第171ターン目 治癒術士争奪戦 第二幕
おかしな事態になっちゃった。
サキュバスのリリーはどうするべきか思案する。
アニマール公国の公王ヴラドがマールを略奪したのだ。
マールの暗殺を命令されているリリーには不味い事態である。
このままアニマール公国まで連れ去られたらマールの暗殺は不可能だ。
それだけは阻止しなければならない。
カスミとレミの戦いはややカスミに軍配が上がる。
だけどヴァンパイアの不死性は伊達じゃない。
なによりレミの闘志はいささかも衰えていないのだ。
だけど狼男レイリーが割って入った。
選手交代、ということだろう。
カスミは連戦するのか、いやフラミーが前に出てきた。
「レイリー殿でありますか、小官がお相手するであります」
「貴官軍人か?」
「ハッ、プローマイセン帝国フラミー中尉であります!」
プローマイセンという国の名前を聞くと、レイリーは目くじらを立てた。
アニマール公国は元々プローマイセン帝国の支配下にあり、相当の辛苦を舐めさせられた歴史がある。
三百年前にはヴラドが魔王と共闘し、蜂起したほどだ。
今やプローマイセン帝国は崩壊、散り散りとなった小国が現在を形成している。
今でも帝国の名前はアニマール公国にとっては縁起が悪いのだろう、とリリーは推測した。
「マール様は大切な方、簡単にくれてやるつもりはないであります」
「ククク、だが簡単にいくと思うなよ?」
フラミーさんは剣を構える。
真ドラグスレイブだ、美しい刀身が光を反射している。
対するレイリーはやはりカラテ、逞しい二の腕を上げた。
最初に動いたのはレイリーだ、狼の俊敏性で踏み込むと、蹴りを放つ。
フラミーは咄嗟にガード、不自然な重さにレイリーが訝しむ。
「くっ? 重い?」
「竜を舐めるなでありますーっ!」
竜人娘が見た目通りな筈はない。
フラミーは剣に炎を纏わせると、斬りかかった。
「【火炎斬り】!」
「ぐおおおおっ!?」
炎がレイリーの毛並みを苛む。
剣そのものは当たっていない、凄まじい動体視力だ。
だが炎はそれ自身が普通じゃない、竜の炎なのだから。
レイリーは素早く身体を振るうと、炎を鎮火する。
毛が少し焼き焦げているようだ。
「グルルル、やるな、ならばワシも本気を出さねばな!」
レイリーはもう一度飛び込む。
今度は拳を握り、正拳突きだ。
フラミーは片腕でガード、彼女の表情が僅かに歪む。
「ククク、レイリー様はヴラドカラテの師範代、毎年ヴラドカラテ大会重量級上位入賞の実力を知るがいい」
後ろから傍観するレミの呟き、リリーは大会があるんだと呆れた。
ともあれレイリーのヴラドカラテは強烈。
フラミーも易々と手が出せない。
「イヤーッ!」
更に蹴り、フラミーは身体をくの字にして吹き飛ぶ。
が、翼を広げると彼女は飛び上がった。
「やーっであります!」
フラミーは剣を両手に構え、唐竹割りの要領で剣を振り下ろす。
レイリーは素早く横に回避、そのまま回し蹴りを放った。
「イヤーッ!」
「あううっ!」
実力ではレイリーに分がある。
フラミーが弱い訳ではないが、レイリーは戦巧者だろう。
だが追い込まれれば追い込まれるほど、フラミーの瞳は爛々と輝き、竜の気配を濃くしていく。
「ふぅ、ふぅ、強いであります、だからこそ燃えるであります!」
「こい! もっと血を滾らせろ!」
「やあああ!」
剣を振るう、しかし当たらない。
フラミーはそれでも剣を振る。
レイリーは的確に蹴りを放ち、フラミーをいたぶる。
「あああ、フラミーさん、もう」
「ククク、レイリー相手にむしろよくやる、アイツは我の次に強い」
マールさんはもう見ていられないという表情だ。
そんな姿を見て、フラミーがじっとしていられるだろうか。
「小官は勝つでありますーっ!」
自分を鼓舞して、マールを元気づけて、彼女の甲斐甲斐しさがその瞬間を結んだ。
ピッと、レイリーの頬が切れる。
フラミーの剣が触れたのだ。
驚いたのはレイリーだった。
動体視力には絶対の自信があったのだろう。
「貴様、俺の顔に……?」
「ウフフ、アハハ、当たったでありますな」
「チィ、まぐれはもうない!」
「どうですかな!」
フラミーはそこで竜の息吹を放った。
意表を突かれたレイリーは動きを止めてしまう。
だけど完全な熱耐性を持つ竜人娘は別だ。
炎の中に飛び込むと、剣を突き入れた。
レイリーは身体を大きく捻る、胸が僅かに抉れるが、致命傷だけは避けた。
「……フラミーの強いところって、あの成長性よね、乾いた砂が水を吸収するような速度で成長しちゃう」
「それは竜人娘だからでござるか?」
「竜人としての身体は最初から完成しているでしょう、だからこれはフラミー自身の成長ね」
魔女カムアジーフとハンペイがフラミーを論ずる。
リリーにとってはまだ見知らぬ人。
フラミーもまた、危険な力を持つ存在だと危惧する。
燃え盛る火炎の中で、それでもレイリーは闘志を絶やさない。
それこそ窮地をまるで愉しんでいる。
「グルルル、まさにドラゴン、だが!」
レイリーが飛び込む、ただし今度は当たらない。
狼男は素早く狼に变化すると、フラミーの後ろに回った。
フラミーの反応が遅れる、レイリーは狼の姿のまま背中に体当たりした。
「きゃあっ!?」
「ワオーン!」
レイリーはフラミーの尻尾に噛み付くと、そのまま振り回す。
凄まじい膂力、フラミーは反撃できない。
勢いづけてフラミーを投げ飛ばすと、フラミーは石畳を何度もバウンドした。
そのままレイリーはフラミーに噛みつきにかかる……しかし。
「喉元噛み砕いてくれるわ!」
「つぅ、変身でありますか、ならば小官も!」
フラミーの身体が赤く発光する。
何が起きた、誰もが驚く中、レイリーは突如巨大な鉤爪に掴まれていた。
「なんだこれは、一体なにが!?」
「【竜変身】であります」
赤き竜へと変身したフラミーさんはレイリーを持ち上げた。
ドラゴンの黄色い瞳に睨まれたレイリーは顔を真っ青にする。
まさか竜人娘が本当に竜になるとは思ってもいなかったのだろう。
勿論知らないカムアジーフたちも驚いていた。
「呆れた、完全にレッドドラゴンじゃない」
「げに恐ろしきはダンジョンですな、あの力フラミー殿は使いこなしているのであろうか?」
「大丈夫じゃない? 私たちが戦ったドラゴンとは気配が違うわ」
フラミーはレイリーをつまみ上げる。
レイリーは狼男に変身すると、両手をあげた。
「降参だ、降参!」
フラミーはレイリーから手を放すと、変身を解いた。
「むぅ、さしものレイリーでもドラゴンが相手ではな」
「ドラゴンは人類が単独で戦えるような相手ではありませんからね」
ヴラドといえど、ドラゴンは恐れるのか。
マールは慰めるように言う。
ザッ、最後にヴラドの前に立ったのは勇者さんだ。
「ヴラド、マル君は返してもらうよ!」




