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第159ターン目 共同戦線を

 「戻ったぞ、お前達の仲間は大丈夫か?」


 ボクは一息()く頃、家主のディーファーさんが帰ってきた。

 その手には、食材が抱かれている。


 「えと、まだ安静にしないといけないですね……カスミさんも魔女さんも、まだ完全じゃありませんし」

 「うー」


 カスミさんは無理に動こうとするが、ハンペイさんが取り押さえ横に寝かせる。

 魔女さんはぐっすり眠って体力を回復させている状態だ。


 「しかし改めて疑問なのだが、魔物を仲間にしているのか?」

 「魔物じゃありません! 皆列記とした人間です!」


 その件については否定する。

 ボクの仲間を魔物扱いされるのは許せない。

 勿論ディーファーさんに悪気がないのは分かっている。

 ただ彼らにはちゃんとしたパーソナルがあるんだ。


 「すまない……他の冒険者パーティに突っ込むのは野暮だった」

 「理解ってもらえるといいんです、皆訳ありですけれど、ちゃんと仲間なんですから」


 ディーファーさんはコテージの奥に向かうと、食材を降ろした。

 床に並べられたのは野菜と、蛇?

 既に死体のようだけれど、クロは「ぎにゃ!?」と叫んで竦み上がる。

 あー、予想通り湿地帯だから蛇系もいるのかー。


 「あのその野菜は?」

 「畑がある、ダンジョンでは数日で実るが、安全性はおれが保証する」

 「うわー、本当にダンジョンでサバイバルしているんだー」

 「……ディーファー殿に聞きたいのだが、その蛇は?」

 「近くに生息する魔物だ、安心しろ、毒抜きさえすれば食える」


 ハンペイさんは思わずこめかみを押さえて震えた。

 ボクは苦笑する。

 まさかボク達以外で、魔物を食べる人がいたなんて。


 「あの、なにか手伝えることはあるでしょうか?」

 「む、なら野菜を切り分けてもらえるか?」

 「あっ、それなら俺がやるー」


 勇者さんは立候補すると、喜々として野菜のもとに向かった。


 「ま、待って勇者さん、流石にその剣でやるのは……」


 言わずもがな彼の腰に刺さる豊穣の剣。

 彼はあまりに無頓着というか、豊穣の剣を刃こぼれしない万能刃物くらいにしか、思っていないんじゃないか。

 慌てて静止すると、デイーファーさんは、折り畳み式ナイフを差し出してきた。


 「これを使え」

 「重ね重ね本当に申し訳ございません」


 ボクは陳謝すると、折り畳み式ナイフを受けとった。

 勇者さんはボクの隣に座ると、ナイフは彼に手渡す。

 念の為監視しておこう。


 「はいはいはいっ、どんどん切り分けるよー!」


 タタタタタと、音がするほど高速で野菜を斬り刻む勇者さん。

 実に楽しそうっていうか、料理が好きなのかな。

 彼の料理の腕はご察しだけれど、積極的にやりたがるんだもんな。

 その間にもディーファーさんはというと、蛇の血抜きを行っていた。

 皮を剥がれ、内臓を取り出し、下処理は念が入っている。


 「随分手慣れていますね」

 「あぁ慣れだ、最初は四苦八苦だったがな」


 ダンジョンで得られるものは限られる。

 まして三ヶ月もダンジョンでサバイバル出来るなんて、ボクには信じられない。

 ボクには豊穣の加護があるから、ある程度は賄えるけれど、どうしたって問題になるのは塩分だ。


 「あの、血も使うんですか?」

 「使う、血は栄養の塊だ」


 ボクは少しだけ背筋が凍る思いだった。

 改めて極限まで自分を追い込んでいるんだ。

 全ては仲間の復讐のために。

 復讐……ボクは復讐とかは考えたこともない。

 もとより治癒術士として、豊穣神の信徒として考えちゃいけないんだと思う。

 地獄の沙汰は本来公正神の管轄だ。

 公正神は死んだ者の魂の最終選別を行うと伝えられている。

 だからこそ公正の女神は生者を差別しない。

 全ては公正に、それが公正神の伝えだという。

 ……まぁ現代の公正神の信徒っていえば、異教徒廃絶って感じで、どこが公正だって感じだけれど。


 「あの、ディーファーさんは、透明の悪魔の討伐が目的なんですよね?」

 「その通りだ、おれはその為にダンジョンにこもったのだ」

 「じゃあ討伐したら? 目的を終えたらどうするんです?」

 「……終わったら、か」


 木製のボウルに蛇の血が貯まると、彼は蛇の解体に取り掛かる。

 厳つくも端正なその顔は、まるで微動だにせず、まるで石膏像だ。

 そんな彼にだってエンディングはあるはず。

 ボクはどうしてもそれが知りたい。


 「地上へ帰りたい、な」


 その呟きをボクは聞き逃さない。

 そうか、最初に思いついたのはやっぱり地上なのか。


 「ならば地上で暮らそうとは思わなかったのですか?」

 「最初は思ったさ、だが駄目だった……のうのうとおれだけ生き残ったのは、おれにとって恐怖だ」


 トラウマ、なんだろう。

 きっとディーファーさんは強い責任感がある。

 仲間の死に報いる為に、乗り越えなくちゃならないんだ。

 はぁ……ボクは大きく息を吐いた、ある決心をしたからだ。


 「透明の悪魔の討伐、ボクも手伝います」

 「……正気か? 奴の強さは身を持って知っただろう? 奴は狡猾で残忍だ、その上冷徹鋭利、ほとんど隙もない」

 「だからこそ、ボクはディーファーさんを死に急がせられません」


 ボクは治癒術士だ、守り、癒やし、救えを標榜とする者。

 ディーファーさんから滲み出るのは死の香りだ。

 彼が死神の列に並ぶ姿に、ボクは不安しかない。


 「ディーファーさん、必ず生きて地上に戻りましょう」


 個人としては、復讐を原動力にはしてほしくない。

 復讐で息切れしてしまえば、その後の人生をどれほど空虚にしなければならないだろう。

 だから復讐ではなく、自身の救済にしてほしい。

 明確な目標を越えて、地上に帰って美味しいごはんを食べて、暖かなベッドでぐっすり眠ってほしい。

 そしてなんでもない自分を見つめ直せば、自分がするべきことは見えてくると思う。


 「……そうだな、そうしよう。帰ったら宝食堂のビッグステーキが食べたい」

 「ふふっ、必ず達成しましょうね」

 「あぁ、君はマール君だったな、どうやら立派な治癒術士のようだ」


 上級冒険者であるディーファーさんに褒められると、ボクは照れてしまう。

 自分ではまだまだ下級冒険者の気分で、自分をいまいち正当評価できない。

 ただディーファーさんは少しだけ微笑んだ。

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