第164ターン目 死闘 復讐の決着
「わあああああっ!?」
マールが投げ飛ばされた。
ガサガサと鬱蒼と茂る森の奥に投げ飛ばされると、そのまま転がっていく。
ディーファーは救助するにも、その余裕はなかった。
透明の悪魔は今も彼を殺す為だけに、殺意を放っている。
「うおおおお!」
必ず助ける。
彼はもう仲間と呼べる者を失いたくはない。
だからここで透明の悪魔を仕留めるのだ。
彼は透明の悪魔の両手を掴むと、そのまま膂力比べに入った。
膂力は五分と五分――いや、気迫の分ディーファーが押している。
透明の悪魔を押し込み、巨大な樹木に叩きつける!
スラム! 透明の悪魔が怯んだ。
ディーファーは拳を握ると、殴りかかる。
だが透明の悪魔は屈み、下からディーファーを殴り抜けた。
「ぐふっ!」
「ガアアアアッ!」
透明の悪魔は位置をディーファーと入れ替えると、一気に反撃する。
彼の顎を掴み、樹に後頭部を打ち付ける。
ディーファーは脳を揺らされ、立っていることができない。
このままではまずい、透明の悪魔は鉤爪でトドメにかかった。
「く、そぉ……!」
ディーファーは満足に動けない、このままでは首を掻っ切られるか、心臓を抉られるか。
万事休す、助けはこない。
あぁもしも優しい豊穣神がこの戦を見届けているのなら、悲しみの涙を落としただろう。
透明の悪魔は無慈悲に、鉤爪を振り払う。
狙いは首、最後まで冷静な判断力、鎖帷子で保護した胸部よりも、無防備な首を選んだ訳だ。
ディーファーは死を覚悟した、だが同時に彼は生を渇望する。
死にたくない、生きて、地上へと帰るんだ!
「おれはぁ……!」
だから奇跡は起きたのか。
ディーファーは咄嗟に腕の筋肉を震わせた、透明の悪魔を押しのけた。
鉤爪が皮一枚斬り逸れた。
運命神よ、そなたの運命の一投はまだ続くというのか。
彼はただ神に感謝した、奇跡を、千載一遇を。
ディーファーは肩からショルダータックル、透明の悪魔は後ろに吹き飛んだ。
そのまま彼は透明の悪魔に馬乗りになると、顔面を何度も殴り抜ける。
透明の悪魔は呻いた、だがまだだ。
透明の悪魔の顔面を保護するヘルメットはベコベコと凹み、もやはステルス機能も熱探知機能も機能しない。
一種の視界不良、それでも透明の悪魔は冷静に、ディーファーの鉤爪を振るう。
「ガアアアッ!」
「ぐうっ!? 足が……!」
透明の悪魔はディーファーを蹴り剥がすと、ヘルメットを脱ぎ捨てた。
もやはただのお荷物、ふとももを切られ、血を流すディーファーはその顔を見て、思わず呟いた。
「なんて……醜い顔だ」
「ナンテミニクイカオダ」
同じ言葉を使った?
透明の悪魔の顔は爬虫類を思わせる肌に、牙の生えた独特の口。
オウム返しに戸惑うも、透明の悪魔の飽くなき闘志に、彼もまたナイフを構える。
再び緊張が走る、透明の悪魔に比べると足を負傷したディーファーは不利、危険な状況はなにも変わっていない。
だが透明の悪魔の猛攻をなんとかナイフ一本で防ぐ様は、彼が達人である証左であった。
しかしジリ貧だ、ディーファーは頬を、肩を切られ、徐々に切り傷を増やしていく。
起死回生の一撃を放てない。
それほど透明の悪魔は強く隙がないのだ。
「この、ままでは……!」
出血もある、どこかで打って出るしかない。
出血死は透明の悪魔も望んでいない、望みは戦いの中での殺し合い。
ディーファーが過去最高の戦士であったから、彼独特の価値観がこの戦いに尊敬と敬意を持ち込んでいる。
ゆえに万が一も油断はありえない。
そう、この戦いにおいては。
ザシュウ!
鎖帷子と分厚い胸筋に守られた胸が斜めに切り裂かれた。
彼は歯を食いしばる、だが身体が言うことを聞かない。
やはり駄目か、透明の悪魔は鉤爪を水平に構える。
無慈悲な突き刺し、それで決着だ。
「《闇の絶叫》」
突然の声だった。
透明の悪魔は完全な不意から、闇の絶叫を聞いてしまう。
この魔法は相手の精神に著しいダメージを与え、身動きを止めてしまう恐ろしい闇の魔法だ。
だがディーファーにとっては最大のチャンスだ、彼は一気に透明の悪魔の首をナイフで掻っ切った。
緑の鮮血が壊れたスプリンクラーのようの吹き出すと、透明の悪魔は大の字に倒れた。
「……ファッファッファ」
「はぁ、はぁ、はぁ」
透明の悪魔はもはや虫の息、だが笑った。
彼は右手についた箱に手を出そうとするが、それをある少女のやわ足が許さなかった。
サキュバス、今は地味な人族の魔法使いに化けているが、本来なら同じ闇の眷属が、透明の悪魔の邪魔をする。
「リリー君、なぜ君が……いや、それより助かった」
「別に……貴方が死ぬとマールさんが悲しむ気がして」
リリーはディーファーも透明の悪魔も本当であれば、どうでも良かった。
ただ、帰りの遅いマールを探しに墓場へ向かうと、戦闘中だったのだ。
マールの姿はない、恐らく森の奥であろう。
「透明の悪魔……仇は取らせてもらう」
「……ファファファ」
カタキ? そのような概念は透明の悪魔にはない。
彼は生まれた時既にダンジョンであった、ダンジョンは魔物を生み、魔物をも殺す。
彼は生まれながらの狩猟者、死す時もまた、ダンジョンでだ。
恐怖はない、ただ英雄を称える歌がほしかった。
勇者の歌だ、敵の為に、そして己の為に。
ディーファーは、透明の悪魔の心臓へとナイフを突き刺す。
透明の悪魔はその瞬間、動かなくなった。
ここに、ディーファーと透明な悪魔の因縁が終わりを告げた。
それはどこか物悲しく。




