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第168ターン目 ミルメコレオの 騙し討ち

 ディーファーさんと別れた後、ボクらは冒険を再開した。

 事前に階段の位置はディーファーさんから聞き、後はそこを目指すだけ……なんだけれど。


 「うー!」


 早速カスミさんが警戒しだす。

 場所は狭い通路内だ、周囲を石の壁に囲まれ、敵の姿は見えない。


 「敵に警戒を!」

 「警戒ったって、こんな狭っ苦しい場所で!?」


 後ろを警戒しながら魔女さんが愚痴(ぐち)る。

 ごもっともだけれど、カスミさんの探知に疑う余地はない。

 必ずくる、これまでの積み重ねは証明している筈だ。


 「前後じゃない? 上……それとも、まさか下!?」


 真下を見た瞬間、ボクの足元が崩れだす。

 石畳だと思っていた地面は擬態で、アリジゴクに似た虫型モンスターが大きな顎を拡げて、ボクを捕食しようとしていた。


 「【ミルメコレオ】だ!」

 「マール様!」


 フラミーさんは飛び上がる。

 かなり狭いけれど、天井に張り付きボクの腕を(つか)んだ。

 そのまま彼女に引っ張りあげられると、ハンペイさんが槍をミルメコレオに突き立てる。


 「面妖な魔物め、覚悟!」

 「ギシャアアア!」


 ミルメコレオは抵抗する、だが直後火の玉がミルメコレオを焼き尽くす。

 魔女さんの追い打ちだ、彼女はつまらなさそうに溜息(ためいき)を吐いた。


 「まったく、所詮擬態するだけのモンスターか」

 「カム君油断しちゃ駄目だー!」


 「え?」と魔女さんはキョトンとした刹那、炎上するミルメコレオの背中がぱっくり開くと、中から新たな魔物が飛び出す。

 トンボに似た二対の羽で高速飛翔するモンスター【ドラゴンフライ】だ!


 「ビビビ!」


 ドラゴンフライは羽から真空波を飛ばす。

 ボクは咄嗟に魔女さんのタテになり、聖なる壁を展開した。

 真空波は聖なる壁に当たると、弾け飛ぶ。


 「あ、ま、マールありがと」

 「いえいえ、とはいえあんな魔物もいるなんて」


 勇者さんはドラゴンフライを後ろから一刀両断、ボクはまたなにか出てくるのじゃないか警戒したが、幸い次はないようだ。

 それにしても見たことのない魔物だけれど、勇者さんよく知っていたな。


 「勇者さん、ミルメコレオとは?」

 「砂漠の方の地方の魔物でねー、ピラミッドっていうお墓の中で遭遇したことがある」

 「んー、そういえばミルメコレオって、聞いたことあった気がするわね、あぁ思い出したアントライオンだ」

 「【蟻獅子(アントライオン)】ですか?」


 魔女さんは知識の宝庫だけれど、魔物には疎いところがある。

 けれどその知識の引き出しは仲間内でもトップだ。

 しかしアントライオンとはなんなんでしょう?


 「にゃあアリなのかライオンなのか、どっちにゃあ?」

 「本で見たのよ、アリの身体で頭がライオンって魔物」

 「面妖な(ぬえ)(たぐい)か?」


 鵺という魔物も知りませんが、ハンペイさんの住んでいた極東には似た魔物が生息するのでしょうか。

 世の中には不思議な生き物がいます、でもミルメコレオとアントライオンになんの関係が?


 「カムアジーフ様、そのアントライオンとミルメコレオにどういう関係が?」

 「なんかさー、ミルメコレオをアントライオンっていう翻訳がされてたのよー、変な生き物だなーって記憶していたけど、真相はこれなのね」


 もはや物言わぬ死体となった魔物を見て、魔女さんは感心する。

 世界は広い、いろんな魔物もいるし、言語も様々なんですね。


 「うー……!」

 「あの……皆さん、カスミさんがまだ唸っていますが?」


 リリーさんはやや慌てたような様子でカスミさんを指摘する。

 まだ終わっていない……その直後。


 ブブブブブブ!


 強烈な羽音が狭い通路内を木霊する。

 ボクはギョッと顔面を蒼白にした。

 後方から大量のドラゴンフライが飛来してきたのだ。


 「わああああ!? 大量に来たー!」

 「主人逃げるにゃあ、あの数は付き合いきれないにゃ!」


 数は十、いや二十、三十、数え切れない!

 狭い通路にひしめき合うドラゴンフライ。

 まさかと思うが、仲間呼びでもしているのか。

 ともかく、退避だ、ボクたちは直ぐに狭い通路を走りだす。


 「念の為、勇者さん最後方お願いします、ハンペイさんは最前列で前方の警戒を!」

 「オーキードーキー!」

 「畏まる!」


 隊列を速やかに反転させると、ボクは錫杖を握り込み、いつでも対応出来るように構える。

 ドラゴンフライは後方から火の息を放つ。


 「うそぉ! 虫なのにブレス攻撃!?」

 「まさにドラゴンなフライねっと、纏めて消し飛べ《風刃の嵐(テンペスト)》」


 魔女さんは走りながら大魔法を詠唱する。

 魔女さんの杖から現実を改変する魔力が発生し、その場に嵐が発生する。

 ドラゴンフライの多くは嵐に飲み込まれ、羽をズタズタに引裂き、墜落していくが、それでもまだまだ数が多い。

 ボヤボヤしていたら、さらなる魔物が血に誘き寄せられる。

 ここはもう第七層、まともじゃいられない魔物の坩堝(ミックスボウル)なんだから。


 「ブブブ!」


 一匹が突出する。

 勇者さんは盾を構えながら的確にパーティを守るけれど、その防空網を突破された。

 ボクは直ぐに魔法を唱えようとするが、間に合わない。

 ドラゴンフライはリリーさんを足で掴み、持ち上げた。


 「きゃあ!? この!」

 「リリーさんから離れろー!」


 ボクは錫杖でドラゴンフライの頭を叩く。

 ドラゴンフライは咄嗟にリリーさんを離すと、カスミさんの蹴り上げがドラゴンフライを天井に叩きつけた。

 憐れ天井の染みになったドラゴンフライに追悼する間もなく、ボクはリリーさんの容態を診た。


 「リリーさんお怪我は」

 「は、はい幸いにも怪我はなく」


 リリーさんは顔を()()にして小さく頷く。

 それを見た魔女さんは露骨に舌打ちする。


 「チッ、見せつけてんじゃないわよ、アンタも手伝いなさい!」

 「あ、は、はいっ! 深淵なる闇よ、あらゆる力場を引き寄せ噛み砕け《事象の地平線(シュバルツシルト)》!」


 リリーさんの詠唱する強大な闇の魔法は、重力場を乱し、ドラゴンフライの大半を闇の中心へと吸い込み圧縮していく。

 大半を飲み込むと、闇は消えた。

 ドラゴンフライは七割を消失すると、後は僅かだ。


 「この先に広いフロアがあります、そこで決着をつけましょう!」


 ボクはそう指示すると、全力で通路を駆け抜けた。

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