第167ターン目 地上目指す者 地底を目指す者
コテージへと戻ったボクたち。
改めてボクはディーファーさんと向き合う。
「お前たちはさらなる深層へとむかうのだな」
「はい、そして魔王エンデを討ちます」
ディーファーさんは「ううむ」と表情を険しくする。
ボクは不可能じゃないと信じている。
仲間の皆が力を合わせれば、ダンジョン制覇は不可能じゃない。
「おれは第八層までは行ったことがある」
「え? 第八層はまだ未確認では?」
冒険者ギルドでの公表では到達最大下層はここ第七層だ。
正直第七層を人類は殆ど調べられていない。
危険な魔物や理不尽なトラップがずっと阻んできたから。
だが実際は第八層に人類は到達していた?
「それならなんで第七層に戻ったの?」
魔女さんも気になり質問する。
逞しい腕を組むと、ディーファーさんは少しだけ思い出すように語ってくれた。
「あれはおれがこの金勲をいただいて直ぐの時だった、上級冒険者として破竹の勢いのまま第七層を突破したのはいいが、第八層は吹雪でなにも見えない極寒の世界だった」
「吹雪、ですか?」
「世界は真っ白に染まっちまって、なにも見えやしない、あたりは魔物の気配がして、トドメにおれは吹雪の奥で異様なものを見た」
ごくり、ボクは喉を鳴らす。
一体ディーファーさんは何を見たんだ。
「ホワイトアウトする視界の奥、おれはローブを纏った人の気配を感じた、おーいと声をかけると、そいつは振り返ったんだが、髑髏がこっちを見た、その瞬間おれは逃げ出した、あいつはやばいと」
「髑髏……アンデットかしら?」
「わからん……ただ奴からどす黒い邪気のようなものを感じたんだ」
それで第八層突破を断念したのか。
その後の顛末はボクらの知るとおり、透明の悪魔と遭遇し、仲間を全員失ったのだね。
「第八層はかなり厄介だぞ、なにせなんの知見も存在しないのだ」
「そうですね、魔物辞典すら頼りにならない」
それは原初の冒険者がやってきた偉業への挑戦に他ならない。
なにがあるかわからないダンジョンを開拓した偉大な冒険者たちはどんな思いで挑んだのだろう。
ボクたちは攻略本があるから、やっていける。
でもここからはその血のマニュアルすら存在しない。
恐怖だ、きっとボクの顔は青く染まっていることだろう。
それでもボクはギュッと錫杖を握ると。
「偉大な挑戦です、ならボクは、その偉大な一歩に足跡を残しましょう」
「マール君、君は立派な上級冒険者だ、そして君はきっと大英雄の一人になるんだろう」
「ボクが、そんな大それた」
「おかしなことがあるか、おれは今でも冒険者では最上級だと自負がある、だがそんなおれでも第八層には勝てなかった」
上級冒険者、文字通り全冒険者が羨望の眼差しを向ける冒険者の上澄み。
ボクがその上澄みに?
やっぱり実感はないや。
だってボク自身はやっぱり弱いから。
きっと地上に戻ってもう一度一からやり直しても、やっぱり弱い治癒術士はいらないって言われるんだろう。
「ディーファーさんは一度地上へ戻るんですね」
「あぁ、だが冒険者は続けるつもりだ」
おそらくディーファーさんの冒険者資格は既に失効している。
冒険者になるなら、別の街で最初からになるだろう。
でもディーファーさんの実力なら直ぐにでも実績を上げて、上級冒険者に戻ってくるだろうな。
「あのマールさん」
「リリーさん、どうしました?」
突然横からリリーさんが声をかけてきた。
彼女は豊満な胸に小さな手を置くと。
「私もマールさんの冒険に加えてもらえないでしょうか?」
「え……リリーさん、地上に帰るチャンスですよ?」
ディーファーさんは地上へと帰るなら、リリーさんを連れて行ってもらうつもりだった。
リリーさんの冒険者仲間が今どこにいるかわからないけれど、敗走したのなら地上へ帰還した可能性が高い。
なら仲間と一先ず合流を目指すべきだと思うけれど。
「理由を聞かせてもらっても?」
「その、地上の憧れはありますけど、それよりマールさんと一緒に冒険したいんです」
冒険とは難儀なものだ。
リリーさんは目頭を真っ赤にして、思いの丈をぶつけてくる。
ボクは俯くと思案する。
彼女は冒険者だ、なら決まりじゃないか。
「わかりました、一緒に行きましょう」
リリーさんは一気に顔を綻ばせる。
それを後ろで見ていたフラミーさんは小さく手を上げた。
「あのー、そろそろ紹介いただきたいのでありますがー?」
「あぁフラミーさん、新しい仲間と自己紹介まだでしたね」
フラミーさんが一時離脱してから、カーバンクルにリリーさんと出会ってきた。
ボクは軽く説明すると、フラミーさんは渋々納得していた。
「むぅ了解したであります」
「なんか納得いってないみたいにゃあ、どうしたにゃあ?」
「あんな破廉恥な女子がマール様に親しげにするなど、健全とは……ううむ」
ボクは苦笑する。
相変わらず体育会系と言うか、風紀を意識している。
心配しなくても健全な関係ですけれどね。
「それじゃあボク達はもう行きましょうか」
「うむ、再び再会出来ることを望もう」
「はい、こちらこそディーファーさんには豊穣神の加護を」
こうしてボクはディーファーさんと別れた。
§
ディーファーは背中に大きな箱を背負って歩き出す。
箱には三人分の遺骨が入っていた、言わずもがなディーファーの仲間の遺骨だ。
マールによって魂は天へと還された。
だがまだスケルトンにならないとは限らない。
だからこそ、今度こそ、ちゃんとした墓へと持っていこう。
「マール君、君は自身を過小評価する癖があるようだが、それは間違っている、君は真の勇気あるものだ、勇者マールに栄光あれ」
彼はそう呟くと、階段を目指すのだった。




