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第170ターン目 治癒術士争奪戦 第一幕

 イケオジに求婚された。

 何を言っているんだと、自分の耳を当然疑ったが、イケオジヴラドさんは至って大真面目に。


 「我はそちに与えられるもの全てを与えよう! だからどうか我に!」

 「お断りします」


 やっぱり間違っていませんでした。

 ボクの周りはなんだか静まり返り、ブツブツ後ろから呟きが聞こえてくる。


 「イケオジとショタの婚姻……アリね」

 「カムアジーフ殿、しかし男同士ですぞ?」

 「あらハンペイの国は遅れているのね、それくらい普通じゃない」

 「うー」


 なんだか勝手なこと言われているなぁ。

 ボクは改めてヴラドさんに謝意を表すため、頭を垂れた。


 「ごめんなさい、ボクは男ですから、そういうのは」


 しかしこのイケオジときたら。


 「性別の壁など我らヴァンパイアは超越している、なにが問題あろうか!」

 「無茶苦茶言っているって自覚あります!?」


 ボクはもうどうしようもなくツッコむ。

 とにかく無理なものは無理だ。


 「そもそも結婚とは、もっと大切な方とするべきでしょう、ボクは貴方をご存知ありませんし」

 「ならば、ぜひ我が国に迎え入れたい! そちが望むなら我が国に豊穣神の神殿も建立しよう!」


 そう言うとイケオジはボクの手を取ってきた。

 思わずドキリとしそうな耽美な笑顔で、彼はボクを誘惑する。

 ボクは駄目だ駄目だと、首を振った。

 女性だったら、ちょっと危なかったかも知れない。


 「あの、駄目ですから、お誘いは光栄ですけれど、ボクはしがないただの治癒術士ですし、そういうのは」

 「ほらほらー、手を離しなよ」


 勇者さんがヴラドさんの手を掴むと、ボクから無理矢理剥がす。

 ムッと目くじらを立て、ヴラドさんは勇者さんを睨んでいる。

 二人には剣呑とした事情があるのはわかる……けれど。


 「ふん、バッツよ、そんなにこの子が恋しいか?」

 「そう言う方がズルいと思うなー、マル君は大切な仲間ですからー」

 「ふん、薄汚れた彷徨う鎧の(くせ)に」

 「……はぁ、もういい加減しなさい!」


 ビクン、とイケオジと勇者さんが同時に震え上がった。

 ボクはなるべく笑顔で二人を見る。


 「守り、癒やし、救い給え……言いですかふたりとも、ボクは治癒術士です、助けを求めれば助ける、それがボクの使命です」

 「う、うむ……」


 ヴラドさんも目を丸くして頷く。

 だからこそボクは毅然として、彼を否定する。


 「だから結婚はしません、ボクが御心を捧げるならば豊穣神様にこそですから」

 「ぐ、ぐぬぬぬ……手強い」

 「陛下、もう諦めてお国帰りましょう?」


 狼男レイリーさんは、辟易(へきえき)した様子で進言する。

 ちらりとこちらに視線を向けると、「本当にすまない」という謝意が篭っていた。


 「ぬぅならば仕方あるまい、力ずくで奪うまで!」

 「どうしてそうなるんですかっ!?」


 ヴラドさんは外套を(ひるがえ)すと、無数のコウモリが出現する。

 目の前が真っ暗になるほど現れるコウモリにボクは顔を両手で守った。

 だけど、目の前にはヴラドさんが迫る。

 彼は大きな腕でボクを捕まえると、そのまま強引に抱き寄せた。


 「わわぁっ!?」

 「フハハハ! 我の勝ちだバッツ! この子は我がいただく!」

 「ヴラド! そこまで堕ちたのかー!」


 勇者さんはコウモリを払いながら叫ぶ。

 だがヴラドさんには響かない、元よりヴァンパイアキングの思考は人族とは大きく異なるように。


 「さぁ口付けを、我が愛しきものよ」

 「え? 嘘……ヤダーッ!」


 ボクは激しく抵抗する、このままでは(みさお)まで奪われちゃう!

 ヴラドさんは強引に顔を近づけてくる。

 ボクは男性に興味はありませんからー!


