時って魔女さんの知恵の出番なんだけれど、今回ばかりは良い案もないかなー?
「魔女さん、常冬の国ではどうやって暮らすのでしょう?」
「確かに木さえ生えない極寒の地、一体どうやって暮らすんだっけ?」
魔女さんはうーんと悩みだす。
だけど頭を前に傾けるととんがり帽子に積もった雪が。
「魔女さん、あぶな」
「わぷっ!」
ドササッと帽子の鍔から雪が落ちていく。
魔女さんは顔面に雪を受け、ブルブル首を振った。
「そうだっ! 思い出した氷よ!」
「氷、ですか?」
「氷ってね、熱を通し辛いのよっ、だから氷で出来た家って結構温かいのよね!」
氷で出来た家、なんとなく想像すると、スケスケなお家をイメージしてしまう。
プライバシーないなー、と頬を赤くして苦笑した。
「氷ですか、しかし辺り一面雪ばかりで」
「そんなことはないわ、雪の下には分厚い氷の層があるはずよ」
そう言うと杖を雪の中に突っ込む。
雪の下ですか、ボクが足元を見たその時。
「おーい、皆足を止めてー!」
勇者さんがなにか叫んだ。
よく聞こえる距離まで近寄ると、勇者さんは手を振って警告する。
「クレパスだ! 気を付けてー!」
「くれぱす? ってなんですか?」
ボクの目の前に小さな亀裂が地面に走っていた。
くれぱすのよく分からないボクは亀裂に踏み込むと。
ピシピシ。
「え? なんか亀裂が大きくなって」
「マル君やばーい!」
瞬間、まるで大地が裂けるように亀裂は広がり、ボクは亀裂に飲み込まれた。
「うわ、うわああああっ!?」
「マル君、ふんぬ!」
これがくれぱす、雪の下に分厚い氷の層があり、それが動いたのだ。
底は真っ暗なほど深く、ボクは心胆を冷やしてしまう。
ボクの命は、腰に巻いたロープがなんとか救ってくれた。
「待っててマル君、今助けるからー!」
「は、はいお手数おかけします」
勇者さんはロープを引っ張りボクを牽引する。
ボクは大人しくしていると、なにか下から強烈な冷気が昇ってきた。
「うぅ寒い、一体なにが……?」
思わず下を覗くと、なにかが上昇しながら迫っていた。
なにが? よおく注視すると、それは大きな鳥だった。
ケーンと甲高く鳴く真っ白い鳥。
「あ、これってやば……!?」
ボクは慌てて錫杖を構えた。
迫ってきたのはワシに似た魔物だ。
翼が凍っており、さしずめ【フロストバード】か?
フロストバードは一瞬で接近してくる。
ボクは錫杖で防御を構える、けれどフロストバードは翼でボクの命綱を断ち切ってきた。
途端、浮遊感がボクを捉えた。
フロストバードは勇者さんに襲いかかる。
「マル君!?」
「勇者さ――」
どんどん勇者さんが小さくなる、あぁこれは不味い。
勇者さんたちはフロストバードの対処が必要、誰もボクに手が出せない。
ボクは必死に歯を食いしばった。
今度こそ死んだかも、まさか落下死とか洒落にならないけど!
だけど、突然バサッという羽ばたくような音が聞こえた。
まさかフロストバードがこっちに来たのかと、目を開けると、急速に迫ってきたのはなんとリリーさんだった。
「リリーさんなんで!?」
「マールさん手を!」
リリーさんが手を精一杯伸ばす。
彼女の背には翼が生えていた、ボクは驚く間もなく彼女の手を掴んだ。
リリーさんはボクに抱きつくと、翼を広げて揚力を得る。
「落下速度が予想以上に速い、対衝撃に備えてください!」
「っ、豊穣神様、どうか!」
落下は止まらない。
やがて土塊の底が見えてくると、滑空しながらボクは背中を強く打ち付ける。
なんとか止まると、ボクは自分の無事を確認して安堵した。
リリーさんは起き上がると、ボクを見て胸を手で押さえた。




