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第163ターン目 治癒術士は 鎮魂の祝詞を 唱えた

 執念を見た。

 透明の悪魔は森の中に潜むと、治療を開始する。

 あの偉丈夫が投げた短剣が抉った肩の傷は深い。

 あの執念、それは鮮明に透明の悪魔の頭に刻み込まれていく。

 見事だ、だからこそ殺したい。

 冒険者を狩ることは定めならば、その中に強敵を見るのは喜びだ。

 透明の悪魔は腰に装着されたポーチから小さな筒状のカプセルを取り出すと、筒の蓋を外し、中に入っていた液体を傷口に振りかけた。


 「グオオオオオオ!」


 シュウシュウと煙を立てながら傷口は塞がっていく。

 だが凄まじい痛みに透明の悪魔でも声を上げてしまう。

 透明の悪魔は傷口を焼き塞いだのだ、マールからすれば荒っぽい治療法だ。

 それでも透明の悪魔は万全を期して冒険者を狩ることを誓う。

 戦いは第二幕へと入ろうとしている。




          §




 一旦コテージに戻ると、ボク達は作戦会議に入った。

 議題は当然透明の悪魔についてだ。


 「透明の悪魔は傷を負っています、チャンスではあります」

 「だが如何せん相手を見つける方法だ、通常の討伐とは一線を画すでござる」

 「後手後手にゃあ、せめて先手を取れればにゃあ」


 議題は紛糾するも、簡単には答えは出せない。

 透明の悪魔が立ち塞がる以上ボク達も立ち向かわなければいけないのだけれど。


 「ディーファーさんはどう見ます?」

 「奴は必ず来る、ならば迎え撃つまで」

 「ディ、ディーファーさんそれは……」


 リリーさんは怯えたように彼を見つめた。

 彼は無言で立ち上がるとコテージの出口に向かう。


 「あ、あのどこへ?」

 「野暮用だ」


 彼はそう言うとコテージを出ていった。

 ボクはどうしていいか分からず周囲を見る。


 「ね、念の為追いかけますか」


 ボクはそう言うと、勇者さん達を残してディーファーさんを追う。

 ディーファーさんは無心で森の奥へと向かっている。

 ボクは途中で後ろから声をかける。


 「ディーファーさん、待ってください」

 「マール君、何故追ってきて」

 「そんなの、ディーファーさんが放っておけないからに決まっているじゃないですか!」


 なんとなくだけれど、ディーファーさんは死に急いでいる気がした。

 少なくとも今のディーファーさんはなんだか静かすぎる。


 「どこへ行くつもりなんでしょうか?」

 「……仲間の墓だ」

 「え……お墓?」


 やがて森の中に光が溢れる。

 明るい森の広場に、石碑があった。

 間違いなくそれは墓碑だ、だけどダンジョンに?

