第162ターン目 強敵 化かして化かされて
「……コォ、フォ」
透明の悪魔はくぐもった声を上げた。
冒険者を仕留めそこねた。
自分よりも逞しい身体をした男は、冷静で的確だ。
彷徨う鎧は円盤を正確に見切り、防いでみせた。
優秀な二人だ、だからこそ狩り甲斐がある。
二人は今や森の中に逃げおせた。
逃走……違う、透明の悪魔はそれを誘導だと直感する。
誘いに乗れば罠に掛かるだろう。
それに乗るのも一興だが、透明の悪魔が選んだのは彼らの思考の外からの攻撃だった。
彼らは森に潜み、姿を隠しているつもりでいる。
光学的には正しい、ただし彼らには熱量がある。
透明の悪魔が頭を覆うように被るメットには、彼を透明にする迷彩の他に、熱源感知センサーが内臓されているのだ。
熱源は筒抜け、辺りに潜む魔物も、森に隠れる人間達も。
人間の中には奇妙な者もいた。
一人はサキュバスだ、何故サキュバスが人間と一緒にいる。
あのサキュバスは透明の悪魔に攻撃を停止させた。
はたして敵か味方か、見極める必要がある。
「……フォ」
透明の悪魔は森へ踏み込むと、足を止めた。
彼は左腕に装着された円盤を手に取ると、それを冒険者達に向かって投擲する。
§
「まずい! 勘付かれているわ!」
リリーさんが叫ぶと同時に、なにか木々を薙ぎ倒して接近してきた。
勇者さんは咄嗟に正面に立つ。
ボクはすぐに魔法の詠唱に入った。
「いと慈悲深き豊穣神様、憐れな我らをどうかお守りください」
ガッキィィィン!!
勇者さんは盾を斜めに構えて、突撃する円盤を受け流す。
凄まじい衝撃音、だが続いてなにかが飛翔する。
「《聖なる壁》!」
直後詠唱が完成し、聖なる壁が僕たちを守るように聳える。
高速飛翔体の正体は投槍だった。
ボクは歯を食いしばり踏ん張る。
なんとしても投槍を通してなるものか。
「チィ! まさか見破られたとでも言うのか!」
ディーファーさんは立ち上がると、憤慨する。
ガサガサとなにかが森の中で激しい音を立てている。
投槍は地面に落ちると、ボクは大きく息を吐いた。
防いだ、けれど次が来る。
「ど、どうするんです!? これじゃ一方的ですよ!」
「散開するのは危険だ、各個撃破される」
「にゃあ、こうなりゃ魔法戦に持ち込むにゃあ!」
クロはそう言うと魔法を詠唱する。
本来攻撃魔法は得意ではないが、クロが用いたのは。
「《光短剣の雷雨》!」
森の中に光の短剣が雷雨の如く降り注ぐ。
ダメージはいまいちだが、極端に避けづらい。
優れたケモノの勘を持つカーバンクルはなにか異常に気付くと、叫んだ。
「キュイーッ!」
「はっ、いたぞおおおおお! いたぞおおおおおおおお!」
勇者さんが叫んだ。
雷雨に晒される透明な悪魔の像がぶれる。
チャンスだ、ディーファーさんはキッと悪魔を睨み付けると。
「くらえ化け物!」
投擲されたナイフは透明な悪魔の肩に突き刺さる。
「グオオオオオオオオォォッ!?」
透明な悪魔が絶叫をあげた。
凄く不気味な声だ、果たしてどんな正体を持つのだろうか。
「やるしかない……《闇の弾丸》!」
リリーさんは杖を持ち、魔法を放つ。
闇の弾丸は透明な悪魔の胴を撃ち抜く。
「闇魔法、め、珍しい属性を扱うんですね」
ボクはちょっとだけリリーさんの使う属性に驚いた。
あまり人族は闇属性は好まないから、この属性を扱う人族は珍しい。
他種族なら別なんだけど、エルフ族のハンペイさんの使う魔法は典型的な闇属性だろう。
大体闇魔法と言えば魔物の使う属性だから奇妙な感じだな。
「そ、それより透明な悪魔を仕留めなくちゃ」
「………!」
だが透明な悪魔がそんな簡単な相手じゃない。
肩に刺さったナイフを引き抜くと、それをこちらに投げつける。
ナイフはボクの真横の樹に突き刺さった。
肩からは緑の血が吹き出し、もはや透明というアドバンテージは剥がされた。
透明な悪魔は跳躍する、木々を蹴り、遠のきながら周囲に出鱈目な爆発を起こし、追撃を許さない。
「チィ! 逃げるな!」
「ディー君、魔物、寄ってきている!」
まるで戦争のような荒れ具合に、気が立った魔物がボクたちを取り囲む。
ディーファーさんは舌打ちすると、ナイフを構えた。
あるいはこれを狙ったのか透明の悪魔は。
「今はこの場を乗り切りましょう」
「……わかった」
魔物が襲ってくる。
巨大な熊グリズリーは爪を立て、涎を撒き散らす。
だが勇者さんは勇敢に爪をいなし、心臓に剣を突き立てる。
後ろからは【ヴェロキレクス】という鳥類と同じような体格の爬虫類が高速で迫っていた。
ハンペイさんは小太刀を構えると、ヴェロキレクスの噛みつきをかわし、顎を蹴りでかち上げる。
そのまま急所と思われる喉を小太刀で掻っ切ると、ヴェロキレクスは動かなくなった。
上からは蛇の群れだ。
まるでスネークレイン、無数の蛇系モンスターが襲ってくる。
クロが発狂したように泣き叫び、ボクにしがみつく。
だがディーファーさんは動じずナイフで的確に捌いていく。
リリーさんもまじり、魔物の襲撃はなんとか凌ぎ切るのだった。
「ふぅ、お疲れ様です皆さん、お怪我は?」
「某問題なし」
「にゃあ、ちょ、ちょっと疲れたにゃあ」
「ディーファーさんは?」
ディーファーさんは森の奥をジッと見つめ、無言だった。
ただボクはその背中が泣いているように思える。
ボクはただディーファーさんの背中を優しく叩くと。
「悔しいんですか?」
「マール君、おれは……」
「仕留め切れませんでした、けど前進したじゃないですか? そうですよね?」
「……! あぁ、そうだな……おれは前進した」
透明の悪魔は手強い。
死力を尽くしても勝てるかどうか。
「勇者さん、透明な悪魔には勝てそうですか?」
「正面からなら勝てると思うよ、ただー、アレはかなり賢いね、多分次はもっと慎重になる」
もっと慎重に。
透明の悪魔は優れた狩猟者だ。
ボクたちが強敵と認められれば、もう油断はしないだろう。
果たして無事勝てるのか……ボクはギュッと錫杖を握り込んだ。




