第165ターン目 竜人娘との 再会
ガサッ、ガサガサガサァ!
「……うく!?」
ボクは斜面を転がっていた。
透明の悪魔に投げ飛ばされ、運悪く急斜面になっていたのだ。
木や岩が身体に激しくぶつかる。
痛い、泣いちゃうほどだけれど、ボクは錫杖は手放さなかった。
やがて、ボクは宙を跳ねるとバシャァァン! 水面を跳ねて、川に投げ込まれた。
「がぽ、がぽぽ!?」
水面に叩きつけられた衝撃に、ボクは息を思いっきり吐いてしまった。
痛い、でもそれよりも苦しい。
天地が逆さまになって、意識が微睡んでいく。
流れがある、ボクは水面に沈みながら流されているのが理解できた。
急いで脱出しないと、だけどボクの手足は動かない。
錫杖は、右手を離れていた。
(案外これで終わりなのかな?)
ボクは死ぬんだろうか。
やっぱり冒険者って安い命だ、ボクみたいな下級冒険者が無理や無茶を通した結果だろう。
あぁでも、ディーファーさんは無事だろうか。
今はディーファーさん、リリーさん、仲間の皆の方が心配だった。
ボクが死んだら悲しむかな、魔物に生まれ変わっても仲良くしてくれるかな?
死ぬのは嫌だ。
でも身体が言うことを聞いてくれない。
徐々に視界が真っ暗になる。
意識が落ちれば……その時が最期だろう。
彼が最後に捉えたのは、緋色のドラゴン?
§
パチパチ。
火が弾ける音、ボクはその優しい音に気付くとゆっくり意識を覚醒させる。
瞼は……開く。
ゆっくり目を開けると、見えたのは焚き火の火だった。
ボクは身体が動くことに気付くと、周囲を窺う。
鬱蒼とした森の中、周囲は見覚えがあるようで、見覚えがない。
どうして助かったのか、疑問に思うと、森の奥からある声が返ってきた。
「マール様、お目覚めでありますか!」
甲高くよく響く声。
紅い角に、大きな尻尾、そして背中から生える翼。
竜人の女性は朗らかな笑顔で駆け寄ってくる。
両手には薪が握られており、丁度焚き火の燃料を集めていたようだ。
「……フラミーさん?」
「ハッ! 遅ればせながら不肖フラミー中尉、マール様麾下へと合流を果たさんと馳せ参じたでありますっ!」
ボクは目頭が急激に熱くなると、泣き出してしまう。
「うわぁぁぁぁん、フラミーさん、本当にフラミーさんだぁ」
「わわっ、そんなに泣いてくれるとは、ちょっぴり小官も驚くであります」
安心、そして喜び、安堵。
色んな感情が綯い交ぜのまま、ボクはわんわんと泣く。
まだ死んでいない、最後に見たのは空を飛んで駆けつけてきたフラミーさんだったんだ。
「グスッ、それじゃあ剣は打ち直したんですね?」
「はい、これが我が家宝【真・ドラグスレイブ】であります!」
腰に差していた鞘から剣を抜くと、美しい刃紋が輝く。
豊穣の剣にも劣らない、真っ白な刀身の剣だ。
「それが打ち直したドラグスレイブですか」
「シュミッド殿には本当に感謝であります、徹夜までさせてしまい」
徹夜まで、そんなに急がせてしまったのか。
逆に言えば、もうフラミーさんと離れてそんなに経つのか。
ダンジョンの中は時間間隔が曖昧だ、ボクたちのダンジョン攻略はまだそんなものなのかも知れないな。
「しかし川を流れているマール様を発見した時は驚いたであります」
「あっ、そうだ。皆は?」
「まだ見ていないであります、ダンジョンはやはり広いでありますな」
この第七層は第六層と比べるとあまり天井が高くない。
空を飛べるフラミーさんからしたら第六層はラクラク突破しただろう。
だが第七層ではあまり飛行できるメリットはない。
「察するに川辺でしょうか?」
「はい、あまり目立つと魔物が鬱陶しいでありますから」
そうか、ボクが気絶している間フラミーさんは一人でボクを守ってくれたんだな。
やっぱり頼れる人だ、増々感謝しないと。
「フラミーさんが帰ってきたのなら、皆喜びますね」
「小官をそんなに……小官、これからも粉骨砕身の勢いで頑張るであります!」
「うんうん、元気いっぱいだ」
ボクはまだ痛む身体を動かす。
フラミーさんは慌てて駆け寄ってきた。
「痛た……」
「まだ動くのは得策ではないであります、小官の治癒はあまり効果が強くありませんから」
生粋の治癒術士ではないフラミーさんの信仰心では限度がある。
ボクは痛みに涙目になりながら苦笑した。
「むしろなんとか動けるようにしてもらえて感謝します」
「そんな、もっと速く駆けつけられれば、そもそもこんな問題は」
ああだったらいいのに、こうだったらいいのには、言いっこなしだ。
ボクら冒険者はあるがままを受け入れ、対処するしかない。
とりあえず自身の治療をしないと。
錫杖は……まーた、紛失しているし。
多分川に落とした、あーあ、どうするのこれ?
「しょうがありません、己の心の力を信じるとしましょう。《治癒》」
ボクは両手を握り、目を閉じて己の心から奇跡を捻り出す。
ごっそり精神力を失うが、ボクの身体は淡い光に包まれ、全身を治癒していく。
「はふぅ、やっぱり疲れますね」
「す、すごい……なんなのですか今のは、まるで大治癒であります!」
公正神系の使う白魔法には【大治癒】という上級魔法がある。
ボクはランクアップしたらしいから、ただの治癒でもそれだけ強化されたのだろう。
本音を言えば新しい魔法が欲しいけれど、ダンジョンに流石に豊穣神の神殿はないし、無いもの強請りだろうねぇ。
「ふふ、ボクも男ですから、やる時はやるんですよ?」
「可愛いでありますね」
「可愛い!? 格好良いではなく!?」
ボクはちょっとだけショックを受けてしまう。
低身長小柄女顔、ボクは可愛いとは散々言われてきたけれど、やっぱり現実は手厳しい。
どうやったら男らしくなれるんだろう。
「じょ、冗談でありますよ、冗談!」
「うぅ、男らしくなりたい」




