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第16ターン目 キョンシーが 仲間になった

 「えーと、森人(エルフ)族の武道家さん、ですよね?」

 「うー」

 「こいつ【キョンシー】よ」


 魔女さんはそう補足した。


 「キョンシー、とは?」

 「【死を超越した者(アンデット)】の一種でね。言ってみりゃあゾンビなんかと一緒なの」

 「え? ゾンビ……?」


 キョンシーと言われたエルフ族の女性はとても美しく、ボクの知っている【ゾンビ】とはかけ離れていた。

 でもたしかに彼女の肌は血色が悪く、恐る恐るその手に触れてみると、冷たかった。

 紛れもない、アンデットの特徴だ。


 「キョンシーは、通常なら【霊幻道士】が使役するんだけど、ここはダンジョンだもの、まさか冒険者の死体をキョンシー化させたのかしら?」

 「うー?」


 綺麗な口からは唸り声のような声しか出てこない。

 ボクはいたたまれず、彼女の両手を握った。


 「可哀想に、ボクが貴方を浄化し、天へと連れて行きますから」

 「ちょい待てマールや! キョンシーは元に戻せるから!」

 「えっ?」

 「たしかにキョンシーもゾンビの一種だけど、見ての通り素材は綺麗、更に防腐処理も完璧。これなら高位の神官なら蘇生出来るでしょ?」

 「ほ、本当ですか!?」


 ボクは表情を一変させると、魔女さんの手を取った。

 魔女さんはビックリして(ほお)を赤くすると、口元を手で隠しながら言う。


 「こ、この時代の神官のレベルが私の時代から劣っていないなら、よ?」


 この時代でも、死者蘇生は行われている。

 公正神の教会や医療神の病院ならば、おそらく出来る筈だ。

 幸いどっちもダンジョン街にはある。

 なら希望が持てそうだ。


 「もう大丈夫ですよ! ボク達が必ず貴方を地上に送り返して、治療してもらいますから!」

 「うー?」


 キョンシーさんは意味が理解(わか)らないのか、小首を傾げる。

 それにしても大人しいな、ゾンビって生者を見つけると、見境なく襲うのに。

 ダンジョンで死ぬと魔物に転生するという話、あれ殆どは腐った死体の【ゾンビ】か亡霊と化した【ゴースト】なんだよね。

 ゾンビは魂が抜かれた死体であり、生者を襲うのは、ぽっかり空いた魂の穴を埋める為だと言われている。

 ゴーストは肉体のない魂で、こちらも生者の身体を欲して襲うのだとか。

 対してキョンシーはとても大人しいけれど?


 「さっきも説明したけど、キョンシーは霊幻道士が使役するの」

 「その霊幻道士とは、【死霊使い(ネクロマンサー)】なのでしょうか?」

 「死を超越した半神、仙人とも呼ばれる超人よ。高度な知識と技術も合わせ持ち、まるで生きていると錯覚させるほどの美しい死体を操るのよ」


 改めてキョンシーさんに振り返る。

 エルフ族は皆見目麗しいけれど、死体でこの美しさが保たれているとは驚きだ。

 だけど世の中には凄い人もいたものだ。


 「なんで死体をそんな綺麗に?」

 「元々は戦争で死んだ貴族だかの娘を、せめては綺麗にしてやってくれと、死化粧を頼まれたんだっけ?」


 流石に魔女さんも記憶が曖昧なのか、顎に手を当て思い出すように言った。

 ボクも初耳のエピソードに少しだけ聞き入った。


 「まぁとにかく、キョンシーって命令が必要なのよ」

 「命令ですか? 使い魔のように?」

 「私もキョンシーは初めて見るから確証は持てないけどね」

 「ねぇねぇ、さっきから話し合っているけど、結局この子どうするのー?」

 「うー」


 珍しく静かにしていたと思ったら、しっかり焦らされている勇者さん。

 わ、忘れていた訳じゃないけど。

 ボクはキョンシーさんの方を向くと、彼女に言葉を掛けてみた。


 「キョンシーさん、ボクの言葉が解りますか? 解るなら頷いてください」

 「うー」


 キョンシーさんは頷く。

 解るらしい、後は命令、でしたか。


 「キョンシーさん、その場で座ってください」

 「うー」

 「おっ、座った! じゃあ右手を上げて!」

 「………」


 勇者さんが右手を上げてと命令しても、キョンシーさんはうんともすんとも反応しない。

 ……あれ? これってどういうことかな?


 「なんでなんでー? キョン君ったら恥ずかしがり屋なの?」

 「うー」

 「どうしてそんなに自分をポジティブに捉えられるのでしょうか?」

 「鎧の悪魔がなにをしようとしているのかは分からないけど、なんかムカツクわね」

 「うー……」


 ともかく勇者さんの命令は受け付けないらしい。

 勇者さんはそれが不満らしく、プリプリ怒っているみたいだけど、キョンシーさんは見向きもしない。


 「無視されるって辛いんだよー? それともボクが神々しくて見られない?」

 「うわ変なポーズ取るな鎧の悪魔、禍々しい!」


 勇者さんは格好良いポーズを決めたようだが、溢れ出る闇の気配に、残念ながら神々しさは欠片もない。

 むしろ最上級魔物の瘴気の方が目立つな。

 言葉は通じないのに、何故か会話が成立している魔女さんと勇者さんも奇妙だよね。


 「じゃあキョンシーさん、立ち上がってくれますか?」

 「うー」


 ピョンと、気持ち悪いくらい綺麗に反動もつけず立ち上がる。

 アンデットらしい動きだけど、初見はびっくりしそう。


 「もしかして、ボクの命令しか効かないのでしょうか?」

 「そうみたいね……全くアンタ魔王かなにか?」

 「えっ? ボクが魔王?」

 「心配しなくてもマル君は魔王じゃないよー」


 ボクはドキッとするが、勇者さんが否定してくれた。

 まぁボク普通の人族だしね……そうだよね?

 ともかくなんでキョンシーさんはボクの命令しか効かないのか不明だけど、新たな地上帰還の仲間となるのだった。

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