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第157ターン目 狩猟者 迫る

 「カスミ! しっかりしろカスミ!」

 「カスミさん直ぐにお手当を!」


 爆炎に吹き飛ばされたカスミさんは、全身を火傷し、動けない有様だった。

 一体なにがあった、どこからの攻撃?

 混乱する中ボクは兎に角カスミさんの治療に入る。


 「いと慈悲深き豊穣神様、哀れな子羊を癒やしたまえ《治癒(キュア)》」

 「う、ぅ?」


 なんとかカスミさんは意識を取り戻した。

 キョンシーを一発で昏倒させる一撃なんて、普通じゃ考えられない。

 その恐怖は瞬く間に伝播する。


 「ちょ、ちょっと敵はどこなのよ!?」

 「わかりゃにゃい! かなり遠距離からの魔法としか!」

 「くぅ……カスミにこのような傷を絶対に許さんぞ!


 動揺や怒り、ロクに対策も出来ないまま、無慈悲な追撃は来た。

 キラリ、遠方でなにかが光を反射する。

 それは高速で迫る円盤(ディスク)、誰も反応が間に合わないまま今度は魔女さんの腹部が切り裂かれた。


 「あぐっ!? かは!?」


 魔女さんは喀血すると、前のめりに崩れ落ちる。

 円盤(ディスク)はブーメランのように何処かへと飛び去っていく。

 ボクは顔を真っ青にすると、今度は魔女さんに駆け寄る。


 「魔女さん今すぐ傷を」

 「れ、冷静になれマール」

 「ま、魔女さん?」

 「私の傷は、ま、まだ持つ、次に狙われるのは……バッツよ」


 勇者さん?

 ボクは勇者さんを見る。

 彼女は言っているのだ、勇者さんを守れと。

 ボクは一瞬逡巡する、魔女さんの腹部は血塗れだ。

 これを放っておけというのか。

 だが治している間に次が来たら?

 ボクにはもう迷っている暇なんてなかった。


 「いと慈悲深き豊穣神よ、か弱き我らを護りたまえ《聖なる壁(ホーリーウォール)》!」


 聖なる壁はボクらをドーム状に取り囲む。

 次の瞬間、二枚目の円盤(ディスク)が勇者さんに襲いかかる。

 だが聖なる壁は威力を減衰し、勇者さんは鉄板でそれを弾く。


 「撤退します、勇者さん殿(しんがり)!」


 ボクは迷わず決断する。

 魔女さんを抱えると、その場から走る。

 同じく重症のカスミさんはハンペイさんが背負った。


 「リリーさん、万が一はお願いします!」

 「あっ、は、はい」




          §




 リリーは呆然としていた。

 いきなりキョンシーと魔女がやられたのだ。

 敵は誰だ? サキュバスである彼女でさえその敵はわからない。

 ただ危機は刻一刻と迫っている。

 赤い光点がマールの背中を指していたのだ。

 このまま放置すればマールは死ぬ。

 それで彼女の目的はコンプリート、だった筈なのに。


 「……ッ!」


 リリーは咄嗟にマールを庇うと、敵のいる方向になにやら口パクを行う。

 それは魔族の使う特殊な言葉だ。


 『我々は味方だ、だから攻撃をやめろ』


 そう()げる。

 それを確認したなにかは、足を止めた。

 人間達が射程外まで行ってしまう。

 その魔物の姿は透明であった。

 血染めになったトードナイトを持ち上げると、その魔物にも血が滴る。

 僅かに帯びる輪郭、筋骨隆々な人型の魔物、奇妙なフルフェイスヘルメットを被り、右手には爪が備え付けられている。

 魔物は咆哮した、どんな動物とも似ていない咆哮を。




          §




 「はぁ、はぁ、逃げ切った?」


 ボク達は湿原に出来た小さな森に逃げ込む。


 ここは樹海だ、おいそれとあの円盤や爆炎の魔法も狙えない筈。

 ボクの目の前には重傷者が二人、先ずはダメージの大きい魔女さんから治療する。


 「それにしてもなんなのだ、道具を使う魔物は知っているが、アレはなにか違ったような」

 「そだねー、俺もあんな魔物見たことがないよ」


 長くこの第七層にいた筈の勇者さんでも初めての相手。

 明確に殺意があり、まるで狩人だ。


 「て、敵は脅威度でこちらを判定していた」

 「魔女さん、まだ動いちゃ駄目です!」

 「くぅ、いい? 敵は明確にこちらを見極めているの、危険な奴から優先してね」

 「そんな知能が魔物に?」

 「魔物、というより魔族ね……かなり高知能、優れた狩猟者(プレデター)よ」


 狩猟者、それはボクの印象と一致している。

 だとすると敵は。


 「ボク達を、狩りの対象だと?」

 「にゃあ、だとしたらまだ戦いは終わっちゃいないかしら」


 敵は先ずは索敵能力が高く白兵戦の出来るカスミさんを狙った。

 その次は高い面制圧能力のある魔女さん。

 そしてトードナイトを倒せる実力を持つ勇者さん。


 「敵はトード達との戦闘を観察し、戦力分析したと?」

 「そうとしか、か、考えられないわ……」


 だとすると、次に狙われるのはもう一度勇者さんか?

