第161ターン目 陽動 透明の悪魔討伐へ
翌日、ディーファーさんは装備の点検を行っていた。
奇妙な大型のナイフを念入りに研ぎ、逞しい身体に迷彩を施していく。
白いタンクトップの裏には鎖帷子を巻き、ボロボロのジーンズを履いて、彼は立ち上がる。
「今日こそ奴と決着をつける!」
彼の決意は本物だった。
コテージの中には全員揃っており、変わらず動けないのはカスミさんと魔女さんの二人のみ。
ボクは立ち上がると錫杖を両手に持つ。
「支援は任せてください」
「俺も手伝うよー」
「某も多少の役には立つかと」
ボク達男衆は全員透明の悪魔討伐に参加する。
「アタシも主人くらい守らなきゃ使い魔が務まらないにゃあ」
「キューイキューイ」
クロとカーバンクルもやる気十分。
後はリリーさんだけど。
「リリーさんはその、コテージに残ってくれれば」
「あのマールさん! 私も行きます!」
「え? リリーさん?」
「あの、その魔法使いが足りてないようですし、その、私も力になれれば、と」
彼女は自信無さげだが、健気に気丈さを奮う。
彼女には居残りしてほしかった。
カスミさんと魔女さんに万が一はありえるから。
だけど彼女の意気込み、冒険者としてそれは止められない。
「わかりました。皆さん必ず生き残ってみせましょう!」
「あぁ、おれは生きる、人間の底力を見せてやる!」
「オーキードーキー、俺が守ってみせるから安心してよー」
ボク達はコテージを出ると、そのまま森の中へと入っていく。
透明の悪魔は以前は湿地帯に出没した。
ディーファーさんはどうするつもりだろう。
「あの、ディーファーさん、透明の悪魔とはどう戦うのですか?」
「透明の悪魔はまず遠距離から攻撃してくる」
それはあの円盤や謎の爆発等が該当するだろう。
遠距離から直撃なら必殺クラスの攻撃をしてくるんだから、怖ろしくて敵わないよ。
「だから先ずはこれを凌ぐ必要がある」
「凌ぐって、どうすれば?」
「円盤は音で判別出来る、爆発は事前に赤い点が浮かび上がるから予兆を確認可能だ」
「すごいねー、そんなの分析しているんだー」
「初戦では訳も分からず戦ったでござるからな」
ディーファーさんはこの三ヶ月透明の悪魔を討伐する為に試行錯誤したのだろう。
生半可な力では返り討ちに合うだから、徹底的に分析したのだろう。
「それと奴は投槍を使う、これもかなり強力だ」
「そ、それは注意しませんとね」
他にもあったのか、つくづく恐ろしい魔物だな。
「あの質問したいのですが、透明な相手をどうやって見つけるんですか?」
「見つけるんじゃない、見つけてもらうんだ」
「え……?」
彼の狂気、それをボクらは改めて知ることになる。
§
以前遭遇した湿地帯には一人の大男と、不気味な全身甲冑が並んでいる。
ディーファーと鎧の悪魔バッツだ。
当初この囮作戦はディーファー一人で行う筈だった。
だが防御力に自信のある鎧の悪魔の立候補で、二人は周囲をくまなく警戒した。
因みに治癒術士達は森に隠れ、透明の悪魔に備えている。
「うーん、見当たらないね」
「奴は冷静だ、早々尻尾は出さん、だが……獰猛な狩猟者に違いはない」
ディーファーはまるで全て知っているかのように透明の悪魔を語る。
鎧の悪魔は口笛を吹くと、感心した。
そんな他愛もない会話の後、水面を蹴る音を二人は聞いた。
その歩法、ディーファーはナイフを取り出すと確信する。
「透明の悪魔が使役する、【ツインヘッドガルム】だ!」
頭が二つある大型の黒犬は、一目散にディーファーらへと襲いかかる。
鎧の悪魔は鉄板兼盾を構えると、ツインヘッドガルムの噛み付きを防ぐ、返す刀に斬り伏せようとするが。
「むん!」
ディーファーはナイフを振り下ろし、ツインヘッドガルムの一つしかない心臓を潰した。
怖ろしく速く決断的な技に鎧の悪魔も驚いた。
「わー、すごいね」
ツインヘッドガルムは二つの口から血泡を吐くと、周囲を赤く濁していく。
ディーファーは油断せず警告する。
「奴がくるぞ、備えろ!」
その瞬間、赤い光点がディーファーの額を捉えた。
彼は光線がなにもない空間から放射されているのに気付くと、直ぐに身をよじる。
直後、爆発が起きた。
ディーファーは吹き飛ばされながら、直撃だけは避け、次に備え身構える。
風切り音、円盤がディーファーを追撃。
だがやらせない、鎧の悪魔は盾を構える。
ガッキィィン!
「くう!!」
「よくやった、森へ走れ!」
円盤をなんとか弾くと二人は森へと走った。
透明な悪魔はそれを見て、静かに獲物の後を追うのだった。
§
「お怪我はありませんか!?」
目的通り陽動に成功したディーファーさんに、ボクはすぐに駆け寄る。
彼は大きく肩で息をしていたが、身体に見当たるのは泥汚れ程度に安堵した。
「あぁおれは問題ない、後は奴を森へ誘導出来れば」
森の中は遮蔽物が多い、遠距離攻撃は有効ではない。
それも目的の一つだけど、ディーファーさんにはもう一つ作戦があった。
罠だ、森に数多く設置された罠で透明の悪魔を捕らえ、一気呵成に仕留めるつもりだ。
ボクは一先ず当初の目標を完遂出来てホッと息を吐いた。
けれど、まだ油断は出来ない。
これまで透明な悪魔には一度として触れることさえ叶っていないんだから。
「皆態勢を低くして、身を隠せ」
「狩りの基本ですね」
「透明の悪魔……狩るのはおれで、狩られるのは貴様だ!」