 彼は墓碑の前で屈むと、手を合わせ黙祷する。

 ボクはいてもたってもいられず黙祷した。


 「……どうしてダンジョンにお墓を? そんなことしても魂は」

 「それが限界だったんだ、おれにはそれが」


 金勲を(たまわ)る上級冒険者のディーファーさんは強い。

 けれど今はちっぽけだ。

 死者を前にして、己の無力さを知っただろう。

 だったらボクに出来るのは。


 「どうかボクに鎮魂を行わせてください」

 「マール君? ……あぁお願いする」


 ボクは錫杖を数回振るうと、豊穣神式の死者への鎮魂を行う。


 「あぁ迷うことなく、遍く地平を、地の底までも、豊穣神よ導き給え、天まで昇ろう、優しき加護を、新たなる来世を、迷える魂よ、天まで昇り給え」


 シャンシャンと、錫杖を鳴らし、ボクは無心で祝詞(のりと)を紡ぐ。

 ボクは墓の前で複数人を幻視した。

 人族、犬耳の獣人族、ずんぐりむっくりなダルマ体型のドワーフ族。

 ボクは彼らを知らない、だが彼らは優しい顔をしていた。


 「《魂返し(ターンアンデット)》」


 ダンジョンにある魂を天界へと返す。

 三人の幻視はそのまま光の中に溶けて消えていった。

 彼らの視線はディーファーさんに最期まで向けて。


 「……ふぅ」


 ボクは鎮魂を終えると、ディーファーさんを見た。

 ディーファーさんは顔を手で押さえている。


 「あの、ディーファーさん、このお墓に入っているのはもしかして三人ですか?」

 「っ! あぁそうだが、でもどうして……?」

 「魂があったんです、言葉はわからないですけれど、なんだか優しい顔でディーファーさんを見ていました」

 「なっ!? あいつらが……おれを?」

 「良い仲間だったんですね」

 「う、ふぐ、うおおおおお! おれは、おれは必ずお前らを地上に返すぞ、必ず!」


 男泣き、ディーファーさんは心の底から泣いていた。

 でもそれは悲しみではない、決意だ。

 ディーファーさんはより一層生き残る決意を固めた。

 そうだ、ボクたち冒険者はどんな困難にも負けないんだ。


 「……コォフォ」


 ザシュ、奇妙な足音が後ろから聞こえた。

 ボクは「え?」と振り返る。

 なにもない空間が歪む、そこに立っていたのは透明の悪魔の真実の姿だ。


 「な!? 透明の悪魔!?」

 「ガアアアッ!」


 獣声をあげて透明の悪魔は襲いかかる。

 透明の悪魔は全身が鱗のような独特の肌をしており、身体は大きく逞しい。

 ディーファーさんに比べると一回り小さく見えるけれど、それでも並の冒険者よりもマッチョだ。

 頭は謎のヘルメットに隠れているが、そこからくぐもった声がする。

 両腕両足には見慣れない装備があり、この魔物が武装する知恵もあると知ることができた。


 「うおおおお! 透明の悪魔ーっ!」

 「アアアアアッ!」


 透明の悪魔がディーファーさんの顔面を殴り抜ける。

 仰け反るディーファーさんだが、直ぐに反撃のブローを透明の悪魔にお見舞いした。

 二人は拳をぶつけ合うと、距離が離れる。

 ディーファーさんは素早くナイフを構えた。


 「こいよ、化け物、おれを殺したいんだろう!」

 「グルルル、ガアアアッ!」


 透明の悪魔は右腕に装着された鉤爪(リストブレード)を展開し、構えた。

 ボクはギュッと錫杖を握ると、この戦いを見守る。


 「おおおおっ!」


 ディーファーさんが斬りかかる。

 透明の悪魔は胸を斜めに斬られるが、浅い!


 「ガアアアッ!」


 逆に透明の悪魔もディーファーさんを鉤爪で胸を裂いた。

 だがこちらも浅い、鎖帷子を切り裂かれたが、肝心の身体は皮一枚を裂いただけだ。

 凄まじい緊張感、ボクはゴクリと喉を鳴らす。

 二人は同時に動く。


 「くらえ!」


 蹴りだ、ディーファーさんの蹴りが透明の悪魔の腹部に突き刺さる。

 だが透明の悪魔はディーファーさんの足を掴むと、荒っぽく投げた。


 「ぐわぁ!?」

 「嘘でしょう!? 投げるの!?」


 ボクは慌ててディーファーさんに駆け寄ると魔法を詠唱する。

 だが、透明の悪魔はボクの肩を掴むと、簡単に森の奥へと投げ飛ばす。


 「わあああああっ!?」


 無茶苦茶な膂力だ。

 ディーファーさんと同等の筋力があるのか。

 ボクは森の中へと投げ飛ばされると、ディーファーさんの無事を祈った。

 そのままボクは斜面になった森の中を落ちていく。

 て……割とボクも絶体絶命ではー!?

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