 それとも……。


 「次はマル君かもねー」

 「……ッ」


 敵はボクの白魔法を警戒しているかも知れない。

 完全には防げないが聖なる壁は厄介の筈だ。

 それにカスミさん魔女さんの治療が終われば、有利になるのはボク達だ。

 もしもボクが敵なら厄介な後方支援は先に潰す。

 最悪だ……ボクがあんな攻撃貰ったら即ミンチ肉だ。

 あぁ豊穣神様、運命神様、ボクの未来って。


 ガサゴソ。

 突然茂みの奥でなにか音がした。

 なにかが近づいてくる。

 ボクは顔を青くした。


 「ま、魔物!? まさかさっきの魔物じゃ!?」

 「人間……か?」


 森を切り分け現れたのは、背の高い金髪の男性だった。

 ボクは目を丸くする、その圧倒的な筋肉に。

 男性は見たこともないようなマッスルボディ、それに似合わない端正な顔。

 白いタンクトップははちきれんばかり、両腕には迷彩ペイントが塗られている。


 「へ……? あの、貴方は?」

 「おれはディーファー、ここである悪魔を狩る為に滞在している冒険者だ」


 そう言うとディーファーさんは金勲を掲げてみせた。


 「見たところ奇妙……を通り越したパーティのようだが、ついてこい、ここより安全な場所がある」


 ディーファーさんはボク達を一瞥(いちべつ)し、若干困惑するが怪我人二人を見て、態度を軟化させる。


 「う、うー」

 「カスミ、無理をするな」

 「行くしかないよねー」


 カスミさんは引き続きハンペイさんが背負い、魔女さんは勇者さんが背負う。

 魔女さんは屈辱だわと、悪態を()くが、暴れる元気もない。

 ディーファーさんは奇妙な大型のナイフで森を切り分け進む。

 しばらく歩くと、見えてきたのは木造のコテージだった。


 「ふわあ、これ、どうしたんです?」

 「作った、現地調達でな」


 ディーファーさんはコテージに入ると、ボク達は改めて対面する。

 コテージの中は広さの割りにあまり物がない。

 干し草を編んで皿にしたもの、小さな壺、暮らすには非常に最低限に思える。


 「あの紹介が遅れました、ボクは治癒術士のマールです」

 「某はハンペイ、斥候(スカウト)でござる」

 「にゃあ、マールの使い魔クロにゃあ」

 「キュィ? キューイ」

 「……個性的過ぎるな」


 ディーファーさんもまだ戸惑っている。


 「あのディーファーさん、貴方はある悪魔を狩る為、この第七層の滞在している仰っていましたが」


 ここまで黙っていたリリーさんが指摘すると、ディーファーさんはしんみり俯く。

 そして怪我人二人を見て、彼は言った。


 「透明な悪魔だ、おれは仲間をそいつに皆殺しにされ、悪魔を殺す為にここにいる」

 「透明の悪魔、ボク達が襲われた時と同じ?」

 「その傷、間違いない」

 「ねぇー、気になったけど、君いつからここにいるの?」

 「あぁ、はっきりしないがもう三ヶ月はいるだろうな」

 「え……?」


 三ヶ月ってことは、ボクがこの第七層に落ちてくるよりずっと前?

 ていうか、この人三ヶ月もよくダンジョンに滞在出来るなぁ。


 「あのボク達の事情ですけれど」


 ボクはディーファーさんなら信じられると思い、ボク達の事情を説明する。

 ディーファーさんは地上のことをなにも知らないらしく、スタンピード事件には大層驚いていた。


 「なんと地上のダンジョン街でそんなことが……!」

 「ディーファーさん、多分冒険者ギルドでは死亡扱いされていると思いますよ」


 現在金勲が授けられた上級冒険者は確か四人のみ。

 ディーファーさん、復讐のあまり、もう冒険者ではないのかもしれない。


 「ともかく、ここなら治療に専念できます」

 「うむ、おれは外に出ている」


 ディーファーさんがコテージを出ていくと、ボクは改めて怪我人の治療に取り掛かる。

 魔女さんは自己再生スキルがあるから、しばらくすれば元通りだろう。

 だとしたら代謝のないカスミさんの方が問題か。

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