 「うー!」


 不意に黒いなにかが矢のように飛び出してきた。

 言わずもがなカスミさんだ。

 カスミさんは拳を握ると、ヴラドさんに殴りかかる。


 「ぬぅ!?」

 「陛下後ろへ!」


 秘書官が前に出てくる、カスミさんの正拳突き、それを秘書官は【回し受け】で受け流した。


 「う!?」

 「夜の眷属が、陛下に手を出そうとは万死に値する、ヴラドカラテの錆にしてくれる!」


 ずっと静かだった秘書官さんが初めて見せた顔だった。

 まるで憤怒、美しい美顔が鬼のように恐ろしく変貌する。

 カスミさんはネクロな表情で構える。


 「ふむ、レミよ、そやつ出来るぞ、油断するな」

 「ハッ陛下」


 なんだか勝手に戦いが始まっちゃった。

 すべてはボクの為に、ボクのせいで。


 「ッ、カスミさん頑張れー!」


 ボクはもう仲間を信じるしかない。

 残念ですが、ボクはヴラドさんの抱擁から逃れる術がない。

 このままじゃ何をされても抵抗できないだろう。

 だったら賭けるしかない、仲間たちに。


 「イヤーッ!」


 独特の掛け声で正拳突きを放つレミさん。

 カスミさんは掌底で弾く。

 だが左からレミさんの貫手(ぬきて)がカスミさんの眼球へと迫る。


 「うーっ!」


 しかしそれを頭一つ分後ろに下がり回避、そのまま二人は乱打戦に入った。

 レミさんの圧倒的な暴威に対して、まるで風のようすり抜けるカスミさん。

 さながらラリー戦のように二人の拳が交差する。


 「イヤーッ!」

 「うー!」


 凄まじい拳の応酬だ、少しでも油断すれば、一瞬で決着がつくのではないか。


 「ほうレミは黒帯の中でも上位、あの攻めに対応するか」

 「カスミさんはニンジャですから、すっごいんですよ!」


 ニンジャと聞くとヴラドさんは顔色を変えた。

 だが正直ボクは心臓がヒヤヒヤだ、勝負は五分と五分、それほどレミさんは手強い。


 「ニンジャ、極東の神秘か、ならばまだ隠し技があると見た」

 「えっ?」


 ヴラドさんは獰猛に微笑む。

 まるでそれを楽しみにしているかのように。

 一方戦況はというか、動きがあった。

 カスミさんの頬にレミさんの拳が触れる。

 いや、触れてはいない、ただ拳圧に表情が歪んだのだ。

 レミさんはニヤリと笑うと、踏み込む。

 そのまま全力で叩き込むため。

 ジリ貧のカスミさん、どうするのか。


 「……カスミ、シノビの教えとはなんぞ!」

 「うー……!」


 カスミさんの背後から事態を静観していたハンペイさんが発破をかけた。

 兄の言葉にネクロな表情が僅かに変わる。

 瞬間、カスミさんはその場でブリッジ姿勢でレミさんのカラテをかわす。

 致命的隙を晒した、だが直ぐにレミさんは足を振り上げ、ブリッジ姿勢のカスミさんの腹部に振り下ろす。


 「見よこれぞヴラドカラテの技術(アーツ)、【踵落とし】だ!」


 強烈な踵落とし、ブリッジは虚しく決壊するのか……否、耐えた!

 なんとカスミさんは微動だにしない、強固なブリッジ姿勢は上からの衝撃に強い。

 それどころかカスミさんは腹筋で蹴りを跳ね返す。


 「なに!?」

 「うー、うーっ!」


 決断的に足に力を溜め込むカスミさんは、そのまま足を振り上げた。

 天地逆さまに成る蹴り上げ、【サマーソルトキック】だ。


 「ンアーッ!?」


 反撃を貰い、レミさんは浮かび上がった。

 動けない、だがカスミさんは情け容赦なく飛び上がる。

 レミさんを背後から羽交い締めにすると、頭を下に急降下する。

 その技は兄のハンペイの得意技(フェイバリット)


 「いけー! カスミさんー! モズ落としだー!」


 ズドォンと、フロアが震動するほどの衝撃。

 カスミさんは地面にぶつかる直前に飛び上がり、レミさんは砕け散った地面に倒れていた。


 「ほお? あれがニンジャのアーツか、レミにはちと荷が重かったか」

 「あのお願いがあります、彼女を治療させてもらえませんか?」

 「そちがレミを? ふふ、優しいのぉ、だからこそ尊く愛おしいものよ」

 「あの、ですからどうか手を」

 「だが問題ない、レミは我が血の眷属、ヴァンパイアはこの程度では屈しない」


 えっ? と驚くも、なんとレミさんそのまま立ち上がった。

 青い血が口元から垂れているけれど、まだ戦えるんじゃないのか?


 「ペッ! 恐るべき東洋の神秘、ですがヴラドカラテの真髄はまだここからだ」

 「……うー」


 二人の女性は構える。

 なんてことだ、こんなタフなのかヴァンパイアって。


 「我の【特殊能力(スキル)】に自動再生がある、レミの自動再生は我ほどではないが、あの程度のダメージならば直ぐに回復するというもの」

 「ズルいなー、ヴァンパイアってずるい」

 「制約もあるのだ、特に日の下に出られん」


 ヴァンパイアは光に弱い?

 ヴラドさんほどのヴァンパイアが陽を嫌うってのも、なんだか変だけれどその特徴は【死を超越せし者(アンデット)】に似ている。

 ヴァンパイアとキョンシー、似た者同士が戦っているのか。


 「……ふぅ、レミよ、少し下がれ、親衛隊長にも見せ場を残せ」

 「レイリー様?」


 狼男のレイリーさんが割って入る。

 一体全体、このボク争奪戦は、どうなっちゃうの?

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